探索記録23 「健やかなる発情のために probe-ベータ版」
probe
[動](他)
 1 〈傷などを〉探り針で探る.
 2 …を綿密に調べる, 精査する.
[名]
 1 (動物の)触角, 触手;(外科用の)探り針(explorer).
 2 (…の)厳密[綿密]な調査, 精査;
 3 宇宙探測機.
 4 《軍》偵察.
 5 (飛行機の空中給油用の)燃料補給パイプ.

(あなたはあなた自身を人間にするべきなのだと、……「人間」を自称するあなたは、励起した青緑色の携帯電話の向こう側に広がっている雑木林の暗闇の深奥に立ち、おそらく話し相手と同じ星座の配置を見上げながら、四十億年ほど前の海底火山の赤黒い火口からこの瞬間へと静かに連なって運搬されつづけてきた遺伝暗号の一部を体現した無数の葉の下で、それらの一枚一枚からゆるやかに吹き出されつづける二酸化炭素の濃密な湿気と、朔へと向かい闇のなかへ欠けはじめた満月の反射光と、いまだ深層に陽光の記憶を宿した温かい黒土の匂いを呼吸し、固く弾力性のあるゴム製の持ち手のついた銀色の自転車のハンドルの先端を汗のにじむ繊細に発達した左手で握りながら、あなたとの交通を望んだ、けれど哀願することのできなかったヒトに、ヒトの発した((わたしは人間だろうか?))という問いかけへの沈黙という形式によって、「あなたはあなた自身を人間にするべきなのだ」と告げ、胸郭から囁かれる声の色彩変化を探ろうと平衡感覚が失われるほど鼓膜に神経を集中させたヒトは、眩暈の外側で変わらぬ息遣いと意図を触知し、声なき声という暗号の解読、隠された意味の探査こそが、「人間」という振る舞いの文字どおり“すべて”であることを果たして知っているのか、――いや、もちろんそれが「人間」であると“すべて”承知しているあなたの暗黙を荷電した粒子を介して施される。困惑や恐怖、小心さや妥協に発しない無言は人間に許された、ヒトが発するある種の問いかけへの最善の返答であることを「人間」は知っている。
 人間はヒトを飼育する。ヒトは人間に仕えながら、人間を教育され、獣となり、人間に傷を返礼して人間を不動から解き放つ。)

ベータ版 (beta version)
ソフトウェアの開発途上版のこと。特に、製品版(無償ソフトウェアの場合は正式配布版)の直前段階の評価版として関係者や重要顧客などに配布され、性能や機能、使い勝手などを評価される版を言う。ベータ版は他の開発途上版と比べて重点的にバグ(プログラムの誤り)を解消しており、正式版の機能を一通り備えた完成品に近い状態だが、バグがあったりシステムに影響を与える場合があるため扱いには注意が必要である。また、一定期間が過ぎると使えなくなるベータ版もある。

(口腔と樹々のあいだで宙吊りになったヒトの問い、((わたしは「人間」だろうか?))はやがて自身の伝播すべき内容に興味を失い、百億ほどの波へと拡散して消えていくが、問いそのものが消滅することは決してない。なぜならそれは自らを「悪」となした人間に対する懲罰への唯一の免罪符として機能するから。懲罰はまず火という現象として飛来する。即ち、熱。融けた鉄の白熱。火によって焼き尽くされた皮膚の残滓の下から露出した脊椎だけを見てもそれがヒトのものか人間のものかの判別を下すことは誰においてもむずかしい。雄々しく振動する巨大な家型の機械のなかに放り込まれ、頭蓋を割られ、肛門を裂かれ、顎を砕かれ、煮えたタールに沈められ純白の羽毛を塗されて鉄鋼の剛質な砲身から虚空に向けて発射される人間の精液/卵巣はすでに強制的に抜き取られており、惨劇の依頼主は決して明らかにされることはないが、それがかつて((わたしは「人間」だろうか?))と問いかけていた人間自身であることをじつは誰もが知っている。自涜や自傷ではあまりにも容易に解決されてしまう問い。微笑という、誠意を値切られた回答に飼い慣らされて糊化した問い。かつて世界に対して真剣に問いかけていたあなた自身を収容する檻と化した問い。だからヒトは人間に問いかける、少しだけ洗練されたプロトコルで、「人間」の肉体に退化した爪と歯牙のすべてを奉仕させ、((あなたは「人間」だろうか?))と。『自分自身の鎖を解き放つことができなくとも、他者の鎖を解き放って救うことのできる者は少なくないのだ。』)

