ニューオリンズのような街の家々に挟まれた大通りを、Fが運転する自動車に乗って緩々と下っている。夕方で辺りが薄暗くなりかかっているが、家々の窓に燈りが点く気配がまるでない。不安になるが、Fは意に介したふうでもないので、助手席に乗っているとそういうことばかり気になるのかもしれないと思い直す。じっさい、通行人はちらほらいるのだ。ぼんやりと街灯も点いている。
Fが英語で何か尋ねてくるが、籠ったような発音で全然聞き取れない。君はどうなの、と問い返すと、憮然とした顔をする。
自動車の外の夜の闇が濃くなり、体がだんだん沈んでいくように思える。ふと、さっきからタイヤが水を切っている微かな音が止まないことに気づく。体を乗り出して見てみると、前も後も水浸しになっている。底は浅い
らしく、通行人は踝のあたりまで水に漬けて、平気で往来している。馬もとくに暴れたりせず、散歩している犬もはしゃいだりはしていない。ただ水が音を吸収するのか、なにも聞こえない。
「これ、もっと溢れてくるんじゃないかな」
「そう?」
「月の重力か何かが海嘯を引き起こしているんじゃないの」
そのとき、ぼとぼとと天井から何かぼた雪が落ちたような音が降ってきた。ボンネットとフロントガラスにも降り注いだそれをまじまじと凝視すると、焦茶色の毛虫である。毛並は立派で、濡れて雫が垂れている。もつれあっていて、どこまでが1匹かわからないが、大きいことにはかわりない。とっさにシートベルトを握りしめ、目をつむり、Fがハンドルを無茶に回してもいいように足を突っ張らせる。
しかし、Fは特にこだわりなく自動車を徐行させている。
どういうことか、まったく見当がつかないので、この町のハンドマップを読もうとシートの隙間に手を入れるが、ふと、そこにも毛虫が湧いていたらどうしようと思い、そのまま固まってしまう。