「宮沢賢治の病跡学的研究―〈まことのことば〉をめぐって」(第1章)
 宮沢賢治に対する病跡学的診断については、「躁うつ病」(福島章他)、「精神分裂病」(津本一郎他)、「てんかん性要因」(老松克博他)、「緊張病」(杉林)などがなされている。ここでは河合博らをはじめとする「分裂病」説を採り、ラカンの精神病(Paranoïa)論を参考にする。
 ラカンの精神病論がヤスパースの大きな影響を受けていることについてはこちら(http://t.co/xLbyn4tl)を参照。『精神病』のセミネールで、ラカンはヤスパースを批判しているが、彼自身が精神分析の診断において重要であるとして何度も言及する「基礎的現象」は、ヤスパース『ストリンドベルクとファン・ゴッホ』他で「原発性体験」に由来している。原語のphénomène élémentaireとelementares Phänomenを比べると一目瞭然。(cf.松本卓也「「疎外と分離」からみた精神病」臨床精神病理、2012)
 ヤスパースは、精神病の診断には、了解不能な体験が生じているかどうかを重視。そしてこの体験が「(病的)過程(Prozess)」である場合には「要素現象(elementares Phänomen)」があると言う。なにがその要素的(elementar)なのかといえば、「幻覚(…が見える)」や「妄想(…と思う)」のようにはっきりした内容を持たず、無意味で無媒介な体験として与えられるもので、「根源的な力(Urgewalt)をもって精神へと侵入するもの」と言われている。付言すると、根源的というのは、“病気の”根源であって、“人間の”根源ではない。

要素現象の特徴:
1.先立つ心的体験から推論されえない(原発性)
2.患者にとって直接的に体験される(無媒介性)
3.意味の分からない体験としてあらわれる(無意味性)
4.圧倒的な力を帯びた異質な体験として現れる(圧倒性)
5.後の症状進展に対する基礎となる(基礎性)


 ラカンは体系的妄想が「要素現象(phénomène élémentaire)」という謎のシニフィアン(その明確な意味を知りえないが何かを指示していることはわかる「読めない外国語」のようなもの)が突然到来することによって発症することを強調する。(cf.「精神病のあらゆる可能な治療に対する前提的な問題」1957)突然到来した謎のシニフィアンは「一つの葉脈が植物全体へと発展=再生産されるような力」を孕み、そこから体系的妄想が生まれると考える。

 前に言及した〈引用元のない引用〉(http://t.co/42PlOvhr)の性質が、この要素現象、「読めない外国語」。何もないところから引用して、その引用先として世界を作る。…これはじつのところ、症状として形成されないだけで、私たちが普段に行っていることではないだろうか。

 賢治はこの〈引用〉というプロセスに初期から自覚的だった。賢治が、最初に採った表現形式は、短歌。もともと短歌は「歌枕」という語があるように、古歌という先行作品を踏まえて成立する表現形式だった。(この旧派桂園派の短歌に対して、革新運動を行ったのが、写実主義を標榜した正岡子規たち)
 賢治の賢治の短歌群は、盛岡中学の先輩・石川啄木の叙情性の高いのものとは異質の叙景歌ばかり。それではアララギ派に近いのかといえば、決定的に違う。アララギ派が風景の観察として短歌を読むのに対して、賢治は観察した風景に逆に見られる(吹き込まれる)という内容の歌ばかり詠む。例えば歌稿A〔明治45年4月〕(http://t.co/YDeF3KUI)にくり返し表れる、誰かに見られているという感覚(「ブリキ鑵がはらだたしげにわれをにらむつめたき冬の夕暮のこと」など)に、自己関連づけを伴う妄想を読み取ることができる。
 短歌制作期の賢治においては、了解不能なものは不安の源泉であり(「うしろよりにらむものありうしろよりわれらをにらむ青きものあり」)、闖入するもの(「書簡157」http://t.co/6MllbTrD)であった。が、そのいくつかは次第に恩恵として、彼のなかで捉え直されていく。
 『注文の多い料理店』「序文」(http://t.co/b6rQQ365)では、「ほんとうにもう、どうしてもこんなことがあるようでしかたないということ」を「虹や月あかりからもらってきた」と言い、あまつさえそれを「すきとおったほんとうのたべもの」とさえ表現する。この揺れをどのように解釈すればよいのだろうか。

 しかし、この賢治の了解不可能なものに対する態度の変遷を、揺れ、と考えるのは、そもそも「内容が固定された、核となる症状がある」ということが前提とされているからだ。もちろん、症状があるということを前提にしないと治療者は何もできないのだが、自分の目的は賢治の治療ではないので、ここではむしろ賢治は「内容が固定された症状」を形成するその過程にあったと位置づける。それでは病跡学的手法はそもそも使えないのではないか? しかし症状の根源であるところの「要素現象」には、症状そのもののメカニズムが書き込まれているわけではない。症状の形成過程にこそ注目する。
 この症状を形成させるメカニズムこそが、賢治の場合は「まこと」「ほんたう」として語られる真実性。要素現象(〈引用〉)につけられる名前は、「世界」。…これは、シュレーバーに置き換えれば、要素現象としての「神」と、メカニズムとして「創造」になる(だからシュレーバーは女性化する)。
by warabannshi | 2012-07-31 02:25 | 論文・レジュメ | Comments(0)
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