[01:「盗まれた手紙」は、「自動返送荷札」なのか?]
『ドラえもん』に出てくる便利な道具のなかには、「自動返送荷札」というのがあって、この荷札をつけるとその持ち物は自動的に然るべき持ち主の元に戻っていく。つまり、この荷札をつけて道端などに放っておくと、その持ち主の家の方角へ行く通行人がそれを拾い、家まで届けてくれる。拾い主が届け先までのルートの途中までしか行かない場合は、ひとりでにその途中地点でその品を捨ててしまうが、その先のルートへ向かう別の通行人がそれをまた拾い、それを繰り返して最後には必ず家まで届く。人ではなく犬がくわえて運ぶときすらある。(cf.てんとう虫コミックス第34巻) 重要なのは、この荷札をつけられた持ち物は“然るべき持ち主”のもとに戻っていくところだ。 ラカンがE.A.ポーの『盗まれた手紙』を読むと、手紙はその宛先へと、然るべき手紙の持ち主の元へと自動的に戻っていく力を、まるで自動返送荷札であるかのように、手紙自身のうちに宿しているかのように感じられてしまう。でも、その宛先へと自動的に戻っていくのは、ポーの作品においては手紙であって、自動返送荷札ではない。 [02:1回目の読書会で取り扱われた範囲]
[03:鎖chaîne] シニフィアンの連鎖の、あらゆる抵抗を排しておもてに出てきてしまう性質。執拗さ-しつこさ insistance。この鎖chaîneの性質についてラカンが言っていることはよく馴染む。こうやって読書会のメモを書いているあいだ、メモを書かせている力が自分のなかにあるはずなのだけれど、自分が書いているメモの内容と、メモを書かせている力のあいだにはなんの対応関係もない。しかし、自分が何を書いているかを意識することができるのは、自分の書いている言葉の方に主導権があるからで、もしメモを書かせている力の方に主導権があるとしたら、こうやってまとまった構文に沿って文章を書くことなんてできない。そういう“受け身の状況”を嫌がって、書くのをやめたり、何も考えないようにしたとしても、それで言葉に主導権があることを忘れることができたとしても、身を離したとは言えない。それこそ、ドラえもんの道具「自動返送荷札」を付けられたものが通行人を次々と巻きこんで、然るべき持ち主のもとに帰っていくあの強引な力のように。 この鎖chaîneの解き放ちがたさ。その感覚は非常に馴染むのだけれど、あまりにも馴染みすぎて、違和感がある。たぶん、鎖の「解き放ちがたさ」というところだ。これだとまるで“私が鎖でがんじがらめにされている”ようなニュアンスだが、そうではない。私が鎖のある部分なのだ、という言い方の方が、解放感がある。しかし、「私たちは鎖のある部分なのだ」ではなく、「私が鎖のある部分なのだ」と言うとき、私とあなたの完全な代替不能性を信じることはどれだけ可能だろうか? 漫画『ぼくらの』がアニメ化されたときの主題歌、『アンインストール』のサビ部分の歌詞がこの問いかけの前提を簡潔な言葉で示している。 「この星の無数の塵の一つだといまの{死にたくないのに死ななければならない}僕には理解できない」 「{死にたくないのに死んでいく}僕の身代わりがいないなら、普通にながれていくあの日常をこの手で終わらせたくなる」 たぶん、死にたくないのに死んでいくある人、執着と対面する人を考えたとき、フロイト-ラカンの想定しているシニフィアンの連鎖は離心率が高い(高すぎる)のだ。だから、「死の欲動」の議論が可能になるわけだし、「私たちの経験における諸現象の個別性」における矛盾したもののさまざまな彩りが、同じシニフィアンの連鎖に原理を持つ、同じ反復強迫 répétition automatismeとして見なされてしまう。……だからといって、フロイト-ラカンのシニフィアンの連鎖に関する考察が、実験室としての診療室のなかでのみ行われた能天気なものだったとは全然思わない。でも、それはいまのガザ地区ではやっぱり能天気なものとして捉えられるのではないだろうか。どうなのだろう。
by warabannshi
| 2009-02-22 10:26
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