終盤を迎えつつあるロック・コンサート。ベーシストである私は、集中している人に固有な難聴になっている。数百人の観客の歓声は、心音と同じくらいにしか聞こえず、これから辿るべきメロディを弾いているベースが外しているかいないかだけが、無機的に伝わってくる。そして指が、意思より先に動く。
最後は「Livin' On A Prayer」みたいな曲。弾き終わると、ベースを仲間に預けて、すぐに病院に直行する。なんといっても、私の子どもが生まれるのだ。
病院に着くと、看護婦が、育児室をのぞかせてくれる。
赤ん坊の顔は、透明な皮膚に、ウニみたいな大脳がみっしりつまっている。水饅頭みたいだ。
「顔は?」
「顎の下にたたまれています。未熟ですが、口があるでしょう?」
本当だ。泣いたりするときは、瞬膜のように、不透明な顔の皮が顎のしたからとびだして、表情を可能にするのだろう。脳はゆがめたりできない。
すっかり安心して、私は雑誌を読み始める。記事は「女の子が白けるシーン top3」で、三番目に「私有財産でないものを褒められたとき」がランクインしている。
私有財産なんてくそだ! という瞬間が、この脳がみっしりの赤ん坊にも訪れますように。