わらしべvol.2 「同人活動の射程圏」


 〈同人〉と〈会員〉。両者はそれぞれ何かが違います。何が違うのでしょう。どちらもある集団の構成員を指す語句です。英語ではcoterieとmemberと使い分けがなされているようです。が、その違いは何を意味するのでしょうか。
 大きく違うのは、新規参加のための方法です。基本的に、〈会員〉は広く公募されるのに対して、〈同人〉はふつう、公募はしません。ある種のイニシエーションを経た、ごく限られた者だけが、新規の参加者として認められます 。〈同人〉という語句には、秘密結社や地下組織、アウトサイダーなどに連なる閉鎖性、密閉性が含まれています
 同人活動がもつ魅力、それは多かれ少なかれ、〈アンダーグラウンドの魅力〉です。私たちは同人活動のアンダーグラウンド性に、大雑把ながら気づいています。
 それでは二〇一二年の日本で、同人活動のどのような側面が〈アンダーグラウンドの魅力〉を掻き立てるのか。その構造を、歴史をたどることで概観してみましょう。

 コミックマーケット 前代表の米澤嘉博は九七年の冬コミカタログで、同人誌の魅力について、「秘密があり」、「胡散臭く」、「マイノリティ」であるが故に生まれる魅力と発言しています。これに則れば、アンダーグラウンドの魅力について、「ポルノグラフィを含み」、「有名な先行作品のパロディであり」、「限定された流通経路でのみ扱われている」ことだとひとまず定義できます。
 米澤がイメージしているのはマンガ同人誌であり、マンガ同人誌はひとまず私たちが「同人誌」という語句から思い浮かべるものでもあります(糸綴じの短歌集を真っ先に想起する人はそれほど多くはないと思います)。それでは、マンガ同人は、「秘密があり」、「胡散臭く」、「マイノリティ」である、という現在の定型はいつから始まったのでしょうか。
 総じて、四〇年代後半から六〇年代後半までのマンガ同人誌は、サークルの機関紙やプロによるファンサービス、そしてプロ志望者の登竜門的な役割を担っていました 。マンガ同人誌もまた、一次創作を志望する人間のためのメディアだったのです。その意味では、文芸同人誌とマンガ同人誌は、六〇年代後半までは同じ役割を担っていたと言えます。
 マンガ同人誌の変化のきっかけとなったもの。それが、一九七五年、漫画批評集団「迷宮」によって東京虎の門で初開催されたコミックマーケット(以下、コミケ)です。
コミケは国内のみならず世界最大規模の同人誌即売会として知られていますが、参加者が十万人を超える大規模なイベントになったのは一九九〇年前後 、このとき、すでにはっきりとコミケはその活況の理由を見せています。つまり、〈二次創作〉です。一次創作から二次創作への転換、これがマンガ同人誌の歴史においてコミケがもたらした大きな変化でした。
 アニメ『機動戦士ガンダム』、『美少女戦士セーラームーン』、『新世紀エヴァンゲリオン』、ゲーム『東方プロジェクト』と対象は変わりつつも 、七十年代末からの二次創作のマンガ同人誌は、ポルノグラフィックな描写と、有名作品のパロディという“定型”を維持しつつ、現在の興隆へと至ります。
 村上裕一が『ゴーストの条件』で述べるように、二次創作というスタイルは、二重のアンダーグラウンド性を帯びているといえます。一つは既存の作品の設定を流用し、再構成すること(著作権法に抵触)、もう一つは既存の作品の性的表現を、おおっぴらに流通しにくいような設定へと変更すること(猥褻物頒布に抵触)。それぞれの側面は、ファン同士の相互交流、限定的な流通と、法解釈の曖昧さのもとで展開してきました 。



