ジャック・ラカン「論理的時間と予期される確実性の断言」(1945)読書会のまとめ
 ジャック・ラカン「論理的時間と予期される確実性の断言」(1945)の読書会についてのまとめ。すごく面白かったので、以下、興味がない人はすみません。

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 『エクリ』では、論文「論理的時間と予期される確実性の断言」のあとに、論文「転移に関する私見」(1951)が続いている。両者間にはどんな関連があるのかわからなかったけれど、その結びが「時間の緊迫tension temporelle」に関する前後で少しだけわかったように思う。
 論文「論理的時間…」では「三人の囚人の話」が素材になる。どういう話か。少しだけ紹介すると以下の通り。
 刑務所の所長が3人の囚人に次のように伝えた。「君たちのうちの一人を釈放することにした。ここに5枚の円盤がある。そのうち3枚が白、2枚が黒だ。これを君たちの背中に1枚ずつ貼る。何色が貼られたかは見ることができない。君たちは仲間のつけている円盤を見ることはできる。だが、何色が貼ってあるか教えてはならない。その上で、最初に自分の色がわかった者を釈放しよう。ただし、当てずっぽうじゃダメだ」。そして、3人にはそれぞれ白い円盤が貼られた。さて、囚人たちはこの問題をどのように解決しただろうか?

(…… thinking time ……)

 3人の囚人は、“すこしだけ”考えたあとで、一緒に“数歩”前に進み、並んで答えた。「私は白です」なぜわかったのか?「もし私が黒であれば、彼らはこう推論できるはずです。『もし自分も黒であれば、もう一人の仲間は自分が白だとすぐわかるはずで、そうすれば“ただちに”「私は白だ」と言うはずだ』。けれど、言わなかった。『だから私は黒ではない、白だ』と確信した二人は、一緒に「私は白だ」と答えるはずだ。けれど。そうも言わなかった。彼らがそうしなかったのは、私が黒ではなかったからです」このようにして、3人は同時に釈放された。

 以上が、「三人の囚人の話」である。本当にこんなふうになるのか、ということは置いておいて、この「完全な解答」の論理的価値について注目するにとどめておきたい、とラカンは言う。どういうことか。「こうだからこのように行動するはずだ」という予測の話としてこの「三人の囚人の話」を読まない、ということだ。予測の話にすると、「もし囚人の一人がバカだったら」という可能性を許すことになってしまう。ストーリーは決まっている。そのとき、この話から、何を析出することができるか? 〈「私は○○だ」という断定(結論)を下す時間については、事後的にしか説明することができない〉という形式だ。その結論を下す時間は、長さのある時間ではないし、もっといえば、説明のときに無理矢理、時間に対応するものを作っているにすぎない。
 断定を下す時間は、〈前もって作ることができる〉ものではない。自然科学は微分方程式を立てたりして、時間軸のなかでの変化を計画可能なもののように書くけれど、主体においてはそうではない。断定する主体にとって、断定を下す時間は、常に〈突きつけられる〉ものだ。なぜか? 論理空間において主体は不純物だからだ。主体なんてなくしてしまえばいい? そうすると、論理空間において「この場所を話題にします」と言ったり、「これとこれを比較します」と言うことはできない。論理的時間のステップ数を一望することができても、主体がないと、局所的な〈どこか〉を指せない。
 これが「断定の論理logique assertive」に固有の形式である。…だと思う。たぶん。そのはず。そして、その固有の形式とは、「不安の存在論的形式form ontologique de l'angoisse」として位置づけられる。うん、断定しているいまは、たしかに、不安だ。「不安の存在論的形式」をラカンは次のように言い換える。それは、「(間違いが生み出す遅れ)がないようにpour qu'il n'y ait pas」する動機に結びつけられると。またそれは、「(遅れが間違いを生み出す)ことの恐れde peur que」という情動的なものとしても表される。
 まとめると、〈論理的空間において断定を下す主体は、「間違ったせいで遅れないように、そして遅れたせいで間違わないように判断を下す」という不安の形式としてしか表せない〉。そして、この判断を下す主体とは、「私je」以外では表現できない。

 ちょっと意味がわからないかもしれない。あるいは、するっと入る人もいるかもしれない。ただし、後者はキルケゴールやハイデッガーと結びつけて理解してはいまいか、少し吟味する必要がある。ラカンが語っているのは、断定する主体に適応されている論理と時間だ。実存ではない。もっとも、断定する主体において実存と論理はパラレルなものとして言表される。ラカンはこう言う。イマジネールな「私」は、嫉妬として目覚め、他者との競りあうconcurrence主体として定義され、論理的時間と対応する、と。(cf.クラコウに行くユダヤ人のジョーク)
(この場合の、主体と競りあう他者とは何だろう? 鏡像的他者に限られたものではないはずだが…)
 この断定する主体に適応されている論理的時間の知見が、いったいどういう事柄につながるのか? これは予想だけど、「転移transfert,transform」なのではないか。
 時間がなくて、もうこれ以上この思いつきを育てることができないので、以下は本当にメモ。欲望は意味付けの階層を“潰して”しまうから、扱うのが難しい。転移も同様。フロイトは転移を、そこに乗り上げると分析が失敗してしまう妨害として最初に位置づけている。そのとき、〈断定する主体が断定する論理的時間〉が一つのフックになるのではないか。心の動揺として表れる転移の、その動揺が転移が生じさせる対話のなかのある時点を位置づけるにあたって。

 精神分析を離れて、一気に自分の研究に引き寄せて拡張解釈すると、「変容可能性transformativity」の構造を説明するヒントになりそうでもある。「私は○○だ」という表明を支える〈断定〉を、感情の神秘的な固有性のもとにおかないようにする工夫。ただ、〈断定〉が神秘とは別に語られても、以下の問いとは不可分である。つまり、「論理はなぜ現実の時間と重なるのか?」という問い。もちろんここでの論理とは古典的論理ではなく、直観主義論理に近い。話はそれるけれど、直観主義論理の祖、ブラウワー(1881-1966)がウィーンでやっていた講義はヴィトゲンシュタイン(1889-1951)やフッサール(1859-1938)も聴講していたらしいけれど、フロイト(1856-1939)もこの講義を聞いていたのかもしれない、と塩谷さんが話していた。

 論文「論理的時間と予期された確実性の断言」は長らくちんぷんかんぷんだったけれど、少しだけとっかかりが見えた気がする。
by warabannshi | 2011-10-09 19:20 | メモ
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