第385夜「文学フリマ」
 三日三晩に渡って開かれた大規模な文学フリマがようやく終わる。完全に疲れ果て、かつ眠い感じで、知り合った人たち六、七人と大戸屋で食卓を囲む。初めて知り合ったのか、小学生のころから知っている顔なのか、頭が霞んでそれすらも判別できない。しかし、いらいらはしていない。身内は熱く、酒に酔っ払ったときのようないい気分でもある。
「いや、正直なところ、文フリ、やっと終わってくれたか、という感想しか浮かばないですよ」
 前菜として出された、山盛りのニンジン炒めを食べながら私は言う。
 みんなもむぐむぐと前菜を食べながら、黙ってうなずく。この三日間で売れていった彼ら自身の本のこと、それらを作るまでの過程を思い出しているのだろう、と私は思う。
「太田君はペンギンが好きなの?」
 そう早稲田の友人Sが聞いてくる。あれ、彼女も文フリに参加していたのか、思いながら、
「見ているのは好きですけど、いま目の前で揚げ物として出されたら遠慮したいです」
「でも、大戸屋の揚げ物はなんでもうまいよね」
「かりっとしていて、揚げ方が工夫されているよね」
 よく見ると、みんな示し合わせたかのように揚げ物を食べている。よくこんなときに油物が食べられると思う。私の前には、ボイルされた大ぶり・極太のソーセージが皿にのっている。しかし、三本とも、痙攣するように、身を反らして動いている。
「フォークで刺して一端を固定して、皮をむくんだよ。ギリシア式だよ」
 隣に座っていた博学のMさんが教えてくれる。食べ方はわかったが、なんとなく皿から逃げ出そうとしているソーセージを見ていると、ぐったりと体中から元気がなくなっていき、咽喉の奥がげえげえいいそうになったので、「ちょっとごめん、活動限界です」と言い、テーブルに突っ伏す。

 起きると、すでにテーブルには私と彼女Fと、深沢という初めて会う男が残っている。
 すでに皿は片付けられ(あのソーセージたちの皿も)、会計も済んだという。
「ちょっとペンギンを見に行きましょうか」
 そう深沢は言い、先に店を出る。店の外は緑色の水をたたえた運河になっていて、すでにゴンドラが寄せてある。
 彼女Fは帰りたそうだったが、私は眠って元気をとりもどしていたので、深沢に同行することを決める。
 深沢が長い櫂を操って運河となった通りを抜けていくと、やがて横幅が数百メートルもある巨大な本棚のような施設が、左右に何十も並んで天高くそそり立っているのが見えはじめる。あれらはペンギンの営巣施設である、と直観する。ステンレス製と思しき、圧倒的な銀色の筐体は、さらに無数の小さな箱に仕切られており、そのあいだをたしかに幾億羽ものペンギンたちが群をなして歩いている。
 さらに近づいていくと、異様な臭気を感じる。ペンギンの糞である。よく見ると、卵がいくつも割れて、中身が干からびている。糞はまだ乾ききっていないので蒸らしたような臭いが立ち込めている。空は綺麗に晴れているのに、巨大な本棚施設が、お互いに日陰をつくって変にじめじめした空気になっているのだ。運河の水面にも、ペンギンの羽毛、エサの食べ残し、よくわからないぬらぬらした塊が浮いている。臭くて息が詰まりそうである。
「もう良いでしょう」私はたまりかねて深沢に言う。
「そうですか? これらはすべて、我が深沢家のものなのですよ」
 深沢は櫂を操りながら自慢げに言う。

「とりあえず、あの臭いのなかで私はヘン顔を二十個くらい獲得したよ」
 帰りの電車のなかで、ひとしきりペンギン営巣施設の文句を挙げ連ねたあと、彼女Fは言った。
「へえ、やってみせてよ」
 Fは唇をとじ、鼻の下にあたる部分の裏側に息をいれて膨らませた。
by warabannshi | 2010-07-05 10:32 | 夢日記
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