亀山ゼミ 個人発表レジュメ 2008/6/23発表分 【5.「準拠集団」論】
社会理論と機能分析 (現代社会学大系)
R.K. マートン / / 青木書店
今回は、本書に収録されている論文「準拠集団行動の理論」(1957)に限定して考察する。



 「彼は世間から外れている、と世間が言う」の言説の主体(enunciation)の単位-ユニットである世間を考えるために、「世間」の概念として井上が採用する、「準拠集団」という概念をここでは整理する。
 まず、「準拠集団」の辞書的な定義を確認しよう。

[1]準拠集団 (reference group)
 個人が自分の態度を心理的に関係させ準拠させる集団。個人が自分自身の共通の興味・関心、態度・価値を保持するとみる集団であり、また自己評価や態度の評価の基礎とみる集団。準拠集団と所属集団(上の成員性集団)と一致するとは限らない。たとえ所属していなくても、所属したいと熱望し、心理的成員性をもっている集団であれば、それはその個人にとっては正の準拠集団となりうる。態度形成・持続に大きな効果をもつことがある。(*1)
[2]準拠(関係)集団と成員性集団(reference group vs. membership group)
 個人が所属の有無にかかわりなく心理的に自らを関係づけ、態度や判断のよりどころとしている集団を関係集団あるいは準拠集団といい、実際に所属している集団を成員性集団という。(*2)

 いずれの辞書的定義も、準拠集団が構成員に対して、文化的-政治的価値の測定・調整に関わる枠組みを提供することを指摘している。
 この枠組みを構成員の側から社会機能的に捉えたとき、準拠集団は、比較の基準と行動の模範を外付け的に担保する(*3)ことによって、構成員の自己同一性に恒常性を与え、自己像を常に再確認させ、安定化させる影響を持つ。(もっとも、再確認される自己像が構成員自身にとってポジティブなものであるかネガティブなものであるかは忖度できないが)
 また、ビジネス用語としての「準拠集団」は経営・マーケティング分野で、現代的消費の特徴であるブランド選択や流行現象の説明・先取りのための消費者行動モデル構築の際に多く用いられる。この場合には、①家族や友人といった比較的小さな第一次準拠集団と、労働組合や業界全体といった比較的大きな第二次準拠集団に分ける。②準拠集団の諸構成員に対して説得力があり、信頼されているオピニオン・リーダーの存在を仮定する。という項目が付加される。
 「民意」と政治のメカニズムが、「世間」と私たちの日常的-消費行動とほぼ相同であるという仮定の検討には後者のビジネス用語からのアプローチが不可欠であるが、いまは論を簡便にするため、前者の社会心理学的用法からのみ、とりわけ、1960年代に準拠集団論を発展統合したマートンの議論から考察を行おう。

 マートン(1957)は,第2次世界大戦中におこなわれたスタゥファー(Aamuel Andrew Stouffer, 1900-60)の『アメリカ兵』の調査をもとに、準拠集団の研究を進める。スタゥファーは、アメリカ軍の兵士の不満は自分たちを他の社会集団と比較したときに生じることを発見し、これを相対的不満(relative deprivation)と呼んだ。マートンはスタゥファーが相対的不満として論じた事柄が比較準拠集団の機能に他ならないことを指摘する。
 例えば、「能力のある兵士は昇進のチャンスに恵まれていると思いますか」という質問に対して、①航空隊のように昇進率が高い兵科でかえって不満をもつものの比率が大きく、②憲兵隊のように昇進率の低い兵科で不満をもつものの比率が小さかった。この場合、兵士たちの準拠集団は自分の同僚(所属集団)であり、彼らは自分の同僚と比べて自分の境遇に満足や不満を感じている。
 また、「あなたが軍隊に入ったとき,自分は招集を延期されるべきだったと考えましたか」という質問に、①二〇歳以下の独身のハイ・スクール出身者で招集延期を主張したものは10%であったが、②二〇歳以上の既婚者でハイ・スクールを卒業していなかったもののあいだでは40%以上が招集延期を主張した。その理由としては招集されていない既婚の友人と比べて、自分は犠牲を求められているのに友人はまだ召集されていないで犠牲を免れているという点があげられた。つまり、この例の①の軍隊での同僚であり、②の準拠集団はおなじ社会的地位に属する民間の友人たちであることがわかる。
 さらに、「軍隊生活はかなりうまく、あるいは大変うまくいっている」と答えたのは、①合衆国内に駐屯している兵士では76%、②海外にいる非戦闘部隊の兵士では63%だった。①国内に駐屯する兵士に比べていちじるしく不自由な境遇にある②海外にいる兵士の評価とのあいだにはそれほど差は生じていない。これは②海外にいる非戦闘部隊の兵士が、戦闘部隊の兵士に比べると恵まれていると感じているからだった。つまり、この例で②は2つの準拠集団(母国にいる兵士と、海外にいる戦闘部隊の兵士)から交叉する影響を受けていることが考えられる。
 このように、同一の所属集団に属している構成員同士でも、準拠集団はそれぞれの背景的プロフィールによって異なり、また多数の準拠集団から交叉して影響を受けることがわかる。
 これは阿部、井上が指摘する「世間」の特徴――地縁・血縁関係が働くが、いくつもの異なる観念的・作為的な位相が構成員に複合的に影響を与える構造と、ほぼ重なるといえる。
(*4)

