第461夜「発酵機械」
 大学院のゼミに、ゲスト講師としてSさんをお招きする。農工大のはずなのだが、芸大の美術学部中央棟にいる。粗相があってはならないと緊張していたせいでノートを忘れたらしく、鞄のなかをいくらまさぐってもB4版のスケッチブックしかない。こんなかさ張るもの狭い教室で広げるわけにはいかないし、どのページにも、どのページにも、奇矯な姿勢の人物デッサンがうじゃうじゃと描かれているので、余白にメモをとることも難しい。
 そうこうしているうちに、どんどんSさんの講義は進み、デルタ関数について数式を用いながらの説明となる。もう内容にはついていけないので、あとは司会者として場を回すことに集中しようと決める。井出さん、という、なぜ私が彼の名前を知っているのかわからない白髪の壮年男性が、きっと的外れな質問をするはずだからである。
 講義がひと段落して、質問がはじまる。が、一向に、懸念していた井出さんの声はかからない。
 よかったと思いつつ、半ば物足りない気持ちで、中休みに入る。
「Sさんのことなんだけれど」
 煙草を吸いに教室を出たK先生と、グラウンドで会う。一滴の雨もふっていないので、乾燥した粘土が黄粉のように風でもうもうと舞い上がっている。それでも眩しそうに目を細めながらK先生は煙草を吸う。
「量子力学の話になったとき、井出さん、帰っちゃったでしょ」
「そうでしたか? 気がつきませんでした」
 それきり、K先生は煙草に集中する。しかし、言いたいことはわかる。Sさんをゲスト講師に呼ぶべきではなかった、と言いたいのだ。まったくやりきれない気分になって、ウェルチのグレープジュースを自販機で買う。
 ゼミの教室に戻ろうとすると、ドアの前に、盆の窪のところに十字架の入墨を消した痕があるパンク・ロッカー風の五〇代の男性がいる。一般聴講の人だろうと思い、かまわず教室のなかに入ると、ミスター・ビーンが大喜びでいたずらして故障させそうな機械が、教室の後ろ半分を占領している。
「誰だよ、こんなの持ち込んだの!」
 私が怒ると、そこにいるはずのない友人Mが、
「通販で買ったのが、届いたんだよ。なんでも発酵させるんだ。やってみる?」
 そう言われるとやってみたくなったので、飲みかけのウェルチを投入口から注ぎ込む。機械らしい機械は、冗談みたいな騒音と振動を起こす。「これ、ミスター・ビーンに出てきそうだよね」と言いかけたとき、質量保存の法則を無視した大量の赤ワインが、機械の末端からしぶきとともに噴き出す。友人Mは慌てて紙コップでそれを押さえつけようとするが、結果、頭から赤ワインを浴びる。
 前髪の先端から濃赤のしずくを滴らせながら、友人Mは「***(忘却)」と言う。
 私は驚嘆する。それは『アルフ』に出てくる台詞だ。こんな返しができるのは、神と友人Mしかいない、と思う。
by warabannshi | 2011-02-26 01:42 | 夢日記 | Comments(0)
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