第364夜「コンビニ」
 推敲しなければならない文章が延々と書きつけられた分厚い原稿用紙の束を抱えて、真夜中の渋谷の円山町をとぼとぼ歩いている。軒を連ねるラブホテルは、どこもかしこも無愛想な鈍色のシャッターを下ろしている。ラブホテルにシャッターがあるなんて知らなかった。安全確保のためなのかネオンサインはちらちらと灯っている。しかし、建物内に人のいる気配がまったくない。クラブもライヴハウスもやっていない。水曜日はすべての水商売が休業日なのだろうか。と思う。
 マンホールが無闇に多い表通りをうつむき加減で歩いていると、にわかに霙雨が降り出してくる。原稿用紙の束を腹にたくしこんで、紙が湿気るのを避けながら、どこか空いているホテルを探す。濡れたシャツが肩に丸々と張りつき、風になでられる。躓きそうなほど細い路地を、何本も何本も通り抜ける。
 やがて、コテージのような趣向のホテルに行き着く。一人でも大丈夫なようなので、そこに入る。冷たい雨の降っているときに、丈夫な屋根と壁に囲まれていることは嬉しいことだ。しかし合板の家具に取り囲まれて、落ち着かない。なにかワインでも買って酔っぱらおう、と思い立ち、傘を借りて再び雨の町に出る。
 しかし、やはりどこもかしこも閉まっているのである。ライヴハウスはおろか、AMPMですらシャッターを下ろして沈黙している。人通りもない。寂しさのあまり泣き出したいほどである。
 ひとつ、ペットショップを兼ねているコンビニが営業している。たくさん買って、店の売り上げに貢献しよう。そう思うが、ワインはどれも安価でくらくらするほど不味そうなものばかりである。酒類コーナーのすぐ横に薄田泣菫の文庫本が並べて売られていて、どういう趣向なのかわからない。冷凍エビフライが半額になっていたりするが、ワインのあてにするにはちょっと違う。それになにより、これは油で揚げなければならないのだ。電子レンジで調理できない冷凍食品があるなど思いも寄らなかった。
 ペットショップの床では、猫が数え切れないほど走り回っている。細かい抜け毛が肺にへばりつきそうで、思わず袖で口を覆う。フロアの真ん中には風呂桶があり、そこでは猫が三匹、行水をしている。
「下北半島はどーっちだ」
「右の方」
 店員らしき金髪のヤンママ(20)が日本地図を片手に、乳母車の幼児(1)に早期教育を施している。ペットショップをやっている店の老婆(82)は、自分の家が知らないうちにフランチャイズされ、店の真ん中にある馴染みの風呂桶にいつも猫が浮いていることに不満を募らせている。
by warabannshi | 2010-05-12 08:29 | 夢日記 | Comments(0)
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