左下の奥歯が抜けてしまったので、布にくるみ、接いでもらおうと石畳の坂道を走って下りていると、ちょっとしたでっぱりにつまづき、奥歯を落としてしまう。坂道を転がっていく奥歯は、まるでそのように前々から工夫されていたかのように二トントラックのタイヤの下に潜りこむ。トラックはちょっとだけ傾き、何事もなかったかのように石畳の坂道を下っていく。
私が駆け寄ってみると、私の奥歯は砕けずにあった。しかし、その大きさは握りこぶしほどになっており、いくつかの黒い軽石がエナメル質にめり込んでいた。
奥歯はいつ、これほどまでに大きくなったのだろう。私は途方に暮れる。私がつまづいて、これを落とした時、そういえば遠近法を無視して、だんだん小さくなってくのが然るべきところを、一定の大きさの白い塊として、視界に在ったように思える。しかし、そう見えたのは単に主観的な、私の注視のせいかもしれず、こうやって壊れた白木細工のようになった奥歯が、たぶんもう二度と口腔内におさまりそうもないという理不尽な出来事を前にしては、何の説得力ももたない。