第243夜 「粘菌」
 ある大学の、細菌学講座の研究室。
 二十畳くらいある広い部屋の長い机には、レトロな光学式顕微鏡が六台、置いてある。高校で使うような、倍率だって低いはずの、アーム部分が黒塗りで対物レンズがリボルバー式で9種類くらいしかない、あの光学式顕微鏡。それで、酵母だか、ボルボックスだかよくわからないものを観察している。
 顕微鏡でよくわからない球状の生物? を観察しているのは、私を入れて六人。
 高校生(女子)、友人N、友人Nの母、男、男、そして小学生(男子)になっている私。
 この研究室の責任者らしい教授は、頭をふりなから、顕微鏡をのぞいている六人の手元を代わる代わるのぞきこんでいる。

 教授の自説では、「この酵母だか、ボルボックスだかよくわからない球状のものは、それぞれ単体で、生活史をとじている」。
 しかし、教授のライバルである、年齢の割にはやたらと髪の毛が黒いある教授は、この酵母だか、ボルボックスだかよくわからない球状のものを「粘菌」だと見なしている。
 「粘菌なのだから、群体をなし、その群体はときに人間ほどのサイズにもなり、私たちにまぎれて生活したりもするにちがいない」とライバルの教授は言っている。
 顕微鏡をのぞいている六人のなかには、その髪の黒い教授もいる。



 もう顕微鏡をのぞいて、球状のものを針の先でつついたり、倍率を変えて観察記録をつけたりしながら、幾昼夜、経ったのだろうか?
 ガラス製のプレパラートが少なくなってしまったために、ついに紙皿の縁まで、代用品として使う始末だ。
 ただその幾昼夜ものあいだ、私たちは顕微鏡だけを見て過ごしてきたわけではない。


1.天体観測
 六人で真夜中に、星空を見に外に出かける。
 この大学は郊外にあり、まわりを草原で囲まれているため、星座早見版が役に立たないくらいものすごい量の星が見える。
 「どの星がいちばん好き?」ロングヘアーの、女子高生が、星を見上げながら、聞く。「わたしは、****(忘却)。なぜって、二重惑星だから。ずっと離れずに、それでもくっつくこともないまま、おたがいがおたがいの周りを回っていられるのって良いよね。おたがいの重力で。」
 ある星を好きな理由が、換喩的だと思う。
 彼女は片思いをしているのだろうか? 
 「ぼくは牡牛座の織姫星。一万二千年後には、北極星になるから。一万二千年後まで、人類が生き残っていられるか、生き残っていたとしても、まだ「北極星」という言葉を忘れていないか、そういうことを考えるから」
 そう私は答える。
 けれど、いわゆる織姫星は、牡牛座にはない。織姫星は、こと座のベガだ。
 他の四人もみな、それぞれの好きな星を言った。友人Nの母だけは、星に願い事を言っていた。

2.日本版シュヴァル
 二人の男のうちの、ごっついほうの一人が、中学生頃のときに、紙を捏ねた粘土で、公園いっぱいに城を造ったことがある、という話をしている。まるで郵便配達夫のフェルディナン・シュヴァルみたいだな、と思う。
「いやあ、その当時はずいぶん有名だったんですよ。いまはもう溶けちゃいましたけれど」
 そういって、ムービーを見せてくれる。
 ムービーでは、小型のジャングルジムくらいの大きさの、乳白色の漆喰で固めたような小屋の前で手を振っている、学生服姿の男が笑っている。
 なんだ、これぐらいのサイズか、と思っていたら、カメラはどんどん引いていって、乳白色の小屋の建っている地面もまた一回り大きな紙粘土で造られたドームで、さらにそのドームは人間の顔を形づくったモニュメントの頭部で、叫ぶように開かれたその口からは、廊下が生えていて、その廊下を、学生服の男女数人がわーっと駆け抜けていき、全員クラスメイトか思う間もなく、その叫ぶ人面は一つだけではなくデコレーションケーキのクリームの渦巻きのようにある円筒状に無数にあることが、カメラがぐんぐん引かれていくことによってわかってくる。そしてその無数の巨大な紙粘土の人面は、どれもこれもみな、絶叫、といっていいほど口を大きく開け、やはり紙粘土でできた廊下を口の奥から生やしている。



 酵母だか、ボルボックスだかよくわからない球状のものは、ついに粘菌だという結論に達する。
「よく見て下さいよ。単体ならこういうことは起こらないでしょう!」
 ライバル教授は、直径二メートルほどに巨大化してぷるぷるしている球状のものに、いきなり右腕をつっこみ、なにかを引きずり出す。羽毛やエラのような部分さえあるものすごく複雑な臓器めいたものが引きずり出されてくるが、球状のもの=粘菌はまったく苦痛を感じている様子もなく、ぷるぷる震えている。
「さらにほら、この写真ですよ!」
 そこには臓器まるだしのまま、元気の餌を食べている豚が映っている。
「臓器が泡立っているように見えるんですけれど、これは再生しようとしているんですか?」
 私は質問するが、それは無視されて、トレッサーに乗せられた故・祖父が運び込まれてくる。
 そうか、祖父も粘菌だったのか!
 いや、祖父は死んだから粘菌になったのか? それとも、これは死んだ祖父にそっくりな粘菌であって、祖父とは外形以外になんの共通性ももたないのだろうか?
 みんな、それが粘菌だということに安心して、祖父=粘菌の腹部を切開し、内蔵を引きずり出す。祖父=粘菌はとくに痛みを感じた様子もなく、横たわっている。それで私も安心して、その鼻をひねって、もぎとったりする。
 ひとりがカッターで、その眼球を横に切り裂く。まるで『アンダルシアの犬』だ。
「ああ、眼球はだめ! それは再生できないから!」
 大きなバインダーを抱えたライバル教授が叫ぶが、もうすでに両眼は裂かれてしまったあと。けれど、引きずり出された臓器から、沸騰したように無数の泡立ちが生じているので、この泡のいくつかは眼球になりうるだろうという予感がある。
by warabannshi | 2009-05-02 09:00 | 夢日記 | Comments(0)
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