第494夜「蚤の市」
 「いきなり」と、安楽椅子を揺らしながら右の義眼を拭いていた父が私に話しかける。「いきなり風呂場で殴られたとき、まず彼が酔っていることを疑うのではなく、私が著しく風呂場のルールを乱してはいないかを省みるべきである」
「そうだね」私はうなづく。
「たとえば、背中にべっとりと汚物がついているとかだ」
「湯壷が汚れるからね」
 私は上の空で、父の言葉に応える。私はプラモデルを作るのに忙しい。
「しかし、彼が見破った、私の背中についた汚物。それは彼が民族的奇習のすえに獲得した、彼の心眼でしか見られないものだったら?」
「なんの話?」
「たとえ、彼が私に向かって親切に、「もしもし、失礼ですが背中に汚物がついていますよ」と教えてくれても、私はそれを言いがかり以上の何ものとも捉えないだろう。なぜなら、背中についた汚物は、私には見えないからだ」
「心眼の彼は酔っているんじゃないの?」
 父は、ピアノの鍵盤用のクロスで拭いた右の義眼を、すぽりと嵌め、左の義眼に取りかかる。
 私が父の次の言葉を待っていると、友人Iが蚤の市に私を誘いに来る。

 蚤の市には、多くの若手アーティストが参加しているようである。ロンドンのスピタルフィールズ・マーケットのように、どの店でも大量の絵葉書が売られている。
 驚愕のあまり口を裂けそうなほど開いた猿の顔面をデザインした、薄茶色のガラス製の皿があり、私はひどくそれに惹かれた。大きいのは四八〇〇円と値が張るが、小さいほうは六〇〇円だ。しかし、小さいほうは灰皿くらいしか役に立たないだろう。その猿の皿の横を通り過ぎて、数歩いったところで、友人Iが堪えきれなくなったように、
「やっぱり私、あれ買ってくるよ!」
 そう言って、人ごみのなかに消えていった。
 私は手持ち無沙汰になってしまったので、ちょっと人ごみから離れる。すると、砒素で汚染された川で泳ぎ比べをしている二人の中年男性がいる。橋げたを挟んで、左側が肥満した色白の男で、右側が貧相な体格の無精ひげの男だ。二人とも、マスクをつけて泳いでいる。そのマスクが、息継ぎを妨害するためのものなのか、防毒のつもりなのかは、わからない。
 先に岸に手をついたのは、色白のほうである。色白は忌々しそうに舌打ちし、塗れたマスクを叩きつけると、そのまま全裸で蚤の市の人ごみのなかに紛れてしまった。
 遅れて到着した貧相なおとこが、橋げたを両手で叩いてけたたましく笑うが、それは彼の脳が砒素で侵されているからではなく、もともとの彼の性質である。
by warabannshi | 2011-07-12 08:42 | 夢日記 | Comments(0)
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