探索準備06-2 日本ラカン協会ワークショップ 発表草稿ver.2
日本ラカン協会ワークショップ 発表草稿ver.2
「宮澤賢治と精神分析 不道徳さと隣りあうためにあるいは、どう転んでもまともではない真実について
日本ラカン協会 第7回ワークショップ

   日程 2009年6月28日(日)
    開始時刻・場所は現在未定

   発表者 Rodion Trofimchenko(武蔵野美術大学大学院博士課程)
         発表タイトルは未定ですが、ラカンの精神分析理論による
         現代芸術分析をおこなう予定です。
   発表者 太田和彦(東京農工大学大学院修士課程)
         発表タイトルは未定ですが、ラカンの精神分析理論による
         宮沢賢治の思想の読解をおこなう予定です。
    
   司 会  福田肇(フランス・レンヌ第一大学哲学科博士課程)

***


 宮澤賢治には不健康なまでの過剰さがあります。
 「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」、「正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである」、「われらは世界のまことの幸福を索ねよう 求道すでに道である」(「農民芸術概論綱要」)という宣言。また、「ほんたうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまはない」(「銀河鉄道の夜」)というジョバンニの自己犠牲。
 宮澤賢治は近代日本文学史のなかでは異端としてあつかわれ、その作品群は挿絵を付けられて子供向けの絵本として広く馴染まれています。しかし、一読すればすぐにわかるとおり、彼の作品群は童話というジャンルの雰囲気におさまるものでは決してありません。また、吉田司(1997) は、賢治の作品が戦時下の満州国において戦意昂揚に用いられていた事実を指摘しています。満州建国大学の学生のあいだで「雨ニモマケズ」、「精神歌」が朗読されていたということ、「五族協和の王道楽土」を信じて日本をあとにした人々のなかで、賢治の断言がある種の精神を高揚させつづけていたということは、あまり知られていない賢治の一つの側面です。
 大澤信亮(2007) が指摘している通り、「これらの極端な感覚がどこから来るのか」という疑問は、彼を聖人視しなければ当然ありうるものです。「この過剰さはおそらく、読者の欲望を吸引する原因にもなっている」ことでしょう。

 賢治の高揚した調子でなされる宣言文にさらに注目するならば、そのなかには必ずある種の形容詞が入っていることがわかります。つまり、「まことの」、「ほんたうの」、「正しい」……という、真実性をことさら強調する、そしてそれらがじつは嘘・偽であった可能性を意識させる形容詞です。「まことの」、「ほんたうの」、「正しい」……という形容詞とともに語られる、燦然とした風景の発生現場。それは美しく、平穏かつ幻想的であると思われがちですが、隠喩やレトリックの水準に決してとどまるものではありません。
 列挙すれば限りがないのですが、たとえば、彼が生前に自費出版した唯一の童話集『注文の多い料理店』(1923年 大正13年)の序文。
これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらってきたのです。
 ほんとうに、かしわばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかったり、十一月の山の風のなかに、ふるえながら立ったりしますと、もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。ほんとうにもう、どうしてもこんなことがあるようでしかたないということを、わたくしはそのとおり書いたまでです。
 ですから、これらのなかには、あなたのためになるところもあるでしょうし、ただそれっきりのところもあるでしょうが、わたくしには、そのみわけがよくつきません。なんのことだか、わけのわからないところもあるでしょうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。
 けれども、わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾きれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません。(強調引用者)

 あるいは、『注文の多い料理店』に収録された九編の童話の一つ、「鹿踊りのはじまり」の冒頭。
 そのとき西のぎらぎらのちぢれた雲のあひだから、夕陽は赤くなゝめに苔の野原に注ぎ、すすきはみんな白い火のやうにゆれて光りました。わたくしが疲れてそこに睡りますと、ざあざあ吹いてゐた風が、だんだん人のことばにきこえ、やがてそれは、いま北上の山の方や、野原に行はれてゐた鹿踊りの、ほんたうの精神を語りました。
(強調引用者)

