第605夜「今遠野」
 真っ暗な坂道を年代物のフィアットで下っている。ガードレールは錆びつき、そこここで途切れており、曲がりきれなくなったときは一巻の終わりである。エンジンブレーキをかけながら汗をかいてハンドルを握っている。とある曲がり角を曲がる。すると、不意に、見渡す限りの広大な稲田が広がっている。青々とした稲田はそれ自体が燐光しているようであり、風もないのに海原のようにうねっている。赤い座布団が、点々と、道路があるべきところに続いている。分厚い座布団は、波打つ稲穂の上に浮いているようでもある。私はドアを開けて、車を出る。辺りはすこし腥い。そろそろと、赤い座布団の上に右足を乗せる。何ともない。体重をかけていくと、まるで座敷に敷いてあるかのように、座布団の綿の厚みよりかは決して沈まない。思い切ってその座布団の上に乗ってみる。そして、次の座布団にくた右足を踏み出し、乗り移る。そして、威勢よく左足を、さらに次の座布団に乗せようとしたとき、とぷりと間の抜けた音がして、私はよくわからない赤黒い液体のなかに落ち込んだ。

【赤黒い座布団のなかで聞いた話】
 雪男のような毛むくじゃらの怪物が、獣害避けのための監視カメラにこのところよく映っており、村ではこの怪物が何を言わんとしているのか、もっぱらの噂である。この毛むくじゃらの怪物は、十年以上前に当時八十二歳になる猟師が、ある日から山に入り、そのまま降りてこなくなったものであるという。監視カメラの映像では猿のように俊敏に走り去る怪物の姿が一瞬だけ捉えられている。伸びきった白い毛により、眼も鼻もわからない。ある風の騒がしい晩、猟師と懇意にしていた男のもとに(この男こそが、赤い座布団を敷いた張本人である)、怪物が現れる。とはいえ、決して開けるなと厳命されてうえで、玄関ごしに声だけを聞いたらしい。「山は荒れた。もう絶交だ」。そう言って、立ち去って行ったらしい。後から猟師の年若い後家に聞けば、いよいよ人語を介せなくなってきたためだろうと。心配させないために、あるいは山の中で自分が襲いかかったなら、遠慮なく撃てということだろうとのことだった。
by warabannshi | 2013-01-20 14:16 | 夢日記 | Comments(0)
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