 この「準拠集団」論をふまえて、再び井上の主張を考察しなおそう。
 井上によれば「世間」は準拠集団であり、それはタニンの世界とミウチの世界の境界にある。
 タニンの世界(C)が所属集団にも準拠集団に属さないことは了解できる。そして、遠慮をはたらかせる必要がある「世間」(B)が準拠集団であることも了解できる。だが、遠慮をはたらかせる必要のないミウチの世界(A)は準拠集団なのか、所属集団なのか、その両方なのか、どちらでもないのか、ここでは分類することができない。土井は親子の関係をミウチの世界(A)に分類するので、二項対立的に分類すれば所属集団となるのだろうが、ミウチは甘えが自然に発生する「人情」の世界とし、自他の差異を融解消失させ、依存的関係を歓迎する傾向をもつので(土井 1971)、客観的登録集団であるところの所属集団という類型で考えると見落とす側面が多い。
 また、審判の参照referenceとしての「世間」が準拠集団(reference group)であるということも確認されたが、とりわけ何が参照されるかについては明らかにされていない。「事に当たっては世間に恥ずかしくないように行動する」(第三章)、「世間の笑いものにならないように行動する」(第四章)という規範が「まなざしに敏感になる」(第四章)という文化的形式によって内面化され、標準化されていく過程は詳細に述べられているが、世間の何を満足させれば恥ずかしくなく、笑い者にならないのかは依然としてわからない。「世間を騒がせること」がなぜ「世間」に責を負うことになるのかという最初の問題はまだ回答を得られていないのだ。
 ある行為のどのような側面が、準拠集団としての「世間」の他の構成員に対して有意であるのか。それを考察するために『「日本らしさ」の再発見』を見てみよう。

(*1)
社会心理学小辞典 (有斐閣小辞典シリーズ)
/ 有斐閣(1994)
ISBN : 4641002185



(*2)社会心理学用語辞典
/ 北大路書房(1995)
ISBN : 4762820237



(*3)マートンは比較の基準となる準拠集団を比較準拠集団といい、行動の模範とされる準拠集団を規範的準拠集団という。これはケイリー「準拠集団の二つの機能」(1952)の分類に基づく。
(*4)ゲマインシャフトとゲゼルシャフト―純粋社会学の基本概念〈上〉 (岩波文庫)
F. テンニエス / / 岩波書店
ISBN : 4003420713



ドイツの社会学者テンニース(Ferdinand Tönnies, 1855 - 1936)の提唱する社会進化論では、実在的・自然的な本質意思(Wesenwille)によって取り結ばれる人間関係「ゲマインシャフト」(Gemeinschaft)から、選択意思(Kürwille)にもとづいてある目的をもって取り結ぶ人間関係「ゲゼルシャフト」(Gesellschaft)への移行が語られるが、「世間」においてそれらは錯綜している。これは所属集団/準拠集団の区別がテンニースにおいてはいまだ不分明であることが考えられる。
by warabannshi | 2008-07-02 00:39
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