 非常に夢幻的な印象を与えるこの序文と、童話の冒頭は、しかし賢治の言葉に直接耳を傾けるなら、つまりこれを隠喩やレトリックと見なして何かを理解しようとしないなら、幻聴・譫妄、あるいは疲れ果てたすえの入眠幻覚、さらには「わけがわからない」正体不明な挿話を食べ物となして読者の歓待を熱心に試みる倨傲を読みとることができるでしょう。
 また、農業青年の県代表として上京した保阪嘉内あての書簡(1919年 大正8年)には、あらゆる不幸と興奮が渦巻いています。
(……)私の手紙は無茶苦茶である。このかなしみからどうしてそう整った本当の声が出やう。無茶苦茶な訳だ。しかしこの乱れたこゝろはふと青いたひらな野原を思ひふっとやすらかになる。あなたはこんな手紙を読まされて気の毒な人だ。その為に私は大分心持がよくなりました。みだれるな。みだれるな。さあ保阪さん。すべてのものは悪にあらず。善にもあらず。われはなし。われはなし。われはなし。われはなし。われはなし。すべてはわれにして、われと云はるゝものにしてわれにはあらず総ておのおのなり。われはあきらかなる手足を有てるごとし。いな。たしかにわれは手足をもてり。さまざまの速なる現象去来す。この舞台をわれと名づくるものは名づけよ。名づけられたるが故にはじめの様は異ならず。手足を明に有するが故にわれありや。われ退いて、われを見るにわが手、動けるわが手、重ねられし二つの足をみる。これがわれなりとは誰が証し得るや。触るれば感ず。感ずるものが我なり。感ずるものはいづれぞ。いづちにもなし。いかなるものにも断じてあらず。
見よこのあやしき蜘蛛の姿。あやしき蜘蛛のすがた。
今我にあやしき姿あるが故に人々われを凝視す。しかも凝視するものは人々にあらず。我にあらず。その最中にありて速にペン、ペンと名づくるものを動かすものはもとよりわれにはあらず。われは知らず。知らずといふことをも知らず。おかしからずや、この世界は。この世界はおかしからずや。人あり、紙ありペンあり夢の如きこのけしきを作る。これは実に夢なり。実に実に実に夢なり。而も正しく継続する夢なり。正しく継続すべし。破れんか。夢中に夢を見る。その夢も又夢のなかの夢これらをすべて引き括め、すべてこれらは誠なり誠なり。善なり善にあらず人類最大の幸福、人類最大の不幸
(強調引用者)


 宮澤賢治は、彼自身のある一貫したやり方で真実性を追求しています。そして彼の作品のなかで啓発、自己犠牲、あるいは信仰などの経路でその過剰さが発露するとき、心象スケッチや書簡、未定稿では「まこと」、「ほんたうの」、「正しさ」をめぐる執拗なまでの言及がそこここにあらわれます。その言及は苛烈であり、病的でさえあります。ここで病的と言うのは単なる比喩ではありません。賢治は童話・心象スケッチ作品のほとんどを決定稿とせずに、推敲を繰り返していました。そのなかでも、とりわけ推敲や原稿の入れ替えが頻繁に行われている情景の一つに、癲癇の症状を思わせる“世界が光り輝く瞬間”、“光の爆発”があげられます。天沢退二郎(1987) は『銀河鉄道の夜』の第一稿から第四稿までの推移をたどりつつ、いきなり眼の前がぱっと明るくなってジョバンニが思わず何べんも眼をこすってから、そのジョバンニが夜汽車に乗っていることに気がつくまでの、きれいにマス目を使って書かれた一枚余の原稿が、幾度となく場所を入れ替えられる過程を追っています。
いきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊の火を一ぺんに化石させて、そら中に沈めたといふ工合、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫れないふりをして、かくして置いた金剛石を、誰かがいきなりひっくりかえして、ばら撒いたといふ風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦ってしまいました。

