第592夜「忘却」
 A4ほどの紙のうえに書かれた文章を推敲している。たしかに筆跡は私の字で、手書きしたものに間違いはない。だが、タッチパネルのようにブルーブラックインクの塊が、すいすいと紙の上を滑る。指を使わず、眼を走らせるだけで、文字群は、こちらの意図を心得ているかのように、他の文章のあいだに挿入されたり、上書きされたり、適切な単位で分かれたりする。とても面白い。時間の経つのを忘れ、夢中になって推敲して、ついに、満足のいく仕上がりになった。ほう、と気を緩めると、そこで目が覚める。そして、まぶたの裏で推敲していた肝心の文章を、まったく思い出すことができない。
 あれほど、夢中になっていたにも関わらず! ただ夢中になっていたという感触だけを残して、その具体的なことを忘れてしまうということが、なぜありうるのか。あれほど推敲したのに、全体ではなく、その断片だけでも、夢の縁を越える力を獲得しえないのか。あるいは、手つきくらいは覚えていてもいいくらいなのに。
 「この主題で喚起される物語の数は、世界中の神話群をかき集めて比べても、おそらく5本の指に入るだろう」
 出だしはこんな調子だった。もちろん。正確ではない。
 神話ではなく、旧約聖書の話で、論じられていたのはダニエル書だったかもしれない。「突然、空中に現れた指が、壁に意味不明な文字を書く」という主題。あるいは、「その意味不明な文字が、終わりを示す」という主題。

【旧約聖書 ダニエル書 第5章】
 5:1バビロニアの王ベルシャザルは、その大臣一千人のために、盛んな酒宴を設け、その一千人の前で酒を飲んでいた。 5:5すると突然人の手の指があらわれて、燭台と相対する王の宮殿の塗り壁に物を書いた。王はその物を書いた手の先を見た。 5:6そのために王の顔色は変り、その心は思い悩んで乱れ、その腰のつがいはゆるみ、ひざは震えて互に打ちあった。 5:7王は大声に呼ばわって、法術士、カルデヤびと、占い師らを召してこさせた。王はバビロンの知者たちに告げて言った、「この文字を読み、その解き明かしをわたしに示す者には紫の衣を着せ、首に金の鎖をかけさせて、国の第三のつかさとしよう」と。 5:8王の知者たちは皆はいってきた。しかしその文字を読むことができず、またその解き明かしを王に示すことができなかったので、 5:9ベルシャザル王は大いに思い悩んで、その顔色は変り、王の大臣たちも当惑した。
 5:13そこでダニエルは王の前に召された。王はダニエルに言った、「あなたは、わが父の王が、ユダからひきつれてきたユダの捕囚のひとりなのか。 5:14聞くところによると、あなたのうちには、聖なる神の霊がやどっていて、明知、分別および非凡な知恵があるそうだ。 5:16あなたがもし、この文字を読み、その解き明かしをわたしに示すことができたなら、あなたに紫の衣を着せ、金の鎖を首にかけさせて、この国の第三のつかさとしよう」。
 5:17ダニエルは王の前に答えて言った、「あなたの賜物は、あなたご自身にとっておき、あなたの贈り物は、他人にお与えください。それでも、わたしは王のためにその文字を読み、その解き明かしをお知らせいたしましょう。 5:25そのしるされた文字はこうです。メネ、メネ、テケル、ウパルシン。 5:26その事の解き明かしはこうです、メネは神があなたの治世を数えて、これをその終りに至らせたことをいうのです。 5:27テケルは、あなたがはかりで量られて、その量の足りないことがあらわれたことをいうのです。 5:28ペレスは、あなたの国が分かたれて、メデアとペルシャの人々に与えられることをいうのです」。
 5:29そこでベルシャザルは命じて、ダニエルに紫の衣を着せ、金の鎖をその首にかけさせ、彼について布告を発して、彼は国の第三のつかさであると言わせた。
 5:30カルデヤびとの王ベルシャザルは、その夜のうちに殺された。
by warabannshi | 2012-08-20 12:45 | 夢日記 | Comments(0)
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