第356夜「香港旅行」
 香港旅行の土産を買うために、リサイクル・ショップに来ている。私は激安の衣類のコーナーを回りながら、スウェーデンの国旗のようなカラーリングの蛍光シャツを探している。
 「こいつの趣味はどうかしてるんですよ、じいさん」と名前の知らない兄にからかわれたが、名前の知らない祖父は、蛍光色を好む私の趣味に理解を示し、小遣いをくれた。
 祖父の心遣いの手前、少しぐらい高価でも買おう。たかが知れている。そう思いながら目当てのシャツを探しているが、見つけた二、三着は、どれも裏地がボロボロで、着られるような代物ではない。いちど洗濯したらぼろ布になってしまうだろう。スウェーデンの国旗のような蛍光シャツは高価ではないが、こんな品質では買っても詮無い。
 開け放った窓の外に、夕方の近い曇った空がかぶさっている。流れ込んでくる空気はむしむしとした雨の匂いがして、私はなんとなく落ち着かない気分になる。窓の外にはベトナム料理の屋台が並んでいて、そのうちの一軒からしきりに「バナナ、バナナ、バナナ」と呼び声が続いている。その屋台ではバナナの何を売っているのか、気になったが、祖父から屋台で売られているものは決して食べてはいけないと何重にも念を押されているので、何が売られているのか知ったら余計に食べたくなるだろうと思い、窓から離れる。
「爪がはがれるほど手を洗っても、赤ん坊は戻ってこない」
 がらんとしていた店内から、日本語が聞こえる。私のほかに店内には誰もいないと思っていたので、私のほうが息をひそめる。
「俺も、教祖様のおことばがいまも耳鳴りのように聞こえることがある。眠りに落ちるときにはいつもだ。教祖様と何回も同衾したお前が、表情筋をおかしなことにしてしまうこともわかる」
「膣に焼け火箸を突っ込んで洗浄してやる、って息巻く週刊誌の記者連中と同じだね。
 兄貴は役割に逃げているだけだ」
 こんどは女性の声がする。じっとしている私の顔の先のシャツに、大きな生きているガガンボがとまっていて、跳び上がるほどぞっとする。ガガンボの翅も、六本の恐ろしく長い脚も微動だにしない。こんな湿気の強い国では、そういう柄だと思い込んで、ガガンボのついたシャツを着てしまうこともあるだろう。そう思うと、一刻も早く日本に帰りたくなる。
「役割をこなすということは、努力して仲間たちを安心させているということだ、――もちろんお前も含めて」
「それが鬱陶しいんだよ、兄貴」
 日本語を話す兄妹はどうしようもない言い合いを続けながら、店を出て行く。私もしばらくたってからガガンボを刺激しないように、何の衣類も買わずその店から立ち去る。
 街頭ではちょうど「不働宣言」がなされている。全身が緑色の、爬虫類の少年が車椅子に乗って、ボランティアの人の差し出したメガホンに向けて、
「私が働く理由なのだから、その大きさや正常さなど、人と比べるものではない。私の狂い方は私で決める。そう宣言する傲岸も含めた狂気を、私は愛する」
「あの車椅子の少年は、深代惇郎の息子ですよ」
 聴衆の一人が、もう一人の隣に言う。私は深代惇郎についてはまったく知らないが、素人の知ったかぶりだろうと思う。
by warabannshi | 2010-04-07 14:06 | 夢日記 | Comments(0)
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