探索記録17 「授けられたとせよ」
是枝裕和 『誰も知らない』
星護 『笑の大学』
宮藤官九郎 『真夜中の弥次さん喜多さん』
片山一良 『アップルシード』
神山健治 『攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG <1> ~ <13>』
ジャン・リュック・ゴダール『気狂いピエロ』
アンジェイ・ワイダ 『コルチャック先生』
オーソン・ウェルズ 『市民ケーン』
カール・TH・ドライヤー 『裁かるゝジャンヌ』
ルイ・マル『鬼火』
      『死刑台のエレベーター』
      『地下鉄のザジ』
レニ・リーフェンシュタール『民族の祭典』
                『美の祭典』
                『アフリカへの想い』
                『ワンダー・アンダー・ウォーター 原色の海』
アキ・カウリスマキ 『白い花びら』
            『愛しのタチアナ』
            『真夜中の虹』
ヴィム・ヴェンダース 『都会のアリス』
             『まわり道』
             『さすらい』
             『アメリカの友人』
             『パリ、テキサス』
             『東京画』


 アキ・カウリスマキや、ギリシャ映画の存在を教えてくれた大学の後輩・Hが言うには、
「オータさん(うちの本名だ)、この前、『カルチュラル・スタディーズって、なんでもかんでも権力構造とか、作品の外の事件とか流行に回収されちゃいそうで、なんとなく胡散臭い』って言ってましたけど、まあ、確かにそれもそうなんですけど、映画って、監督や制作国のこと知っておくと、すげー面白くなりますよ。とくに歴史。というか、世界史。いや、俺もよく知らないんですけど。スペイン戦争とか、第二次世界大戦とか、ボスニア戦争の前と後で、もうすっごい変わりますから、映画って。『カリガリ博士』だって、あれもナチスが台頭してきたころの不安定な時代背景があったことを押さえておくと、ドイツ表現主義って言うだけではくくりきれない何かが見えてくるはずですし、あ、あと、この前、オータさん、『ミツバチのささやき』観たって言ってましたよね? あれで、『フランケンシュタイン』が最初に出てくるじゃないですか。ああいうのも、スペイン内戦でフランコが勝ってから数年後のスペインが舞台になってる、っていうのを知っておくと、本当にあの映画がすごいことがわかりますよ」
 けれど、あいにく世界史の勉強をするヒマなんてないままに、THUTAYAの半額ウィークは始まってしまい、結局、いつもの通り、以前に誰か――後輩・Hに限らず、早稲田の友達や、高校のときの麻雀友達がぽろっと話していて、たまたま耳に残っていた監督の作品を、棚にあるだけ借りていった。
 そうしたら、もう面白いくらい、国も年代も、あとジャンルもばらばらになってしまった。
 イギリス、フランス、ポーランド、フィンランド、あと、日本、……。レニ・リーフェンシュタールとヴィム・ヴェンダースは、二人ともドイツの監督だけれど、活躍した時代は、まったく違う。つまり、第二次世界大戦を境にして、戦前がレニ・リーフェンシュタール。後半が、ヴィム・ヴェンダースだ。前者は、1936年ナチス政権下で行われたベルリン・オリンピックや党大会を、当時の撮影技術の極みを使ってフィルムに収め、後者は、アメリカ文化や小津安二郎の影響を受けてロードムービーやサスペンスを撮った。前者の作品、『民族の祭典』、『美の祭典』は、槍投げや砲丸投げ、棒高跳び、100m競争や射撃や飛び込みなどをしている肉体が、どれだけ、重力や自らの体重、競技のルールといった束縛を受けつつ、それらを受け入れ、その中で自由に振る舞っているかを教えてくれるし、後者の作品は、ガソリンスタンドやポラロイド・カメラを思わず好きにさせてしまう。日本の監督作品は、2000年以降のものばかりだけれど、『誰も知らない』と、『真夜中の弥次さん喜多さん』を続けて観る人は、想像だけれど、かなり珍しいだろうし、(いや、結構いるのだろうか?)、『アップルシード』と『攻殻機動隊』は、「ジャパニメーション」という造語をアメリカやフランスの一部の人間に広めたSFアニメだ。(ここ最近、「世界に広めた」という形容がよく無造作に使われているけれど、そんなの嘘だ。ジンバブエの市場で蠅を追っているおばちゃんに「ジャパニメーション」って言っても、たぶん、絶対通じない)(ちなみに、『アップルシード』は退屈だったので、三〇分ほどして寝た)

