十一月ごろ。横浜の中学校で、教師をやっている。担当教科は、[生物画]。
[生物画]は、[生物]と[美術]を合わせたような科目で、基本的にやるのはスケッチの実習。
まず生徒たちに任意の植物の絵を何も見ないで書かせて、そのあとで実物の植物を見せ、その細部を記憶させたあと、またその植物の絵を何も見ないで書かせる。このくり返し。
半地下の生物実験室に、いつも十人ぐらいの生徒たちが来る。
その生徒たちを、全員、スケッチをさせないで、実験室で立たせている。
彼らのうちの誰か一人が持っているはずの[地理]の期末テストの問題用紙を回収しようとしているからだ。というのも、[地理]の期末テストの問題用紙が、どういうわけか生徒たちのうちの一人に郵送されてしまったのだ。
たとえ、見つかっても、[地理]の期末テストの問題は、新しく考えなおされなければならないだろう。
「先生」
立っていた男子生徒の一人が、よれよれの白い封筒をもってくる。
その男子生徒は、私自身。
「やっぱりお前か!」
[生物画]教師・私は、生徒・私を笑いながら叱る。笑っているのは、やっとこれでこの不毛な時間から私と生徒たちが解放されるめどがたったから。
生徒・私がもっていた未開封の白い封筒を破くと、たしかに、[地理]の期末テストの問題用紙が出てくる。
生徒たちを帰して、[生物画]教師・私は雨の中、よれよれの白い封筒をもって校庭を突っ切る。
しかし、放課後の誰も居ない校庭は、あまりにも広く、いつまで経っても向こう側の校舎につかない。
ずぶ濡れになって走りながら、プールで泳いでいるような気分になる。
そのとき、生徒・私は下駄箱にいる。高校のときの友人・木内が生徒・私の背後に忍びより、私の着ているロングコートにチャッカマンで火をつけようとしている。