第398夜「番外地」
 千葉の番外地に来ている。江戸時代から明治時代にかけて、のべ数万人の囚人たちが人力によって砂利を運び、埋め立てたと言われている。(数珠繋ぎになって、もっこで砂利を運ぶその有様を描いた瓦絵がいまものこっている)高速道路がはしるようになっても、その瘴気は失われていない。高速道路の高架下は、どんな昼間でも必要以上に暗い。膠で溶いた墨のような海水が不機嫌そうにのろっとのろっと砂利の隙間で動いている。
 私はその番外地で、なにか探偵めいたことをしている。つまり、なにかの手掛かりを見つけようとしている。けれど、なにを解こうとしているのかがわからない。探偵めいた雰囲気だけを味わっているのかもしれない。
 有刺鉄線で海から仕切られた小さな小屋に、ぞろぞろと観光客の行列が吸い込まれていく。
 私はその行列に澄ました顔で紛れこむ。
 ジーパンのポケットに手を突っ込むと、なにかにあたる。岩波文庫(青)の『ティツィアーノと七人のいかさま師〈上〉』だ。暇つぶしに読もうともってきた本である。ちょっと開いてみると、一枚一枚の頁を束ねている背中のところが裁断されていて、それをしらないで開いたものだから文庫本はばらばらになり、あっという間に暗い海に百枚ほどの紙片になって吹き飛ばされてしまった。
「ごみを捨てないで!」
 警備員の男性に怒られる。私はおとなしく、前の人の背中にしたがう。
「ここは囚人たちが重労働の汗を流した温泉小屋です。温泉といっても、小さな湯壺が三つあるだけです。この温泉にすこしでも長く入りたいために、病人や皆から嫌われているモノはこっそり殺され、作業効率は一定の水準が保たれるという仕組みです」
 バスガイドのような女性がぺらぺらとしゃべっている。観光客たちは、ぶかぶかした畳敷きの部屋に詰め込まされて、それでも鳩のように、ふんふん、と首を動かしている。
 ふと見ると、その群から離れて、ポロシャツ姿の男が調度品を手にとってしげしげと眺めたり、叩いて音を聴いたりしている。
「展示品にはさわらないでください!」
 警備員の男性は弔意するが、ポロシャツはまったく聴く耳をもたない。
「展示品にさわらないでください!」
 数度の注意のあと、ついに警備員はポロシャツの腕をつかむ。するとポロシャツは無言のまま、警備員を一撃で殴り飛ばす。
「や、やりゃあがったなこの野郎、覚悟しやがれ!」
 警備員は百年前の囚人のような口調で腰元の警防を抜き、ポロシャツに殴りかかろうとする。
「まあまあまあ、ここで喧嘩になると調度品も壊れますよ」私は私自身が気づかないうちに、この面倒な場にしゃしゃりでる。「警備員さんは警察を呼ぶのが先決でしょう。そちらのポロシャツの方、名前はなんというのです?」
 ポロシャツは無言のまま、一輪挿しをひねり回している。
「名前はなんというのです?」
 しかし、私もまた黙っているのに耐えかねたのか、ゆっくりと男は口を開いた。
「俺の名前なんて、お前はもう知っているだろう。俺は、二週間後のお前さ」
 私は左右の肋骨の継ぎ目をずんと押されたような気がする。私がこの地で手掛かりを求めていたのは、二週間後の私の消息だったということを急に思い出す。しかし、そのポロシャツの男は、私とは似ても似つかない顔である。男はなにも言わずにこっちを見ている。二週間前の彼自身を見ている。
by warabannshi | 2010-08-22 21:50 | 夢日記 | Comments(2)
Commented by 新潟の映画バカ at 2010-08-25 20:55 x
中学生のころ『網走番外地』にハマったことがありました。当時は「結局、おいしいところはアラカン(嵐寛寿郎)かよ!」って憤慨してましたが、その人の凄さを知るにつれ、「アラカンに締めてもらはないと」なんて思うようになり…。

思えば、そのころが映画バカの誕生でしょうか。
Commented by warabannshi at 2010-08-26 09:54
『網走番外地』にハマる中学生の渡世は決して楽なものではあるまい。

そしてなぜか「荒野の対決」しか観ていないという変則ぶり。
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