第575夜「学生運動」
 ギリシアかどこかの学生運動に参加している。真夜中に、デモは暴動へと変わっている。政府の散水車が暴徒に対して放水を続けるせいで、街路の空気は、台風の過ぎ去ったあとのように奇妙に澄んでいる。鼻呼吸をしながら、私はアスファルトに座り、仲間たちの怒号を遠くに聞く。そこでは、まだ散水車が活躍しているだろう。あたかも、私たちが極度に黒ずんでいて、それをまとめて純化させるには大量の水を消費せざるをえない、といった具合に。
 私は二列縦隊の先頭に立つ。疲れ果てている。しかし、規律には従わなくてはならない。やはり疲れ果てた面もちの学生たちとともに、見通しのない行進をする。
「食堂は汚さないでくれ。なあ、わかっているだろう。古今東西、暴動によって食堂は汚さないということになっているじゃないか」
 冗談のような禿頭の店主が、盛んに私たちに呼びかける。私たちの誰もが答える元気を持っていない。ただ、彼への同情を、食堂に踏み入らないことによって示す。しかし、私の声は私のそんな配慮をまったく知らずに叫び返す。
「これが食堂なものか。工場も同然だ。家畜に餌を与えるための」
 そうだ。事実、食堂といっても、百数十人を収容することができる屋根のついたホールに、適時、椅子とテーブルを散らばしただけの、あとは壁に並んだ――いまはもちろん分厚いシャッターをおろして沈黙している――資本主義の実体のようなピザやフライドチキンのチェーン店で、「餌」を購うだけの、ここはそういう場所じゃないか。
 私たちは魚群がそうするように、レオ・レオニの『スイミー』の魚たちのように、さっと歩みの方向を変える。青ざめた禿頭の店主はまだ何かを懇願しているが、私たちは別に食堂に放火しようとか、シャッターに罵詈雑言を落書きしようとは思っていない。ただ、街路と同じように、食堂のただなかも通過するだけだ。濡れた、泥だらけの靴で歩くのだから、あとでモップを念入りにかけなければならないだろうけれど。
 気が付くと、夜が明けつつある。私たちは泥のような疲労のなかを歩き続けていたようだ。休む場所として定められている、体育館に入る。他の、二列縦隊の蛇も近づいてくる。その、別の二列縦隊の先頭の学生が、私にアイコンタクトを送る。私は、了解し、体育館のなかを横断して、そのまま扉を出る。そして、後ろの「蛇」の行列がすべて外に出きらないうちに、背後で扉の閉まる音がする。
 私と数人はくるりと振り返って、体育館の角に走る。やはり、学生運動に加わっているYが、誰かと携帯電話で話している。血相を変えて駆け寄ってくる私たちに気付くと、慌てて携帯電話を切る。その瞬間、体育館の南京錠がぼとりと落ちるのが、映画のようである。
 私はYを――政府との内通者を、後ろから羽交い絞めにする。
「この裏切り者!」
「着信履歴を調べろ。ここの鍵を誰に渡そうとしていたのか、わかるかもしれない」
 仲間たちの声が聞こえる。私は、とくに抵抗しようともしないYを背中から押さえつけているせいで、まるで彼らとは別のゲームをやっているようである。あるいは、飛んでくる投石が、もしかしたら私に当るかもしれないという配慮から、少しだけYにとって致命的なものでなくなるかもしれないという、倒錯した優しさがある。
「無少年」Yが私の渾名を呼ぶ。「私の腕時計を外してくれないか、それが遺品になるように」
 私は了承し、力を緩める。その瞬間、いままで抵抗のそぶりを見せなかったYが、兎のように私の両腕から脱出する。
 目の前が真っ赤になり、私は逃げ出そうとしたYのバーカーのフードを捕まえる。そして、そのまま地面に引きとおす。フードに縫い付けられたワッペンの、アジテーションの文章がさらに私に私の視界を怒りによって狭窄させる。私はYの頭部を殴り続ける。撲殺することはできない。私の腕と肩は、私と同じように疲れ切っているからだ。
「もう十分だ、無少年。もう十分だ」
 Yに馬乗りなっている私を誰かが止める。
「コカコーラ・フィニッシュと呼んでください」
 私は私の名前を言う。しかし、本当の名前のほうが、渾名よりも、真に嘘くさい。
by warabannshi | 2012-06-04 01:49 | 夢日記 | Comments(0)
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