 けれど、今回観た、ばらばらの場所、時代で作られた二十五本の映画は、やはりうちに何かを教示しようとしている(ような気がする)。(『攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG』はテレビシリーズだけれど、個々の話の流れは一貫しているし、映画の技法が随所に使われているし、なにより、全部合わせればで十三時間強の長編なので、ここでは映画として扱ってしまう)。それは、映画を制作した彼ら・彼女らを取り巻いていた時代背景と、それに彼ら・彼女らがどのような影響を受けたのかや、彼らが現実の社会に対してどんなメッセージを送りたかったのか。――というのとは全然オーダーの違う問題だ。
 それはつまり、大仰に言ってしまえば、映画が、“映画そのもの”を次代に伝えていった、そのうねりだ。
 1895年12月28日、パリのグラン・カフェ地階のサロン・ナンディアンで、リュミエール兄弟が最初の映像『汽車の到着』を公開して以来、2006年4月10日まで、世界の至るところで(こういう文脈にこそ、「世界」という形容はよく馴染む)綿々と受け継がれてきている精神だ。いや、精神なんて抽象的なものではない。それはフィルムに取り込まれた、目には見えないものであり、耳では聞こえない音だ。
 「そんな感覚で捉えられないものと、精神に、なんの違いがあるんだ?」という人がいるかも知れないけれど、目には見えないものも、耳では聞こえない音も、ちゃんと実在している。一秒間に二十四コマのスピードで送られていくフイルムの一つ一つのコマを、人間の視覚は追い切れないし、紫外線の反射を見わけて花から花へと飛び回るモンシロチョウの視野を、人間は持つことができない。イルカの鳴き声や、甲高い犬笛の一吹き。ロケ地となった騒々しい雑踏の三百メートル先で、迷子になってしまった男の子の「ぐすぐす」と鼻をすする小さな音を、ほとんどの人間は捉えることが出来ない。さらにいえば、映画を上映しているとき、ステレオから絶えず発せられている細かいノイズも、人間の脳は無意識的に取り除くから、やっぱり聞こえないことになる。――でも、そんな事例をいくつ挙げていっても、一本の映画のフィルムの中に書き込まれている、捉えきれない“何か”の総量に達することは決してない。世界には、人間が捉えきれない情報というのが、圧倒的な量で存在していて、それは人間の想像力を遥かに凌駕するものだ、というのが現代科学が与える世界観なわけだけれども、映画はそれをもっとスマートな形で表現するし、表現し続けてきた。
 例えば、『誰も知らない』では、2DKのアパートで暮らす母親と四人の兄妹の話し声が、台詞ともなんともつかないごちゃごちゃ混ざった状態で差し出される。集音マイクは、誰か一人の声を追うわけでもなく、ただ話の交わされる場の空気――そこには、くすくす笑いや衣服の擦れ、食器の音もある――を拾い続ける。映画の設定では、四人の兄妹の父親はみな別々で、学校にも通った事がなく、三人の妹弟の存在は大家にも知らされていない。ということなのだけれど、四人とも母親を慕っていて、話の交わされる場には不思議な幸福感が満ちている。この言葉にしにくい幸福感と、ノイズすれすれの台詞の渦というか、生活雑音を結びつける説明はとても難しいのだけれど、両者のあいだに深い関係があることは間違いない。(それを知るためにはもう、実際に観てもらうしかない)。また、『ワンダー・アンダー・ウォーター 原色の海』ではいっさいの解説はなく、イソギンチャクやチョウチョウウオ、ヒドラやダルマオコゼの映像が四十五分間に渡って流れる。「弱肉強食」や「誕生と死」というありがちな物語性をことさらあおり立てることなく、魚やサンゴ、甲殻類たちの顔のアップが、なめらかな動きが、流れ続ける。決して退屈はしない。そこには、100歳を過ぎた老女の凝視がある。(レニ・リーフェンシュタールは、世界最年長者ダイバー記録の保持者でもある) 海洋生物の造形の底知れない複雑さ、フラクタル図形のような襞が、一世紀に渡って世界を映してきた人間の眼を、再び誘引する。……

 現代の映画作品にこういう表現ができるのも、映画の制作者たちが、以前に存在していたマスターピースから“何か”を書き込む術を受け継いでいるからだ。授けられている、と言ってもいいかもしれない。(『裁かるゝジャンヌ』に内包されている“何か”と、『白い花びら』に内包されている“何か”が同一のものだとは、間違っても言えないけれど) それは、表層的な部分では、ヴィム・ヴェンダースが小津安二郎に捧げた『東京画』のように、一つの徹底した畏敬となって現れる。
 今度、一緒に雑誌、というか同人誌を作ることになるかもしれない、社長というあだ名の早稲田の友人は、「雑誌製作、ひいてはほとんどの創作は、自らに後天的に与えられた良き物を残し、広げるという倫理感、正義感にもとづかねばならぬ、ということでしょうか。」と、奇しくもこの前、掲示板で言っていたけれど、まさにその通りなのだ。百数年に渡って醸成された映画というシステム、及び、圧倒的な情報量のためにブラックボックスとなっている世界が授けられたとしたら、人間は、それらを賛美するほかないように思える。
by warabannshi | 2006-04-08 16:53 | メモ | Comments(3)
Commented by バーテン at 2006-04-10 00:55 x
アップルシードを劇場で見てしまった、負け組の僕が来ましたよ。
Commented by warabannshi at 2006-04-10 09:41
「全世界に放つ、フルCG超大作」「2004年 世界初3Dライブアニメが新たな歴史を刻む。」という惹句にやられたクチですね。かくいううちもTHUTAYAでふらふらと手を伸ばしてしまったわけですが(笑)
 実写でできることを、わざわざアニメーションでやる必要はないと思うのです。実験作として、視覚から与えられる情報のどこに実物感を現前させるものがあるのか――例えば、デュナンがオリュンポスに連れてこられた後、ベッドに倒れこむシーンがありますが、そこでベッドに広がる皺がいかにも作り物っぽい。胡散臭い。(笑)
Commented by warabannshi at 2006-04-10 09:41
 その後で、戦場暮らしの長かった彼女がベッドの柔らかさに違和感を憶えて、わざわざ床の上で丸まって眠るくだりがありますが、そのプロセスの方が、ベッドの皺よりもずっとリアリティを感じさせる。そして、このリアリティっていうのは、別に「全世界に放つ、フルCG」じゃなくても全然作り出せないことはないわけで、逆にCGの虚構性を際だたせているように感じられます。あと、いかにも「俺タチ、こんなにCG技術を使いこなせてるんだぜぃ!」みたいなノリで行われる序盤の派手な戦闘シーンにしても、既存のアニメやハリウッド映画の動きをCGに焼き直しただけで、「フルCGだからこそ可能な動き」みたいなことができていなかった。そんなわけで寝てしまったんです。まあ、一番の理由は獣人のアルテミスが出てきそうもなかったからなんですが。(笑)
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