第613夜「研究者気質」
 戦前から使われていた生理化学に関する研究棟が閉鎖されるというので、そこの研究員でもあった私は引っ越しの手伝いに駆り出される。木造建築の、もはや建物ごと博物館に寄贈したほうが良いような2階建の“校舎”(もとは小学校であったが戦時徴用されたと、研究員のあいだでは代々噂されてきた、無暗に日当たりの良い部屋が廊下に一列に並ぶのである)の“教室”から、すでに使われなくなって久しい実験器具や紙媒体の膨大な資料を、段ボールに詰め、リレー方式で運び出す。一列に並ぶプラタナスの樹が、風が吹くたびにざわざわと音を立てる。
 大勢でかかったので2日がかりでなんとか手配が終わり、私たちはすっからかんになった教室の一つに適当な酒を運び込み、湿気った一本締めの後、酒盛りを始める。洒落た瓶に入ったものから、缶チューハイまでを床に敷いた段ボールの上にまとめて、As You Likeで銘々、とっていく。
「太田君はウメッシュでいいの?」
「ええ、飲んだことなくて」
「ウメッシュって梅酒を馬鹿にしてるよね」
「ええ、だから飲んだことなくて」
 Oさんとの会話を早々に切り上げて、やや甘すぎる炭酸飲料を口にしながら、年度末の引っ越しの算段をつけている友人Kの近くに行く。
「荷物はもう送ったの?」
「うん、後は自分で運べるものだけ」
「手伝いは?」
「できれば欲しい」
 まだ陽が暮れて間もないので、私と友人Kは彼のうちに寄って最後の荷物を手分けして持ち、駅まで運ぶことに決める。2人で、酒盛りを続ける面々に一抜けすることを詫びて、薄暗い道をとくとくと歩きはじめる。途端に空腹を感じる。私たちはラーメン屋に入る。宴席でもっと食べておけば良かったと後悔しつつ。
「太田は相変わらず、宮沢賢治を読んでいるの?」
 そういえば、ここ7年間くらい友人Kとは会っていないことを思い出す。私が頷くと、Kは続ける。
「俺もさ、3.11の後、読み始めたんだよ。宮沢賢治。雨ニモ負ケズとか。ほら、朗読されてたじゃん、あれをyoutubeで見てさ。で、ストラップとかも買ったわけ」
「『春と修羅』は読んだ?」
「青空文庫でぱらぱらと。でも暗いのばっかりだった。なんとかツェーリンっていう回虫がうねうねしている作品は、まあ面白かったかな。太田のお勧めはある?」
「序文かな。あと、どの作品も声に出して読むといいよ。ついでに言うと、賢治の作品は読む人の過剰な何かを刺激するけれど、それを有難がったりユンケルみたいに使うのはどうかと思う、って論文をこの前書いた」
 運ばれてきた、透明な餡に挽肉の混ざったよくわからない料理をれんげでかき回しながら、私は迷惑を顧みずに友人Kに講釈を垂れる。いつの間にか、店の中には研究室の面々が揃っており、まるで登山に行くようなおそろしい大荷物を背負って、私が話し終るのを待っている。
by warabannshi | 2013-03-22 04:32 | 夢日記 | Comments(0)
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