 ……おそらく、このあたりで何かが違うという感触を持つ人もいることでしょう。同人誌はマンガ同人誌のことだけを指すのではないし、いわんや二次創作活動に限って用いられるものでもない。二次創作の、法律に抵触するかもしれないパロディとポルノグラフィというアンダーグラウンド性をもって、同人誌の魅力というのだとすれば狭い了見だ。そもそも、日本の同人活動・同人誌の歴史を遡るのだとすれば、明治期まで遡るべきだ、と。
 まさにその通りです。活字にされ表明された「同人」活動は、明治初期に遡ることができます。当時の「同人」は小説や文芸批評、俳句や和歌、あるいは西洋絵画、版画、彫刻などのジャンルを扱うもので、その担い手は帝大出身者を中心とした知識人たちでした。
 最初期の同人として、一八八五年、小説家・尾崎紅葉を中心として、東京九段に設立した、文学結社「硯友社」を挙げることができます。同年、硯友社は、小説のほか詩や短歌などを収めた「我楽多文庫」を発行。これは日本初の文芸雑誌でもあります。
 尾崎紅葉の死去により硯友社は解散しますが、その後、「馬酔木」や、「アララギ」、正岡子規や夏目漱石らが参加した「ホトトギス」などたくさんの同人誌が、明治・大正期の日本近代文学を形作る機能を果たしました。資料集など参照すれば一目瞭然ですが、この頃の同人(文芸同人、美術同人)は、尾崎紅葉を筆頭に、ほぼ全員が、帝国大学国文科を卒業、もしくは中退しています 。彼らが意識していたのは、衰退していく江戸戯作や漢語の素読と、舶来のイギリス、フランス、ロシアの文学を日本語において結合・調整すること、にありました。言文一致運動の高揚をあげることもできるでしょう。
 こうして明治期の同人活動を概観すると、とても〈アンダーグラウンド〉であるとは思えません。いずれも文化活動の主流を担っているように見えます。が、思い出してください。明治期、小説を初めとする文芸は、そもそも“文化活動の主流”だったでしょうか。欧米列強が帝国主義のもとで世界を席巻した一九世紀、日本は植民地化こそ免れたものの不平等条約の改正という課題がありました。そのため、国内の文化活動は鹿鳴館を中心とした“各国公使向け”の音楽や料理などに集中していました。明治初期は、国内で日本語の文学を論じ、作品を発表するということそのものが、〈アウトサイダーの振る舞い〉だったのです



 同人活動のもっとも〈アンダーグラウンド〉たる特徴は、理念の創出にかかわることができる人が極めて少ないという点にあります。民主制は、構成員全員で理念を作っていくことが前提ですが、同人の場合、理念が割れれば分裂します。ついてきたい人だけついてくれば良い、というのが同人の同人たる所以です。
 しかし、作品を作ったときの理念が、作品が流通することによってその理念を変質させてしまうという現象については、どう考えればよいでしょうか。ここでは整理のため、マルクスの語彙を用いて、作品の制作時の理念を「生産価値」、流通によって変質していく理念を「交換価値」とします。これは、「交換価値は流通を経るにしたがって増大し、やがて生産価値を押しつぶしていくが、しかし交換価値は生産価値なしにはありえない」という矛盾を、マルクスの語彙が含意するためです。
 〈二次創作〉においては、「生産価値<交換価値」は常態です。なぜなら、“オリジナル作品の異なる意味合い”という交換価値を、再構成や設定変更を行うことで引き出すことが二次創作の本懐だからです。しかし、一次創作においては、いろいろ考える必要があります。なぜなら、交換価値がなくとも(まったくマイナーで世間から認められなくとも)、生産してしまうという〈過剰さ〉、オーバーアチーブこそが一次創作の本懐であるからです。この意味で、一次創作の典型的な表出は信仰であるといっても過言ではないでしょう 。言文一致運動を例にとれば、もともと作品の理念=生産価値であった言文一致体が、交換価値が知らず知らずのうちに“貯まってくる”ことにより、文芸同人のもとを離れて世間に一般的なものとなりました 。これは文芸同人にとって喜ばしい事態だったでしょうか。もう一つ、pixivをはじめとするネットの〈嫌儲主義〉を例にとると、「オタクのくせに金儲けに走るとは、オタクの風上にも置けぬ!」という表明は、作品の理念(二次創作の場合は、オリジナル作品からの意味の引き出し)こそが、同人にとって唯一無二の価値であるにも関わらず、貨幣の価値にそれを回収させてしまうことへの批判ということができます 。
 同人活動の命脈を握るのは、自分が理念を通して〈超越的なもの〉ときちんとリンクしているかというその一点です。超越的なものは、前もって捉えることができません。傍らに引き留めておいて、ご機嫌をとり、後々面倒を見てもらうこともできません。(諸々を超え出ている=超越しているのだから、当たり前ですが)
 〈超越的なもの〉は、すでに現出し去ったものを取りもどそうすることのなかにしかありえません。あるいは、「決してたどり着かない」ということを再構成することのなかでしか現れません。
 ……私たちはこのような現象、〈超越的なもの〉をすでに見知っています。つまり、それが「夢」と呼ばれる現象です。



