50「魚類の眼」
 静かな朝焼けの円形商店街を歩いていると、うめき声が聞こえる。
 どうせ酔っぱらいが反吐まみれになってるんだろうと、ふと路地裏を覗いてみる。
 Tシャツ姿の若人が一人、ゴミ捨て場にへたりこんでいる。
 その頸動脈から白く湯気のたつ血が噴きだしている。
 こういうときに医者は強い。
 人体は全血液の三分の一を失うと死に至る。人間の血液量は成人で体重の約七パーセント。このうつむいた青年の体重は目算六〇キロ。血液量は五リットル弱。既出血量はその半分は優にある。
 つまり、この若者はもう手遅れということだ。
 間接圧迫止血法を施すために脱ぎかけたコートをはおりなおす。
 ゴミ袋にもたれかかったまま生温かい肉塊になりつつある彼に必要なのはただひとつ。死体袋だけだ。
 携帯電話をとりだして一一九ではなく、一一〇を押しかけたときおかしなことに気がつく。
 見つけたときから出血の勢いはまったく衰えていない。
 五リットルどころか風呂桶いっぱいの血が出ている。
 もう出血は止まってもいいはずではないか?
 なのに彼は相変わらず、噴水のように鉄分豊富な体液をまき散らしている。
 Tシャツもゴミ袋も細い路地の壁も、すでに体液でぼどぼどだ。まさか。こんなことはありえない。
「そうでもないです」
 噴水男がうつむいたまま、突然口をきく。
「みなさんやってることです。ただ俺は少し派手なだけで、」
 半眼だった魚類のような眼の焦点が合う。
「だから、そんな目で見ないでくださいよ」
 青年はそう言うと、四肢を投げ出した姿勢のままで急速に縮んでいった。
 青年はゴミ袋大になり、手のひら大になり、小さな点になって消えたとき、吹き出たままだった血はやっと止まった。
 残されたのはまっ赤に染め上げられた路地と、ゴミ袋の山と、青年のTシャツとジーパン。
 その血みどろのゴミ袋の一つがいきなり蠢く。
 半透明のビニールを内側から破り、裸の右腕が生える。
 腐汁がビニールの中から飛び散る。
 膨張したビニール袋はなおも震え、身もだえし、ついに破裂する。
 全裸の若者がゴミ袋から生まれて、その裸足でゆっくりと立ち上がる。
 腐敗物と腐汁にまみれた体が、朝日を照り返して真っ白に光る。
 みんながやっていること、とはつまり、この転生のことなのだろうか?
 彼の息が、路地に漂う。白い湯気が濃い。

(2008.02.07 UP)
by warabannshi | 2004-11-30 23:41 | 夢日記 | Comments(0)
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