第681夜「虫食い」
 吉祥寺駅北口にあるシェアハウス用の物件を下見するため、夕方のバスに乗り込む。間違いなく遅刻してしまう。16時をまわったばかりだが、外の空気はすでに夜のそれであり、バスの車内は木通の香りが立ち込めている。鞄の中から、紙媒体の本を取り出す。トインビーのルポルタージュ的長編小説、『虫食い』である。イギリス人なのに昆虫食とは珍しい。それともかの国では、油で揚げられ、ポテトを添えられれば、あらやる節足動物を歓迎するのだろうか。
 語り口は一人称であるが、じっさいに昆虫を食べていくのは、彼の無感動な友人である。文字を読み進めるに従い、バスの中と『虫食い』のロンドンが混ざり合う。バスを降り、私は待ち合わせのパブへ向かう。待たされているFはテラス席で1人、ビールとフィッシュ・アンド・チップスをつまんでいる。
「この店はすごいよ、6つ子がウェイターやってる。このジョッキを下げるふりして、店内を覗いてみるといい」
 空になった分厚い硝子のジョッキを持っててんないに入ると、なるほど、無性生殖でもしたかのようにそっくりなウェイターが黒いエプロンを巻き、そっくりな笑顔で接客をしている。
「こういう店が近くにあるだけでも、ここに物件を借りる意義がある」
「そうだね」
 私たちは店を出て、しばらく黄昏時の町を歩き、下見の予定の一軒屋にたどりつく。廃屋と言うには整っているが、大幅なリノベーションの必要性を感じさせる現状である。いつの間にか、Fは2人に分裂しており、雨戸を開けて風を入れたり、水回りを確認したりしている。私はとくにやることもないので、写真で記録をすることにする。大きな灰色のアシダカグモが逃げていくのを目にして、人並みに怖気をふるう。Fに言うべきではないだろうと思う。
「庭に蜂の巣があるよ」
 Fの声が聞こえるので、私は畳がぶかぶかしている和室を横切り、縁側に向かう。どちらか片方のFが、紙袋のなかのチップスを食べながら、宵闇の縁側でうすぼんやりと浮かび上がるボール上のそれを指す。厄介なことに、スズメバチの巣だ。「業者を呼ばないと…」と言おうとFを向くと、Fが紙袋からつまんで食べているものの正体が分かる。
「それ、何の甲虫?」
「これ? わからない。生物の先生なら肢の形とかから同定してよ」
 さっきのパブで購入したものだろうか、それにしても、Fはいつから昆虫食が平気になったのかと、恐れ入っていると、1匹の蜂が飛んできて、縁側の柱にとまる。そして、ぶるぶる震えると、頭がころりと落ちる。残ったのは黄色と黒の警戒色をほのかに光らせる腹と胴だ。Fは臆することなくそれをつまみ、口に入れ、そして小骨のように針を抜く。
「野趣あふれるね!」
 私は感嘆して思わず叫ぶ。そしてFの口腔内で咀嚼され、原型を失っていく蜂の体に思いをはせる。
by warabannshi | 2014-11-11 08:16 | 夢日記 | Comments(0)
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