修正屋という職業を友人Sがやっている。物品のあらゆる含意を修正するのが彼の仕事らしく、シークレットで依頼品を持ち込む客は多いそうだ。私はSと中学校からの友人なので、時折、彼のアトリエにも入って遊ぶ。
「この前、女子高生の左腕からうなじにかけて彫られた数十個のキスマークの刺青を消したよ」
アトリエの椅子に腰掛けて、赤福をつまみながら、Sが言う。
「へえ」私は湯呑みで茶を飲み、うなづく。「なんでまた彼女はそんなケッタイな刺青なんかしたんだろう」
「彫りたくて彫ったわけじゃないよ。いじめだよ。小学六年生のときに。それから泳いだことはなかったそうだ。
怨恨? と聞いたら、誤解と言ってた。唇を売る者にはふさわしい標示が要る、とか言われて、ゴルゴ13みたいなおじさんに彫られたんだって」
それはいじめじゃなくて変質者による通り魔的犯罪だろうと思ったが、とくに指摘はしない。女子高生の写真も見せてもらう。まるで唇の妖怪にとり憑かれたような壮絶な左腕だった。術後の写真も見せてもらうと、祓われたようにさっぱりなくなっている。
「どうやったの?」
「洒落ということにした」
私はSの腕の良さに感心しきりであることを隠さない。
またある日、昼ご飯の時間帯に放送するバラエティ番組の主題歌を修正するのに立ち会ったことがある。二人の作詞家が、もう一人の作詞家の作った歌詞データをこっそり持ち込んできたのだ。
「ぷうとロケット 月へ飛ぶ」という歌詞が脈絡なく入る酷い出来のもので、修正のしようがないだろうと思っていたら、難なく片付けた。椎名林檎か川上ミエコに書評を書いてもらったのだそうだ。
「精神誠次郎っていう、いまにも自害しそうな男の絵なんだけどね。北の日本海をでろんと描いたもので、本当に素晴らしいんだ。画家が用意してきたものか、疑わしくなるくらいに良い曇天なんだよ」
私はたしかに、「精神誠次郎の油彩画」をSのアトリエで見たことがある。夕焼けの絵だったが、そこに雪と雲を分厚く塗ったのは、Sだった。
Sは何も知らない客から画集を見せられ、講釈を受けている。間違ない。私はSの慎み深さを誇らしく思う。