雨粒が降ってきたのかと手のひらを上にして、曇天を見上げると、昭和の頃に立てられた駅ビルのてっぺんの広告板で、人影が巨大な黄緑色の「F」「A」「i」「O」「r」の5字を入れ替えている。何か意味のある単語、もしくはブランド名にしようとしているのだろう。しかし、どういう順番が正しいのか、見当がつかない。
そうだ、と私は思う。そういえば、あの黄緑色の文字は、他ならぬ私たちが作ったのだ。発泡スチロールの塊から切り出して、塗料をスプレーで吹き付けた。私はその発泡スチロールの寸法を測ったからよく覚えている。タテ36cm、ヨコ150cm、厚サ2cm。しかし、そんなぺなんぺなんなはずがない。
「林檎園に就職が決まったの!」
発泡スチロールからの切り出し作業をしているときに、名前を知らない前髪が一直線に切られた女の子が言った。スチロールの白い粉が雪のように舞っているなかで、その子は面接用とわかるスーツだった。彼女は林檎を10人ほどの仲間たちに配り始めた。私も1個もらった。両の手のひらにおさまるずっしりと重い、宮沢賢治の銀河鉄道の車内でしか見られないような童話的なサイズと色合いの林檎だった。しかし、私はアレルギーで林檎を食べることはできない。他の仲間たちも、マスクをしているから、もらった林檎を食べることができないでいた。
「林檎園でね、そこの若社長と2人で林檎の木の間を歩きながらいろいろ話すのが最終面接だったのだけれど、彼は私の前を歩きながら、"Follow me, It's not reaching your hope"って言ったの!」
何か気の利いたお祝いを述べたいけれど、どういうことかわからないので笑顔のままでいる。しかしその笑顔もまた、防塵マスクに隠れて相手からは見えない。