吉祥寺の近くの、井の頭公園にいる。
井の頭公園に併設されている、動物園にいるはずなのだ。 けれど、動物園は、やたらと起伏がはげしくて、ヤマネコやタヌキの入った一つ一つの檻が、幾つもの階段と坂のジョイント部分にぽつんぽつんと点在している。 階段と坂は、どれもこれも人が一人歩くのがやっとの細さだ。これは井の頭公園というより、哲学堂公園の構造に近い。 それに幾つもの階段と坂のあいだに点在しているのは檻だけではなくて、良い具合に経年変化してペンキもはげたメリーゴーランドや、名前のよくわからないけれど一度乗った記憶がある回転遊具なども、まったくランダムに、動物園のなかに配置されている。(それとも地図をみれば、ランダムでないことがわかるのだろうか?) まったくもって良い天気の日曜日。 なので、井の頭公園には、家族連れが多い。 井の頭公園・動物園を散策するうちの前にも、スラブ系の外人(ロシア人?)の父と息子の二人連れが歩いている。息子は六歳くらい。息子はやたらとはしゃいでいるのに、父は無口。息子のはしゃぎ方も、無理っぽい。アンドレイ・ズビャギンツェフの『父、帰る』 を思い出す。 檻と遊具にまじって、入場料をとる料金所が、やはりいきなりある。 おまけに無人である。 そして、何枚もの千円札が、無造作にカゴのなかにつっこまれている。 「パパ、見て! 綺麗な紙!」 そういうと、スラブ系外人の息子はカゴをあたまの上にかかげ、それをひっくり返す。 何枚もの緑がかった千円札が、風が強かったので、桜吹雪のように、ケヤキの雑木林のなかへと吹き飛んでいく。 この子は日本語がしゃべれるのに、日本の通貨を知らないのか? それとも岩井俊二的なパフォーマンス? さらに幾つもの坂道と階段を越えていくと、蜘蛛の巣がだんだんと増えてくる。 前を歩く人たちが(もうスラブ系の父と息子ではない)、蜘蛛の巣を丁寧に外したり、ケヤキの雑木林のなかを迂回するので、なかなか先に進めない。 こういう蜘蛛の巣だらけの光景は、前にも、高幡不動の裏の原っぱみたいなところで、あったことがある。 そういうときにどうするか? 待つしかない。 蜘蛛の巣をやぶって、突っ切っていってはならない。 蜘蛛の巣の、その糸は、精液とおなじように自分の体内の蛋白質によって作られる。そして蛋白質であるために糸はいくらでも作れるわけでなく、ほとんどの蜘蛛はその巣が不要になれば、糸を食べる。そして、食べた糸を栄養にして、又新しい糸を吐く。 だから、 蜘蛛の巣をやぶって、突っ切っていってはならない。 蜘蛛の巣のせいでずいぶん時間をかけて、それでも井の頭公園の近くにある木造アパートの二階にある自分の部屋に帰宅する。 なぜか、自分の部屋にはゼミの先輩M、ゼミの同輩S、同輩G、最初の彼女K、そして「桜坂康輔」という名前の警察官が上がり込んでいる。勝手に上がり込んでいるばかりか、A4版の封筒にしまわれているはずの、自分の昔の小説群をがさがさに引っぱり出して、読んでいる。 「四人の会話が一ページにも満たないで終わるっていうのはちょっとありえないよね。力量不足だよ。喜んでいた、って終わり方もどうかと思うし。」 「尿道についての描き方が甘い。とりわけ、『下水道のパピー』。」 「********(聞き取り不能、あるいは忘却)」 「あ、いや、でも自分、吉祥寺の繁華街をパトロールしていたころに、太田さんに拳銃奪われたことありますよ。それで左足の甲を撃たれました。」 「ライターで止血した、ってやつでしょう? 縫えよ。」 勝手に読んでいるだけでなく、言いたい放題だ。 ちょっと咳払いをすると、五人とも、うちの存在に気がつく。 「ちょうどいま、太田君は新作を書いたほうが良いって話になっていたところだったんだよ」 「そうそう、そうなんですよ」 あっという間に卓袱台が、木造アパートのせまっくるしい部屋の真ん中に置かれる。 「新作に!」 「新作に!」 「新作に!」 五人が、ビールのジョッキで乾杯する。 しかし、ビールもジョッキも空想上のものなのか、まったく透明であり、うちには五人が、虚空でそれぞれの右手の握りこぶしを打ち合わせているようにしか見えない。
by warabannshi
| 2008-12-22 08:46
| 夢日記
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