金満家の老人から、川端康成のものと思しき短編をみせられ、同じ趣向のものをすぐに書き上げることができたらお金に困らないようにしてあげる、と言われる。さらに紙片の束をとりだし、そこから適当に3枚を引くと、紙片には、「魔」、「人」、「窟」とある。それぞれの文字を必ず使うこと。これも、趣向の一つという。
同じような話を、料理人の友人も持ちかけられたことがあることを思い出す。彼はどういう経緯か知らないが、香母酢を添えた焼き魚を供して、それなりの評価を得たという。もっと真面目に聴いておけばよかった。
すぐに思いつくのは、清水義範の「スノー・カントリー」のように、川端康成の『掌の小説』所収の作品を英訳し、再翻訳することでかの老人の趣向に応えるということだが、これはすぐに出来そうなので、もしものときのためにとっておく。続いて、横光利一、あるいは李箱など、新感覚派とその周辺の作家のものを読み込み、若干の色気を増す、というやり方を思いつく。こちらの方が、やや野趣に富んだものができそうなので、こちらにする。起きたらすぐに書きはじめようかと思っていたが、どのような短編だったのか、まったく思い出せない。また、かの老人に会う機会はあるだろうか。夢の中で描かなければならないものではなかったか。通信は途絶えている。