第411夜「女子高生」
 最終バスを乗り継いで、とうとう中野駅のバスターミナルまで来たが、もうそれより後にバスは出ないという。中野駅から私の家までは歩いて三〇分ほどであるが、なにせ真夜中でしとしとと冷たい雨も降っている。明日は一限から教師としての仕事があるが、中野駅で夜を明かすほかない。
 夜を明かすと決まれば、中野駅のバスターミナルは楽しいところである。そこいらじゅうに露天商が熱帯魚や諸々の種類の金魚の入った水槽を幾つも立てて、白熱灯の光を夜の闇にきらきらと乱反射させている。微かな生臭い雨は、随分小降りになった。まあちょろちょろとペットショップとかをひやかしながら歩こう、と思い歩き出すと、
「おじさん、傘、忘れてたよ」
 そう後ろから声をかけられる。黒のショートヘアを頭のてっぺんでゴムで止めた、うりざね顔の女子高生である。
「ありがとう」
「二本の傘が、こう、斜めに並行になって置かれていたんだけど、どっち?」
「こっちかな」
 ちょっと高価そうなほうの傘を選ぶ。どちらも自分の傘であるような気もする。
 いつの間にか私と彼女は中野駅のターミナルの地下まで話をしながら降りている。彼女も終電がないそうなのだ。私たちは二度と会うことがないであろう者たちに許された気楽さで、歩きながら四方山話を語った。途中、私は靴紐を結ぶかなにかのきっかけでしゃがみ、彼女の脛にうっすらと産毛がはえていることを盗み見た。夜更けなので、地下街の店はほとんどシャッターを下ろしている。しかし、幾つかの中華料理の店は開いている。丹精込めそうな火鍋の店がある。
「いいかげん、歩きつかれたでしょう?」
「うん」
「激辛は平気?」
「わりとね」
 私たちは火鍋の店に入る。彼女がiPhoneを取り出す。彼女が所属しているビッグバンドの演奏を聴かせてほしい、という話をしていたことを思い出す。適当に注文を取り付けて、「TEQUILA」が快調に流れているイヤフォンを耳にはめる。タッタラタラッタッター、タタッタラタラッタ、のお馴染みの曲であるから、バンドメンバーが前のめりな演奏をよく抑制できているのがわかる、と思う。「Mambo No.4」「A列車で行こう」などを立て続けに聴く。
「いいね」
「でしょ」
「私も同人誌を作っているんだけど、一部あげるよ、たしか持っていたはずだから」
 雨でしっとりと濡れたカバンの中身をごそごそとまさぐる。
「これで火鍋をひっくり返すような出来だったら、ただじゃおかんよ」
 地を這うような声に驚いて顔をあげると、机の対面で女子高生は閻魔大王のような凄まじい形相になっている。


 ……という夢から、目覚める。
 すでに林のなかには朝陽が射しこんでおり、葉量の多い樹冠が涼やかに揺れている。
 私は、湿った黒土の上にすのこを敷いた、その上に敷かれた一組の布団で眠っていたのである。辺りには人のいる気配がない。
 アウトブラッド演習(戸外で眠る体験学習)に参加している私は、どうやら一人、熟睡していたために置いてけぼりをくったらしい。
 零余子をたくさんつけたユリ科植物の生える土手を登ると、やはり辺りには誰もいなくて、私の眠っていた布団が一組、泥だらけのすのこが五枚、放置されている。これは私が片付けるぶんなのだろう。携帯電話にはメールが入っていて、すのこは洗って小学校の体育館に戻しておいて、とのことである。
 女子高には気の利いた男子がいないのが難点だよなあ、と晴れ上がった空を仰いで、そのとき初めて私は自分が女子高生であることに気がつく。
by warabannshi | 2010-09-30 18:08 | 夢日記 | Comments(0)
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