第374夜「修正屋」
 修正屋という職業を友人Sがやっている。物品のあらゆる含意を修正するのが彼の仕事らしく、シークレットで依頼品を持ち込む客は多いそうだ。私はSと中学校からの友人なので、時折、彼のアトリエにも入って遊ぶ。
「この前、女子高生の左腕からうなじにかけて彫られた数十個のキスマークの刺青を消したよ」
 アトリエの椅子に腰掛けて、赤福をつまみながら、Sが言う。
「へえ」私は湯呑みで茶を飲み、うなづく。「なんでまた彼女はそんなケッタイな刺青なんかしたんだろう」
「彫りたくて彫ったわけじゃないよ。いじめだよ。小学六年生のときに。それから泳いだことはなかったそうだ。
 怨恨? と聞いたら、誤解と言ってた。唇を売る者にはふさわしい標示が要る、とか言われて、ゴルゴ13みたいなおじさんに彫られたんだって」
 それはいじめじゃなくて変質者による通り魔的犯罪だろうと思ったが、とくに指摘はしない。女子高生の写真も見せてもらう。まるで唇の妖怪にとり憑かれたような壮絶な左腕だった。術後の写真も見せてもらうと、祓われたようにさっぱりなくなっている。
「どうやったの?」
「洒落ということにした」
 私はSの腕の良さに感心しきりであることを隠さない。

 またある日、昼ご飯の時間帯に放送するバラエティ番組の主題歌を修正するのに立ち会ったことがある。二人の作詞家が、もう一人の作詞家の作った歌詞データをこっそり持ち込んできたのだ。
「ぷうとロケット 月へ飛ぶ」という歌詞が脈絡なく入る酷い出来のもので、修正のしようがないだろうと思っていたら、難なく片付けた。椎名林檎か川上ミエコに書評を書いてもらったのだそうだ。

「精神誠次郎っていう、いまにも自害しそうな男の絵なんだけどね。北の日本海をでろんと描いたもので、本当に素晴らしいんだ。画家が用意してきたものか、疑わしくなるくらいに良い曇天なんだよ」
 私はたしかに、「精神誠次郎の油彩画」をSのアトリエで見たことがある。夕焼けの絵だったが、そこに雪と雲を分厚く塗ったのは、Sだった。
 Sは何も知らない客から画集を見せられ、講釈を受けている。間違ない。私はSの慎み深さを誇らしく思う。
by warabannshi | 2010-06-05 23:19 | 夢日記
<< 第375夜「粉薬」 第373夜「ベンチ」 >>



夢日記、読書メモ、レジュメなどの保管場所。
by warabannshi
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
twitter
カテゴリ
全体
翻訳(英→日)
論文・レジュメ
塩谷賢発言集
夢日記
メモ
その他
検索
以前の記事
2024年 03月
2024年 02月
2023年 06月
2023年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 10月
2021年 06月
2021年 04月
2020年 12月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 01月
2019年 11月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 02月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 01月
2016年 11月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 01月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2005年 08月
2004年 11月
2004年 08月
その他のジャンル
記事ランキング