 それは“隠されていたのに、覆された宝石群”のイメージとして、作品番号一七九「谷の昧爽に関する童話風の構想」の下書き(2)~(6)でも数年にわたってくり返して書き直され、最終的には大きな×印で除去されてしまいます。 (*1) 突然の、圧倒的な光の爆発の描写の執拗な反復とその打ち消しに関して、癲癇発作に類似した症状への危機的な幻惑を見ることは可能でしょう。

 また、未完の作品『学者アラムハラドの見た着物』(1923年/27歳)の学者アラムハラドは、彼の塾で学童たちにこう問いかけます。
「火はあつく、乾かし、照らし騰る、水はつめたく、しめらせ、下る、鳥は飛び、またなく。魚について獣についておまえたちはもうみんなその性質を考えることができる。けれども一体どうだろう、小鳥が啼かないでいられず魚が泳がないでいられないように人はどういうことがしないでいられないだろう。人が何としてもそうしないでいられないことは一体どういう事だろう。」

 アラムハラドは人間の本質を通俗自然科学の人間観(二足歩行や発話)に求めず、そして、「私は饑饉でみんなが死ぬとき若し私の足が無くなることで饑饉がやむなら足を切っても口惜しくありません。」という大臣の子の宣言に涙します。
「そうだ。私がそう言おうと思っていた。すべて人は善いこと、正しいことをこのむ。善と正義とのためならば命を棄てる人も多い。おまえたちはいままでそう云う人たちの話を沢山きいて来た。決してこれを忘れてはいけない。人の正義を愛することは丁度鳥のうたわないでいられないと同じだ。」

 けれど、正義を愛することを人間の本質と説く老師に対して、塾内で最も年少のセララバアドは、「人はほんとうのいいことが何だかを考えないでいられないと思います。」と答え、そして、しばし瞑目したアラムハラドが、
「うん。そうだ。人はまことを求める。真理を求める。ほんとうの道を求めるのだ。人が道を求めないでいられないことはちょうど鳥の飛ばないでいられないとおんなじだ。おまえたちはよくおぼえなければいけない。人は善を愛し道を求めないでいられない。それが人の性質だ。これをおまえたちは堅くおぼえてあとでも決して忘れてはいけない。」

と言ってその日の講義を終えることが、賢治の作品に流れる最高の調子だとするならば、真実性についての探求をさまざまなパースペクティヴにおいてなすことは、彼の作品とふれ合う幅を決して減らすことはありません。


……つづく……



(*1)
「谷の昧爽に関する童話風の構想」の当該箇所の変遷は以下の通り。
 下書稿(2)
 「じつにそらはひとつの宝石類の大集成で ことに今夜は古いユダヤの宝石商が 獲れないふりしてかくして置いた金剛石を みんないちどにあの水面にぶちまけたのだ」
 下書稿(3)
 「じつに今夜は そらが精緻な宝石類の集成で 金剛石のトラストが 獲れないふりをしてしまって置いた幾億を みんないちどにぶちまけたとでもいう風だ」
 下書稿(4)
 (ここでいったん当該箇所は除去される)
 下書稿(5)
 「ダイアモンドのトラストが 獲れないふりのストックを みんないちどにぶちまけたり」
→「東銀河の連邦の ダイアモンドのトラストが かくしておいた宝石を みんないちどに鋼青いろの銀河の水に ぶちまけたとでもいったふう」
 下書稿(6)
  下書稿(5)の五行は、下書稿(6)の第一形態にもほとんどそのまま継がれているが、最終手入れでは除去され、全集本文ではそれを確認することはできない。





▼参考文献▼
・『宮澤賢治殺人事件』吉田 司 太田出版 (1997/03)
 およびそれを受けた柄谷行人・吉田司・関井光男・村井紀の共同討議「宮澤賢治をめぐって」(「批評空間」II―14)も参照のこと。
・「宮澤賢治の暴力」大澤信亮 『新潮』(2007/11)
・ 『エッセー・オニリック』天沢 退二郎 思潮社 (1987/06)

by warabannshi | 2009-06-10 23:11 | メモ | Comments(0)
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