第653夜「撮ることの叶わない町」
 東武東上線の、かつて自分が中学と高校に通学に使っていたおんぼろの駅の1つ手前の駅で降りる。そこですべての電車が折り返すことになっているからだ。私は緩衝器で塞がれた線路を一瞥して、駅前の商店街へと歩きだす。奇妙なことに、駅前の建物の概観から内装まで、映画のセットのように手ぬかりなく、ほどよく古びている。こんなことがあるだろうか。コンビニエンス・ストアがないのだ。蒟蒻玉を茹でる湿った醤油の匂いに誘われて、並びの焼き鳥屋に入る。小さな店内にはあいにく行列ができているが、すぐに空くだろうと思い、長い楊枝が刺さっているつくね(70円税込)を4つ、頬張る。大将がお客をようやく捌ききったようなので、私は長い楊枝を見せて、会計をする。ちらっとカウンターの隅を見ると、消費税改定のため、全体に値上げする旨が書かれている。大丈夫だ、と私は思う。ここにはまた戻ってこられる。そのときは一眼レフカメラを持って、写真や動画を撮ろう、と思う。
 焼き鳥屋を出て、往来を歩いていると、居酒屋からラーメン屋、駄菓子屋まで、どの店も繁盛している。バラックのような店構えのとんかつ屋にも、コートを羽織ったサラリーマンたちが寡黙な列をなしている。私はますます、この駅前商店街の風景をカメラにおさめてみたくて堪らなくなる。そしてふと、私は肩掛け鞄を電車内に置き忘れたことに気づく。
 慌てて、駅に戻ると、プラットフォームからは折り返しの電車が今にも出発しそうである。私が座っていた先頭車両の座席には、すでに誰かが座っているが、網棚には間違いなく私の鞄がある。鞄をとって、ともかく正面の婦人に礼を言い、車輛から飛び降りると背中でドアのすぐ後ろでが閉まった。鞄はなかにウサギでも入っているかのように温かく、また柔らかいと同時に骨ばったものが、なかでもぞもぞと動く。
 さて、私が行かなければならないのは、線路が続いていたはずの1つ先の駅だから、ここからは歩かなければならない。私は、先ほどとの改札口を背にして、もう片方の改札口を出る。すると、長く緩い坂と、右手に団地群が見える。こんな場所があっただろうか。ベクシンスキーの絵画のなかの廃墟のようにそびえ立つ病院の入院棟を見て、私は無性に泣きたくなる。屋上に干しきれなかったぶんなのか、見舞いを迎え入れる玄関先にまで、白い洗いざらしのシーツの他、股引が十数本、風に揺れている。私はまた、許可をとり、この入院棟をカメラで、見上げるような角度から撮りたくて堪らなくなる。「藤堂病院」と、古びた自動ドアの上枠に金文字があしらってある。藤堂病院。後で、詳しいことを調べよう。そして、私は中学、高校の6年間で、1度も1つ前の駅で降りて学校まで歩かくことがなかったことを悔いる。
 携帯電話が鳴る。すでに10件の不在着信がある。祖母である。膝の関節の痛みを訴える祖母が、もしここ、藤堂病院に入院することになったら、見舞いのたびにこの病棟を撮影することができるかもしれない、と思う。
by warabannshi | 2014-03-27 08:57 | 夢日記 | Comments(0)
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