第221夜 「野生の呼び声」
 街角の練兵場で、訓練している。
 どういう経緯があったのか、さっぱりわからないけれど、平穏な住宅街の一部が取り壊されて、というか何かの爆発でえぐられたように土が剥きだしになった状態で、四十人くらいの規模の練兵場になっている。そして前に降ったらしい雨のせいで剥きだしになった土は泥土となっている。
 練兵場の周りは、それこそどこにでもあるような住宅街なのだ。吉祥寺とか、三鷹とか。古き良き神泉とか。空気には、昭和三十年代の雰囲気すらただよっている。いまは午後三時くらいで、PASCOのCMに俯瞰ショットとして出てきそうな街並み。アフタヌーン。
 そういう街並みの一部が、練兵場になっているというのは、いったいどういう経緯があったというのか?
 そして、やっている訓練といえば、建物(あさま山荘とか)を破壊するときに使う鉄球のミニ・バージョンを、体を張って受けとめる、というもの。鉄球が先端についたは振り子は、三台ある。四十人の訓練中の兵士は、上半身を裸にして、それぞれ順番を待って、鉄球を受け止めなければならない。もちろん、何人かは鉄球の勢いを受けとめきれなくて、後ろに吹っ飛んでいく。後ろは煉瓦壁になっていて、鉄球を受けとめきれない兵士はそこに背中から激突する。激突する兵士は、そんなに少ない数ではない。そして、みんな激突したあとで、泥土に倒れこんで顔とかをどろどろにする。
 訓練、というより、稽古に近い。それも、高校の剣道部とかが新入生にやらせるいじめ・シゴキに近い稽古だ。あるいは、九〇年代の低俗なバラエティー番組の一幕。
 こういう訓練はいやだなあ、と思っている自分は、じつはまだ、鉄球を受けていない。
 鉄球を受ける順番待ちをしているのか、それともズルをして順番の列に入っていないのか、歩哨の役をやっているのか、それはわからない。
 とにかく、自分は鉄球を受けていない。このまま鉄球を受けずに訓練が終わればいいのに、と思っている。ということは、やはり訓練をサボっているのだろう。
「ジャア、オレハ帰リマスヨ」
 振り子の鉄球を見事、受けとめた、ガタイの良い黒人兵士が帰る準備を始める。
 自由に帰宅して良いのか。ますます、どういう練兵場なのかわからない。
 ボビー・オロゴンみたいな黒人兵士はうちと友達らしく、笑顔でしきりに「ジャ、サヨナラ」、「サヨナラ」と挨拶してくれる。こちらも笑顔を返す。

 いつのまにか鉄球を受けとめる訓練は終わり、泥土の練兵場には四十人ほどの兵士たちが整列している。うちは整列していない。
 歩調を取れ、の一言で、行進がはじまり、兵士たちは夕方の赤から夜の群青色になりつつある住宅街へと進んでいく。
 整列していないうちは、兵士たちを見送る。敬礼はしていただろうか。わからない。
「よっしゃ。宿直室でテレビ見ようぜ、テレビ」
 うちの肩ぐらいの身長の日本人兵士(小学生のときの友人N?)が、もうすっかりリラックスしている。どうやら、うちと彼は宿直らしい。
「BSで、トリュフォーの映画とかやってないかなあ?」
「この前、『私のように美しい娘』をやってたよ」
「あー。それ、慰安宿で観たかもしれない」
 けれど、テレビでは平日朝八時からやっているはずの「はなまるマーケット」をやっていて、和田堀公園の屋外野球場が中継されている。

【……「はなまるマーケット」の中継……】
 小学校のころの友人Yが「はなまるカフェ」のゲスト出演者らしい。
 薬丸裕英が、「はなまるアルバム」をめくる。
 口をあんぐりと開けて、空を見上げていままさにフライを捕球しようとしているYの子供のころの写真が出てくる。
「口をあんぐりと開けて空を見上げられるのは、子供の特権ですね」
 Yは本当にいいことを言う。その通りだと思う。
「それでは、ここは野球場ですので、久しぶりの面子で野球をしていただきましょう!」
 薬丸裕英がそう言うと、Yの小学校のころの友人――グラビアアイドルをすることになる友人N’や、一年間ほど伊豆学園に通っていた友人Gが私服でバットやミットを持ってあらわれる。Gがいつものぐだぐだした調子で出てくると、とたんに周囲の緊張も解ける。
 そして、いつの間にか、うちも和田堀公園の野球場のベンチにいる。
 軍服ではなく、アロハシャツと短パン姿で、ベンチに座ってやんややんやと賑やかしをやっている。
 その賑やかしをやっているときに頭の中に聞こえてくるメッセージ。
《俺の屍を越えてゆけ。》
 そのメッセージは無視して、バッターボックスに入った友人Yに声援を送る。
《俺の屍を越えてゆけ。》
 そのメッセージが高校時代に熱中していたプレステのゲームのタイトルだということは知っている。遅延反響だ。よくある。
《俺の屍を越えてゆけ。》
 そのとき、テレビの画面が凍結して、Y、N’、G、薬丸裕英やテレビ局のスタッフらが全員、停止する。
 こうやってテレビの画面が凍結してしまうということは、テレビに映されているある情景が、過情報になってしまったためだ。そして、うちの頭の中にメッセージは、何重にも重なり合って連続し続ける。こういうことが起こるということは、つまり和田堀公園の屋外野球場となったこの場所でかつて死んだ、あるいは他の場所で死んだ死者たちが、テレビに映り込んでしまっているのだ。だから過情報になる。テレビやビデオなどの映像媒体は、死者たちのもたらす情報に耐えることができない。それは『リング』ですでに実証されていることだ。
 うちは屋外野球場から脱出するために、ベンチから走り出す。
 過情報でオーバーフローした屋外野球場の空気は、粘性がある。平面のはずのすべての地面が、傾斜のきつい坂であるように思える。
 傾斜のきつい坂を上るとき、人間はどうするか?
 両手を使う。
 二足歩行から、四足走行になって、赤く着色された地面を駆け抜ける。競輪場の赤バンクに似ている。そういえば、四足走行は、競輪用自転車(ピスト)でバンクを走るときと、感覚がそっくりだ。
 《俺の屍を越えてゆけ。》は、死者からのメッセージでもあり、野生の呼び声でもあった。ジャック・ロンドンは野生の呼び声を犬に限定していたが、これは人間にも当てはまることだ。

 いつの間にか、練兵場がある街に戻ってきている。
 この街は夢日記149夜の公園から見下ろした街だとわかる。
 非常になつかしい路地裏を駆けていると、Nが言っていた慰安宿の玄関から、Nが一夜を共にしたであろう女性が出てきて、すっかり犬化しているであろううちを驚いて見ている。
by warabannshi | 2008-12-30 23:59 | 夢日記 | Comments(0)
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