第430夜「三木成夫」
 いままさに高校で授業をしようとしているところなのだが、配布すべきプリントを印刷していない。さらに、いったい何を話せば良いのかもわからない。腕時計を見ると、すでにチャイムが鳴ってから5分が経過している。チャイムがなってからの5分間のあいだに私がいったい何をしていたのかもわからない。支離滅裂な活字の夢からさめたばかりのようにぼうっとしている。
 生徒らも、教師の不甲斐なさにあきれて、騒ぎ出せば良いのに、水を打ったように静まり返り、こちらの挙動に注目している。最前列の生徒の視線が私に集中し、いよいよ私に何を話せば良いのかをわからなくさせる。咽喉がつまる。不安がつのる。酢酸の匂いにはっとなる。そうだ! この部屋は生物実験室なのだ。なにかの実験をするつもりだったのだろう。だが、実験材料と思しきものはビーカー一つ、カエル一匹も、黒塗りのテーブルの上に乗っていない。ただ縮緬雑魚のような小人らがかさかさと列を作っているのみである。私は私の失策のすべてをこの小人らに押し付けたいと思う。
 突然、ふっと電気が消える。
 暗幕が下りているので、実験室はまったくの闇に満たされる。
「君たちは、三木成夫を知っているか?」
 私の口は、勝手にしゃべりはじめる。
「芸大で、たしか芸術解剖学という講義を受け持たれていた先生で、代表作は『胎児の世界』。学期の最後の授業が終わると、誰からともなく学生のあいだからスタンディング・オーベーションがおこったという伝説の解剖学者だ」
 生徒らはまったく反応しない。化石にでもなったかのようにこちらを見詰めている。
「その三木さんの講義にこんなのがある。講義室を真っ暗にして、九〇分間、ひたすら自分の心音に集中する、というものだ。それをやってみようと思う。脈拍を数える必要はない。心臓が衰弱していると思っている人も、目を瞑れば、脈が骨を打つのがはっきりと見える。私語は厳禁。チャイムが鳴るまでやろう。では、はじめ」
 私の口の機転で、私はなんとか実験室の外に逃げ出すことに成功する。
 停電と、私のとるにたらない知識がかろうじて教師としての体面を保ったこと、それが可笑しくて死にそうである。ふと実験室のガラス窓を見ると、私の顔は毒を飲んだイルカのように変形している。猛烈に白衣の下の皮膚が痒くなる。
by warabannshi | 2010-11-17 09:21 | 夢日記 | Comments(0)
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