二人の名前の知らない男性編集者と、一人の女性化学者に向けて、新宿でランチをとりながら、プレゼンテーションをしている。私は一人、テーブルにたくさんの紙媒体の資料を広げて営業をしている。熱心になにを営業しているかはわからない。三人は私の熱弁をメモもとらずに聞いている。
ひどく蒸し暑い店である。四方の壁はガラス張りであり、涼やかなのだが、密閉されているので、私の熱が逃げていかないのである。息苦しくて堪らない。上着を脱ぎ、ネクタイをゆるめたいが、そういうことをするとほかの三人の心証を害するようで、我慢する。新宿大ガードをくぐっている四車線道路は、完全に水没している。ひび割れそうなほどに澄んだ水のなかを骨の硬そうな小魚たちが群で泳いでいる。
「雑誌において含水率は非常に重要です。例えば、この折れ線グラフを見てください。少年ジャンプの紙面においては、各漫画のバトルシーンの含水率の総計が一定なんですよ。これは絶対に編集の人と漫画家さんが決めているとしか思えません」
「え、じゃあ、『ワンピース』が休載したときは、ほかの作品が水浸しになるってこと?」
「いいえ、水の量は絶対値ではなく、あくまでも割合です」
「太田君は「バトルシーン」って言ったとき何を考えている?」
「つまり濡れ場を含むか、ってことですか? それはもちろん――」
「換喩としてね。あと、体液の多そうなキャラクターはどうなのかな、とか。おっぱいのアップが多い状況はどうなんだろうとか。
含水率はしぼったほうがいいものなの?」
喉がからからであり、議論が本題に達しかけたので、もういいだろうと思い、私はネクタイをほどく。その途端、いままで黙っていたアラジンのような顔つきの小柄な編集者がひどく怒り出す。
「君はいま、ネクタイをほどいてもいいと思ったわけか!?」
「声がでにくかったので……」
「ははー、おまえはここをチベットだとでも思っているのか。可笑しいなあ。人を見下すのも大概にしろ!」
憤慨しつづける編集者は、壊れたエスプレッソ・マシンのように黒い豆殻のような滓を口から飛び散らせる。それらの滓を顔やワイシャツの胸元にあびながら、薄氷を踏むかのようなプレゼンテーションがこんな終わり方をむかえたことの口惜しさを噛む。