プローブ(Probe);「探査針」
遺伝子の存在を検出するために使うDNA(またはRNA)の断片試料。DNAはアデニン(A)とチミン(T)、グアニン(G)とシトシン(C)がそれぞれ対を形成するが、検出したいDNAに対して対を形成する(ハイブリダイズと言う)DNAをプローブとして用いる。

(自身の肉体に陥入している/突起しているいくつもの器官の複雑さに笑ってしまったことはない? あなたの時折漏らすうめき声とも歌ともつかない声は産声の延長にあるものなの? わたしのオルガスムスとあなたのオルガスムスを交換したら二人とも得をしたような気分になれると思う? 勃起しないときのあなたの血液の熱さはどこに向かって凝集しているの? 膣口が堅く絞られる瞬間の感覚は括約筋の緊張と似たようなものなの? 瞼を閉じて口を開けたときに青白い曲線が漂う暗闇の色が微妙に揺らいだりすることはある? あなたの背中を一度も半個体状で灰褐色の生体組織を通さないで眼球だけで視覚したら、信じられないくらい怖いものに見えると思う? あなたは爬虫類と新生児のどちらにそっくりだと言われたい? 乳房に充溢しているのは肺や肋骨の砕けた破片だとわたしの両手の触覚は伝えるのだけれど、それは誤作動だと思う? あなたが時折ハミングする理由を教えてくれる? 首筋の大動脈をわたしが噛み破ったら、あなたの体のどこが一番最初に冷たくなると思う? わたしたちが初潮、精通を迎えるより以前に交尾できていた猫がまだ何億匹も生きていることについてどう思う? 体の南極はどこにあるか知ってる? 体液が泥土のように喉に絡まるとしたら羊水もまた飲みくだすには骨が折れるだろうね? 重力って、なに? 陸上部の投げ槍を逆手に持ってみぞおち辺りを貫きたい衝動にかられたことはある? 赤く錆びた水に裸の下腹部、太股、ふくらはぎ、踵を浸したまま人間は何分黙っていられるのだろう? そっちにいっていい? ためらいを印象づけるにうってつけの尻尾が尾てい骨から伸びていないことへの不満はある? 初めてのとき、腕の付け根に埋め込まれた肩胛骨の可動域の広さに驚嘆しなかった? あなたの腹部に収められた打楽器の空漠に吸いこまれそうになるのはわたしがまだ幼いから、それとも充分に成熟したから? 月経に至る器官をもってみないとわからないことは幾つあると思う? 眠っているあなたの顔から痩せた四肢まで溶かした赤土で縄文の文様を描きたいと思うのは変態趣味になる? ――――)

アンドロイドの、

(ヒトは過剰なる現実を、人間は過剰なることばを持ち寄り、過少なる現実とことばの織りなす光り輝く自然、絶対的な幸福から離脱するための掛け金となす。――「了解した。わたしは人間を開始する。あなたに賭ける。」「了解した。わたしはヒトに回帰する。あなたに賭ける。」――自身の変形を飛躍の掛け金として相手の変形に賭けること。何物にも保証されず、祝福を受けないその透明な跳躍行為こそがある種の「愛」の機能であると、人々は各々の固有の場所と現実の時間、懲罰から離れた調子において燦然と知るだろう。)

健やかなる発情のために。


●懲罰の調子や暴力の専制が性的衝動に近接するのはサディズム/マゾヒズムと同様の駆動原理が働くのと同時に、両者がともに対象の時間の静止(=連続する変形の完了)という反転された自身の欲望を命ずる点で錯覚を起こしやすいことに由来する。
by warabannshi | 2006-10-15 15:01 | メモ | Comments(0)
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