第154夜 「国立在住」
 国立駅。ただし、景色はまったく国立駅の近くのそれではない。
 駅まで続く道は、線路に沿った一本道しかなくて、駅前広場は閑散としている。
 前にガレット屋に行ったときもそうだったけれど、なぜか国立駅の周りはシャッター街化している。
 道を行く人は少なく、すべてが灰色にくすんでいる。
 大地震が起こったあと、なんとか復興しつつある中野駅南口、という感じ。

 妹が駅前で交通事故にあったというので、住んでいる雑居ビルからあわてて自転車で駅前に駆けつける。
 駅前ではとくに交通事故が起こったような形跡はない。
 けれど、ゴスロリの格好をした小学生くらいの女の子がママチャリにのってアクロバットな演技をしている。彼女が、妹だ。
 なにやってるの、と言おうとして、近づくと、妹の方がうちに気づく。
「ジャガイモが壊れてしまったので、元に戻そうと思って」
 たしかに、ママチャリの前カゴに入っているスーパーのレジ袋には、いくつかの破損したジャガイモが入っている。どうやら、交通事故は起こっていたようだ。ただし、被害はジャガイモだけで済んだ。
「人間の精液が凝固して、ジャガイモは作られる」
 という内容の歌を歌いながら、ゴスロリの妹は、ママチャリでアクロバットな演技を続ける。
 駅前には交番もある。警官に見つかったら騒ぎになるので、むりやり妹を連れ帰ることにする。
 すると、警官がさっそく、自転車に乗ってこちらにやってくる。
 逃げ出す二人。追う警官。
 なかなか警官は追いかけるのを諦めない。
 線路に警官を引きずり倒して、ひと思いに亡き者にしてくれようかと考えたとき、自動車が、二人と警官の間に割りこんで道をふさいでくれる。

 雑居ビルは四階建てで、居住空間は四階。
 先に、妹を四階まで行かせる。
 階段の踊り場は、本と本棚でぎっしりと埋まっているから人間は一人しか通れない。
 人間は平たくなったり、肩をすぼめて本のあいだを通り抜ける。
 踊り場の本棚のなかの一冊に、『ザリガニ』という本(平凡社ライブラリ)を見つける。
 携帯にメール。友人Bから、
「『ザリガニ』は本当におもしろかった。」
 そういえば、うちは友人Bに『ザリガニ』を勧めたのだった。
 『ザリガニ』は十八世紀のイギリスで書かれた奇書。産業革命による地球温暖化を予見していて、温度が高まってくるにつれて、樹に次々とマントのような毒の苔が生え始める、というパニック小説。挿絵がたくさんついているので、絵本として読んでもよい。
(大人の絵本はエロ本、子供のエロ本は絵本)

 この雑居ビルが建てられるまえに、この土地に住んでいた8人家族の挿話。
 祖父、父、母、長男、次男、長女、居候A、居候B。
 祖父はもともとは大学の教授だったが、退職したあとにぼけて、ときおり暴力をふるうようになっている。
(雑居ビルの蔵書は、この祖父のもの。雑居ビルを建てたのは、八人のなかの父である)
 部屋は、ちょうど「田」のような配置になっていて、左上の部屋は玄関につながっている。
 「田」の右下の部屋が、団欒のスペースで、右上の部屋が祖父の書斎。
 ある日、右下の部屋で遊んでいた次男が、右上の部屋にいる祖父にじゃれついた。
 祖父は無言のまま次男がしがみついた右腕をふるって、次男は、右上から左上の部屋まで吹き飛ばされた。
 居候Bであるうちは、あわてて次男の手当をする。
 祖父は、はだけた浴衣のまま、
「四つ切りのパンを食べると、人間は幸福になれる。居候A(ちゃんと名前はあったが失念)、パンを買ってきてくれないか?」
 居候Aは凍りついている家族の前で、居心地悪そうに、
「ついでに何か、買ってくるものはありますか?」
「……お弁当を、一ヶ月分買ってきて」
 母が、遠慮がちに言う。
「これから籠城でもするつもりですか?」
「そういうわけじゃないけれど、いろいろ面倒くさくなっちゃって」
 失神した次男を介抱しながら、自分は家庭崩壊に立ち会っている、と思っている。



 6月8日、上野の国立科学博物館で「ダーウィン展」を見てきた。平凡社ライブラリーの『ザリガニ』は、ダーウィン展の影響があるように思う。
 ダーウィンの著作を最初に読んだのは高校生のころで、それは『種の起源』ではなくて『ミミズと土』だった。そう、その『ミミズと土』が平凡社ライブラリーなのだ。たぶん、この学術書シリーズを知ったのも、『ミミズと土』がきっかけだったように思う。
 ちなみに、ダーウィンがミミズの研究を始めたのは、1837年、28歳の時。ビーグル号に乗ってクリスマス直後のイギリスを出航したのは22歳のときで、帰港したのは27歳のときだから、ダーウィンは世界一周の旅から帰ってすぐにミミズの研究を始めたことになる。さらに驚くことに、ミミズの観察は四十年以上に渡っている。ダーウィン自身の経歴からすれば、ミミズの実験を繰り返している年月のほうが、ガラパゴス諸島でフィンチをつかまえたり、ゾウガメの甲羅をスケッチしているよりもはるかに長かったことになる。
 これは又聞きだけれど、ダーウィンはフジツボの研究も熱心にやっていて、ダーウィンの息子は学校で教師に「君のお父さんは一日にどれくらいフジツボを見ているんだい?」と聞かれたという逸話もある。
 そういう、外から見ればぜんぜん刺激的でない、決まりきった日常を送っている幸せなダーウィンを想像するのは、好きだ。
by warabannshi | 2008-06-09 09:47 | 夢日記 | Comments(0)
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