第584夜「学校」
 真夜中にかかってきた名前の知らない友人からの電話で彼と話している。風の音がごうごうと鳴っていて聞き取りにくい。
「つまり、ぼくは彼女とここのホテルに泊まって、一緒に風呂入っていたんですよ。いやもう、自分は浴槽ではなく、つまり、浴槽で彼女が脚伸ばして大の字になりたがるんで、桶のほうに入っているくらいでしたけれど。それでも満足というか。こういうときの風呂は心からの休憩になります。それで、『そば、食べに行こう』という話になって、でも真夜中なんで富士そばくらいしか空いてないよ、という話になったんですけれど、構わない、行こう、ということで、靴を履いて、ドアを開けて、エレベータにぼくが先に乗って、振り向いたら、もうここだったんですよ」
「学校の屋上にいたと。一人で」
「おまけに、よくわからない火の見櫓みたいなとこなんですよ。櫓っていっても、ステンレス製なんですけれど」
「やっぱり、普通に考えて、エレベーターに乗っていた誰かに、君、後頭部を殴られたんじゃない?」
「いや、エレベーターのなかには誰もいなかったですよ。だからぼく、彼女のために『開』ボタン押してあげようとまっさきに乗り込んだわけですもの」
「『開』ボタンを押そうとして、コンソールのほうに振り向いた瞬間には、もう外だったわけだね」
「まさに、まさに。右手人差し指、突き出したまま、寒! って感じで」
「学校の屋上、って言っていたけれど、知ってる学校?」
「いや、知らないです。結構、でかいです。マンションくらいのが、四棟あります。四角く。――で、わりと電気が点いているんですよね、教室」
「夜中だよ?」
「いや、点いてるんですよ。点けっ放しのまま帰ったにしては多すぎるくらい。でも、誰も動いてる気配はないんですよね。ほら、学校の白い不燃性のカーテン、あれが全部閉まってるから、教室のなかで何かが動けば、スクリーンみたいに動くはずなんです。――うわ、電気消えた」
 名前の知らない友人の声が、恐慌の度合いを増す。
「うわ、電気、電気消えました。全部、全部の教室の電気が消えました。ちょっと、ありえないですよ、タイミング的に。絶対に、聞かれていましたよ」
 次の瞬間、私は、その友人と入れ替わる。風がごうごう耳のそばで鳴っている、真夜中の、狭い物見台の上に、手すりを掴んで立っている。たしかに巨大な建築物が、自分の足元にあるのも含めて、四棟、モーヴィ・ディックのように確固としてそびえている。
 数えきれないほどたくさんの窓にはすべてカーテンが閉まっている。しかし、一部屋だけ、電気が点いている。しかも、誰かが黒板の前でせわしなく動いているようである。
 私は、いっそのこと、ここで夜風に吹かれて震えて夜明けを待とうかとも思っていたが、あまりの寒さが恐怖に勝る。
 その教室の後ろ側からそっと入ると、黒板の前でせわしなく動いて数式を書き留めているのは一体のロボットで、しかも、それは部分部分が人間の肉でできていることがわかる。その肉は、明らかに高校時代の友人Mのものである。
「……何をやっているの?」
 私は相手が友人Mの名残をとどめている存在であるという、少しだけの安心を過剰にして、“それ”に声をかける。“それ”はタカアシガニめいた動きを続けながら、Mの顔だけこちらに向ける。そして何かを答えたが、不明瞭でまったく聞き取れない。
 Mの顔をもった“それ”は教室の外に出ていく。私は彼を追う。そして、そのとき、学校の廊下はすでに射し込む朝の光に満たされていて、窓際に二列に並べられた机には、もっともらしい藁半紙のプリントが二十種類ほど、それぞれ一枚ずつとるように、並べて置かれている。
 すでに人の形になっている友人Mは、学生服を着ていて、無言のままその並べられたプリント類を二部ずつとり、そして、私に一部を押し付けるようにして渡し、教室に戻る。
 私は、そのプリントを持ったまま、いまだかつて一度も所属したことのない教室で、知らないクラスメートの談笑を聞きながら、コンクリートの成分の割合について、携帯電話で職人と話している。私の体は、悲惨な爆発に巻き込まれたのか、皮膚をつないだ縫い目だらけである。
「そうですね、もう少し卵黄の成分と粘土を加えてみてください」
 掌に砕いたコンクリートの粉に水を足したものをためて、その粘性を逐次、チェックしているのである。
「卵黄成分は、恐竜の化石のがあれば最高です。なかったら骨そのもので」
by warabannshi | 2012-06-27 05:56 | 夢日記 | Comments(0)
<< 第585夜「礫岩」 第583夜「カエル」 >>



夢日記、読書メモ、レジュメなどの保管場所。
by warabannshi
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
twitter
カテゴリ
全体
翻訳(英→日)
論文・レジュメ
塩谷賢発言集
夢日記
メモ
その他
検索
以前の記事
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 01月
2016年 11月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 03月
2007年 01月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2004年 11月
2004年 08月
2001年 12月
記事ランキング