先日、このブログで紹介した「東浩紀のゼロアカ道場」の第五関門に、友人・「村上裕一」が出場し、そして3名の通過者のうちの1人になった。これは非常に嬉しい。結果発表が終わった後に、思わず村上に駆けよっていって、問答無用で握手、後にハグしてしまったくらいに嬉しい。
ちなみに、3名の通過者のうち、道場主・東浩紀氏に選ばれたのが「村上裕一」。村上隆氏、筒井康隆氏、講談社文芸局太田克史氏に選ばれたのが、やずや・やずやこと「廣田周作」さん。第五回関門見学者によって選ばれたのが、道場破りの「坂上秋成」さん。他の五名の方々もとても興味深いプレゼンテーションと、口頭諮問でした。おつかれさまでした。 しかし、「東浩紀のゼロアカ道場」に関しては村上とまったく労苦を共にしたわけではない(それどころかほんの稀にしか連絡を取り合っていない)私が、なぜ彼のプレゼンテーションを聴き、彼の口頭試問でのやりとりを聴いた後で、彼の第五関門突破をこんなに喜んでいるのか? この喜びは「好きなサッカー選手が点を入れて嬉しい」や「在籍していた高校の野球部が甲子園に行って嬉しい」などのあの感覚と、どう違うのか? どう同じなのか? ――いやそもそも、幾つかの喜びを並列的に比べようとすることが間違っているのかもしれない。というのも、いずれにしろ、二つ以上の喜びを一緒にすることは不可能だからだ。それは、二つ以上の思想を一緒にすることが不可能であるのと形式的には近似している。 とはいえ、二つ以上のものが、どれも同じようにそっと振動しているとき、それらの近似は形式を超えて、ある渦、うねりを浮かび上がらせる。喜ばしいのはその未知であった渦、うねりの立ち現れであり、自身がその渦、うねりの直中にはなくとも、その端緒をかいま見ることができさえすれば――。ましてや、それが友人であるのなら。 ニコニコ動画にあげられている村上のプレゼンテーションを観ると、彼の自著は暫定タイトルをこのように述べている。 「物語の現場 ゴーストたちの共栄圏に向けて ―象徴界はゴーストたちが支配した?―」 村上は、「ゴーストたちの共栄圏」が避けられないものとしてどのように立ち現れるかについてはごくあっさりと言い表している。(「ゴースト」の定義もヴィジョンも、文脈に依存しないほど定まっているとは言い難いが、彼はそれを知らないわけではない) また、彼が彼の批評が「創作者として物語に関わっていこうとする人たちの応援歌になれれぱ」と願うとき、「創作者」という語は、すべての人々を含意している。つまり、あらゆる欲望が矮小化されつつあるこの百年あまりの間、その矮小化に満足することができない、あるいは満足を矮小化させていないすべての人々を含意している。というのも、ゴーストは流通の直中にしか在りえず、その矮小化とはすぐに消滅を意味し、その条件において「コミュニケーションの基盤」であるという特徴を持つからだ。 「コミュニケーションの基盤」という語に少し語を接ぎ木するとすれば、それは「“錯誤のないコミュニケーション”という幻想の基盤」である。たとえば流通の直中において、紙や鉱物という物質性も、額面すらも持たない抽象貨幣が「流通という幻想の基盤」であるように。 「どのようなゴーストに奉仕するかを人々は考える。それをもって用意された材料をひたすら使うことが重要になってくる」。あるいは、「ゴーストは作者を規定する、そのことによって新しい倫理観が生まれてくると思う」。終盤のスライドで村上が語るのは倫理であり、ここで彼の論旨は一気にその抽象度をあげる。つまり、一方では、ゴーストへの「奉仕」は、「創作」によってなされることが示唆される(「奉仕」の一つのバージョンとして「創作」があるのではなく、むしろ逆に「創作」の一つのバージョンとして「奉仕」はなされる)。もう一方では、「奉仕」は、表現者に表現の正当性を信じさせる「信仰」と対であり、この二つは同時に起こることが示唆される。接続されていないのは「創作」と「信仰」だが、彼は「表現できないのは信仰がないから」と断言する。つまり、村上は「創造(-表現)」の前にある衝動について考えず、むしろ「創造(-表現)」からそもそもの始めを語る。 これはなぜか? なぜ〈「創造(-表現)」とは違うバージョンに至ることがあり得たかもしれない情感〉について村上は語らないのか? それは「ゴーストが作者を規定することによって生まれる倫理観」とどのように接するのか? ――という問いかけには、いまは何の仮説も立てることができない。ただ、彼は批評だけでなく小説も書くから、「創造(-表現)」に関してまったく自由な、彼自身の「創造(-表現)」の正当性からはぐれることはできないだろうことは指摘できる。〈「創造(-表現)」とは違うバージョンに至ることがあり得たかもしれない情感〉について、彼は彼自身が知っていることを知らないようであり、また彼自身が思いもよらない形で知っていることを知ろうとしない。確かにそれについて知ることはある種の禁忌であり、しかし「知ること」は「創造(-表現)」と対であり、いつも同時に起こる。「奉仕」と「信仰」がそうであるように。だから、彼の批評が「創作者として物語に関わっていこうとする人たちの応援歌」になるときには、同時に彼自身が彼の批評を書くうえでは必然的に知らないでいる必要がある領域をよりよく見定める同伴者として淵に立っているときなのだ。 喜ばしいのは“未知”であった渦、うねりが立ち現れ、渦、うねりとして知られたことにある。そして、渦、うねりは絶えることはないが、私たちにとっては消えたり浮かんだり、一瞬として同じ形を留めることがない。村上のゴースト論で論じられる「ゴーストたちの共栄圏」に比べると、渦、うねりの立ち現れの感覚は極めて主観的なものなのだが、それは私をついつい喜ばせる。
by warabannshi
| 2009-03-14 02:10
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