第412夜「フェリス女学院」
 友人Hとフェリス女学院へ向かう。嵐のあとの滓のような雲を二人で並んで眺めながら、京王線・明大前駅のプラットホームで電車を待っている。いったいフェリス女学院を訪れるのは何年ぶりだろうか。
「八年ぶりかな。だから最寄り駅も相当変わったんだよ」
 そうだ、だから渋谷ではなく、明大前駅にいる。ここから出る、高幡不動行きに乗ればいいことまではわかっている。だが、肝心の駅の名前が判然としない。動物園の近くだった気もする。友人Hに訊きたいが、何で調べてこなかったんだ、と怒られそうなので黙っている。太陽が変な具合に強く照っていて、眩しいわりにちっとも暖かではない。
 そうこうしてるあいだに二両しかない電車が滑るようにプラットホームに入ってきた。銀色の大きな車体が、頭部だけ切り離されて泳いでいる青魚のようである。もっと京王線は長いはずだが、今日は客が少ないから、二両しか動かしていないのだろう。
「ほら、何やってんの、さっさと乗ろうよ」
 いつの間にか車内に乗り込んだ友人Hが、辺りを心配げに見回しながら手招きする。私は慌てて電車に飛び乗る。音も無く、扉が閉まる。
 揺られながら、無言で私たちは電車の走る先を見つめる。線路脇にはナズナやアブラナがむしゃむしゃと生えていて、二両だけの車体が巻き起こす風圧で次々とうねる。黄色を散りばめた緑色のバリエーションに見とれつつ、そうか、いまは春か、と思い至る。それにしても、何のために私たちはフェリス女学院に行くのだろうか。そして、乗換えもせずに彼の地にたどり着けるのだろうか。心配になってくる。
「アサリの味噌汁の」唐突に友人Hが口火を切る。「旬はいつだっけ?」
「さあ、初夏じゃなかったっけ。潮干狩りっていうくらいだから、あの時期には」
「アサリとハマグリって、サイズが違うだけ?」
「ふつう、ハマグリを見て、大きなアサリだ、とは思わんよね」
 電車は駅につき、友人Hは味噌汁のことなど場つなぎの会話でしかない、というふうにさっさと降りてしまう、私はいそいで彼の後を追う。Hは私に構わず、無人の改札口を通り抜ける。そして見上げんばかりの巌を刳り貫いたとんでもない校門のなかに平然と入っていく。私は切符がどこにもなくてまごまごしていたが、駅舎にも本当に誰もいないようなので、改札口の柵を素通りしてHを追う。校門には「桜蔭学園」と彫られている。違うじゃないか。そう思うが、もしかしたら、女子の私立御三家はこのさい、一緒になったのかもしれない。
 校門を抜けるとすぐに木造校舎のなかで、廊下のあちこちに白い清潔なシーツの敷かれたベッドがある。シーツの端には、たしかに「フェリス女学院」と印字されている。看護体験の授業でもあるのだろうか。ベッドの数は百をけっして下らないだろう。おまけにすべて四五十年ほど前の古びた木製である。往年の結核患者が使っていそうだ。いまは授業中なのか、誰も廊下にいない。靴音がするとまずいので、靴を脱いでいると、ちょうど階段の下からものすごく太った事務員とおぼしき女性がやってくる。
「赤ちゃんを見ませんでしたか?」
「さあ、わかりません」
 分厚い靴下に履きかえている私の不審を咎められると思ったが、そんなことはまったくなく、女性はふうふう言いながら階段をさらに登っていった。
「助かったよ」
 振り向くと、白いベッドの上で初老の男性がワイシャツ姿で薄がけにくるまっている。私はなんだか急におそろしくなって、もと来た廊下を戻ろうとした。一列に開け放たれた窓からは燦然たる光が校舎のなかに斜めに注ぎ、何か透明な巨きなものが廊下の奥から迫ってきているのか、純白のカーテンが、順々に、風でうねった。
by warabannshi | 2010-10-01 02:35 | 夢日記 | Comments(1)
Commented by ワンピース at 2010-11-01 14:41 x
誰もが知ってるアニメ、ワンピース。もし自分が海賊なら懸賞金は?海賊王クラス、それともチョッパークラスか?男女関係無く楽しめますよ
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