死体安置室で、死体として解剖を受けている。わりと好きにしていいよ、という達観。
「口腔内に大きな裂傷。ボクシングによるものか」
「火傷じゃないの」
二人の若い医師が、私の口をこじあけてそんなことをいっている。私は、すまして聴いている。クリーム色のゴム手袋の指先が、顔にかざされるたびにビニール臭い。そして眩しい。もし口のなかに眩しさを感じる感覚器があったら、くしゃみを耐えられないだろう、と思う。
ところで、私はなぜ死んでしまったのか。
修行中の事故だ。
私は森のなかで先輩Mと修行中だった。
「基本的に、触って痛くないもの、かぶれないものは、この森に生えていないし、這っていないと考えてもらっていい」
そう先輩Mは言った。そして湿った脱脂綿で、露出している皮膚を丁寧にぬぐい始めた。
「なんですか、それは?」
「みかんの皮を干したやつ山椒を粉にして、水で溶いたの。虫除けだよ。首筋にはまんべんなく塗っておいたほうがいい。前は枕に虫がたかって、俺は寝られんかったからね」
私も先輩Mから脱脂綿をもらい、首筋に塗る。そういえば、さっきからものすごい赤いとか黄色い(=警戒色の)小さい甲虫が多い気かする。私は気をひきしめる。
不意に、掘っ立て小屋のようなお堂の観音扉が開く。
そして二〇人ほどの小坊主たちが雛壇に立ち、法華経の方便品第二を、まるで聖歌隊のように読経しはじめる。
小坊主のなかには女児も含まれており、彼女らは剃髪していない。読経の半ばにさしかかったとき、些細なことから男児と女児いがみあい、どつきあいをはじめる。そのどつきあいは次々に波及し、あっという間に雛壇はめちゃくちゃになって壊れる。小坊主たちもまた、風に吹き消された蒸気のようにいなくなる。