第483夜「八月三一日」
 田舎に住んでいる名前のしらない祖父母の家に、八月三一日に自転車で遊びに行くことになる。祖父母の家の布団や畳には南京虫や得体の知れない人を刺す虫がうようよいるので、そういう虫をよく食べる甲虫を、ジップロックに入れて、持っていくことにする。
 半透明のジップロックに、黒々とした湾曲した腹をもつ甲虫をひとつずつ小分けにしていると、弟だか妹だかもわからない人影が、私も欲しいと、甲虫をねだる。この子も祖父母の家に行くのである。私はすでに詰めてあった二袋をその影法師にあげる。
 自転車で、どこをどう走ったのか知らない。猫が多い川沿いを走っていたような気もする。「臨月」という看板もあった。そして、間違いないのは、祖父母の家へは箸のように細い板切れをわたって、小川を越えなければならないということだ。
 私はもう慣れているので、自転車でするするとその板切れを渡りきる。
 対岸で、影法師の子がまごまごしているのではないかと思い、振り向くと、そんな子はどこにもいない。そのとき、私は自分のぶんの甲虫を持ってき忘れたことに気付く。あるいは、あの影法師の子は、私の手元から南京虫の天敵である甲虫を盗みに来たのかもしれない。
 絶望的な気分で祖父母の家の玄関を開ける。
 出迎えてくれた、やはり影法師のような祖母は、ちょうど長旅で疲れた私を寝かせるために布団を敷いているという。ありがたいけれど、疲れていないから、何か手伝う、と私は言う。
「それじゃあ、小川で食器を洗ってきてくれる? 水道が止まってしまっていてねえ」
 私は茶碗や魚皿の入ったバットを持って、先程渡った小川に行く。
 川端にしゃがんで、茶碗を洗おうと水につけると、どうも流れが淀んでいる。むしろ溝泥のようなむうとする匂いがする。そういうことはいまだかつて無かった。清澄な流れであったはずだ。
 コンクリートで護岸された対岸に、三人の野暮ったい小学生ほどの女子が足をぶらぶらさせて、やはり川の水が臭いことに文句をこぼしている。そして、小石を投げる。何に投げているのかと思ったら、岩のような大山椒魚であった。山椒魚は降ってくる石を煩そうにしながらも、ほとんど動かない。こんな淀んだ流れのなかで、弱っているのかもしれない。
 私はそれでもその川で食器を洗う。もはや開き直りである。錠剤シートの殻が川底に石に挟まっている。構いはしない。そして、前の夏休みにここを訪れたときに私が使っていた茶碗が伏せたかたちで沈んでいる。手にとって、内側を指の腹で擦ると、陶器には苔がいっぱいに生えていたらしく、ずるずると不愉快なぬめりが取れていく。

【名前の知らない祖父母の家で見た、宝塚の劇のテレビ放映】
 大富豪の邸宅で寵愛を受けている美貌の愛人。ある日、その邸宅に三人の行き倒れが運び込まれる。盲目の三人は、邸宅で召し使われることとなるが、愛人は、自分の寵愛が失われるのではないかという不安を覚える。(エリック・サティの小品が、印象的にその不安を暗示する)
 ある日、白亜の大階段で、他の婦人たちと談笑していると、三人の盲目の召使が飲み物を運んでくる。よく冷えた透き通るような青い液体の底に、椎茸と杏がひとつずつ沈んでいる。ストローで飲むと、愛人のそれだけ、杏が腐敗している。激昂し、召使たちを打擲する愛人。なにもそこまで怒らなくとも、と皆に窘められるが、召使たちは何の抵抗もしない。それが愛人をさらに不安にさせる。
 ある朝、大富豪は白亜の大階段で、割れた花瓶の破片を手探りで拾っている召使の一人と、それを拾わせている愛人に気付く。盲目の召使の指は傷だらけであり、血が、点々と滴っている。大富豪が愛人を呼びとめる。ゆっくりとあがった愛人の顔には、割れた花瓶のように無数の皹が入っている。
by warabannshi | 2011-05-15 05:19 | 夢日記 | Comments(0)
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