 駆け足で「同人活動の射程圏」について考えてきました。ここまでの考察をまとめましょう。〈同人〉という語句には、秘密結社や地下組織、アウトサイダーなどに連なる閉鎖性、密閉性が含まれています。そして、同人活動がもつ魅力、それは多かれ少なかれ、〈アンダーグラウンドの魅力〉といえる、ということを最初に確認しました。
 この〈アンダーグラウンド性〉の意味合いは、現在の二次創作のマンガ同人誌においては、「ポルノグラフィックな描写と、有名作品のパロディ」として析出できのす。しかし、明治初期の一次創作の文芸同人誌まで遡れば、「日本語で文芸することそのもの」がアウトサイダーとしての意味合いを持つことになります。
二つの同人活動のそれぞれの〈アンダーグラウンド性〉は相容れないように見えますが、作品の制作による理念の創出を、ごく限られた人たちだけで行うという閉鎖性・密閉性は共通しています。ですが、秘教的に作られたその理念もまた、作品が流通することによって次第に変質していく、という現象があります。この変質をどのように処理するか――受容するか、拒絶するか、調整するかが、個々の同人活動が行うマネジメントの中心となります。
 もし作品の理念を貨幣の価値に回収させてしまえば、「まったくマイナーで世間から認められなくとも、作品を生産してしまうという〈過剰さ〉」はやがて失われていくでしょう。それは「信仰」が失われた状態、〈超越的なもの〉とのリンクが切れてしまっている状態――スランプという症状に至ります。このスランプへの危機感が、嫌儲主義に通じているともいえます。
 同人活動の〈アンダーグラウンド性〉は、作品制作を通じた〈超越的なもの〉の取り扱い方にあるといえます。そして、私たちは日ごろ、さ〈超越的なもの〉の現れについて、「夢」という、すでに現出し去ったもの、決してたどり着かないことを再構成するなかでしか記録しえない現象として、見知っています。
 「夢の記録」。――同人活動がもつ〈アンダーグラウンドの魅力〉の根源は、ここにあります。
by warabannshi | 2012-07-07 16:15 | 論文・レジュメ
<< わらしべvol.2 「夢の記録... 第585夜「礫岩」 >>



夢日記、読書メモ、レジュメなどの保管場所。
by warabannshi
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
twitter
カテゴリ
全体
翻訳(英→日)
論文・レジュメ
塩谷賢発言集
夢日記
メモ
その他
検索
以前の記事
2024年 03月
2024年 02月
2023年 06月
2023年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 10月
2021年 06月
2021年 04月
2020年 12月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 01月
2019年 11月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 02月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 01月
2016年 11月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 01月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2005年 08月
2004年 11月
2004年 08月
その他のジャンル
記事ランキング