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総合地球環境学研究所(2011)『総合地球環境学構築に向けて―地球研10年誌』
[目次]

第1章 創設までの経緯:地球環境科学から地球環境学へ〈~2001年〉
第1節 地球環境科学の中核的研究機関
「21世紀地球環境懇話会」提言/学術審査会「地球環境科学の推進について」建議/地球環境科学の中核的研究機関に関する調査研究会/地球環境科学の研究組織体制のあり方に関する調査協力会議
第2節 新研究所の準備調査と創設調査
地球環境科学研究所(仮称)の準備調査/名称は「総合地球環境学研究所」に/研究者コミュニティへの働きかけ/準備調査委員会最終報告書と用地決定/総合地球環境学研究所(仮称)の創設調査/研究プロジェクトの検討/総合地球環境学研究所の創設へ

第2章 草創期:五目チャーハンと文理融合〈2001年度~2003年度〉
第3節 設立と初年度の活動
京都大学構内で活動開始/組織と運営のあり方/内外の期待/研究活動の枠組み/本格化する研究活動
第4節 第2年度から本研究(FR)スタート
旧春日小学校跡地に移転/本研究(FR)はじまる/五目チャーハンをつくるフライパン/研究プロジェクトの増加と転変

第3章 法人化後:アイデンティティの模索(2004年度~2009年度〉
第5節 旧春日小学校時代後半(2004年度~2005年度)
法人化された地球研/運営体制と人事規則の再整備/研究プロジェクトの仕組みと課題/機構における研究機関の連携/春日時代の終焉―体制の整備から内容の充実へ
第6節 上賀茂時代の幕開け(2006年度~2009年度)
新・地球研/国際シンポジウムの組織化/初代プロジェクトの終了/アイデンティティ確立へのステップ/研究領域プログラムの整備/ヒューマニクスとしての総合地球環境学/法人第Ⅰ期の終了

第4章 法人第Ⅱ期へ:未来可能性と統合知(2010年度~〉
第7節 基幹研究ハブとイニシアティブの構想
法人第Ⅰ期の反省/第Ⅱ期中期計画期間の策定/設計科学を導入する/CRの検証/いよいよ第Ⅱ期はじまる
第8節 地球研の展望
地球研はだれのものか/コミュニケーションの場/成果発信の方向性/総合地球環境学構築への道

補遺 地球研断章―日高敏隆初代所長エッセイ抄
地球環境学とは何か/国連IPCCの報告書/京都議定書/春の蝉/自然とどう折り合うか/地球研いよいよ上賀茂へ/紅葉はなぜ美しい?/草と「雑草」/文系・理系/総合とは何か/未来可能性について―地球研6年の研究でわかったこと
by warabannshi | 2016-04-16 22:19 | メモ | Comments(0)
【引用英訳】佐藤仁(2011)『「持たざる国」の資源論 持続可能な国土をめぐるもう一つの知』東京大学出版
国際環境倫理学会での発表を経て、日本型環境倫理とは「持たざる国」の環境倫理なのではないかと思えてきた。また、先の震災は、日本の〈資源〉が何であるかを改めて考えさせる機会となった。
Since the announcement of the ISEE2015, I have begun to think that Japanese environmental ethics are environmental ethics of a "have-not” nation. In addition, the earthquake of 2011 was an opportunity to re-consider what the resources of Japan actually are.

「〈持たざる国〉を標榜してきた日本では、狭い国土と過密人口ゆえに、資源のあり方を問い直す長い伝統がありました。戦後の貧しい時代に、それは〈資源論〉として豊かに花開きました。しかし、その後の高度経済成長を経て豊かになった日本では、公害や環境問題という視角が盛んになった陰で、もっと根本的な次元における人間と自然の関係を問う〈資源論〉は忘れ去られました。資源は人間の経済と自然との相互作用を考える要となる概念です。決して実現しなかった〈不発のアイデア〉としての資源論とは何だったのか。」
In Japan, a self-professed "have-not” nation, due to the small territory and high density of population, has long existed a tradition of re-evaluating natural resources. In the poor era after the war it blossomed as “resources theory “. After however Japan became rich through subsequent rapid economic growth, it was forgotten to view in more fundamental dimensions the relation of humankind and nature, because questions of pollution and environmental problems has come to overshadow other things. Resource is a key concept in considering the interaction between nature and human economy. What was the resource theory as a “never realized idea”?

「日本の資源論に興味をもった理由は三つある。第一に、資源論が輸入学問ではなく、国土の保全と社会経済ニーズとの調和をいかに達成するかという、内発的な問題意識からたたき上げられてきた実践志向の知であること。第二に、地理学者を中心にしながらも、政治家や官僚を含めて多様な分野と立場の人々を巻き込みながら形成されてきた学際領域のはしりであったこと。第三に、それにもかかわらず資源論は決して専門分野として確立されずに忘れ去られてしまったことである」(佐藤,v頁)
Why have I been interested in Japan’s resources theory there are three reasons for this. One: the resource theory is no academic import but practical knowledge routed in the intrinsic awareness of the unsolved question how to achieve harmony between conservation of land and socio-economic needs. Two: that theory constitute pioneering effort that while having geologist at its core involved also people from many deferent other fields such as politics and administration. Three, in spite of this resources theory has never been established as a field of expertise but instead become forgotten.


「資源の定義が一義的に決まらないのは、目的と手段の関係がはっきりと固定されていないからである。同時に、資源は物質面を扱う自然科学と、制度面を見る社会科学の両方にまたがるので、その適正な管理には両者の総合が不可欠になる。私は資源を、働きかけの対象となる可能性の束として捉えたい。〔…〕資源は人間社会からの働きかけを受けて初めて有効性を発揮する。しかし働きかけの対象が自然物である以上、可能性とは自然界の制約のなかで追及しなくてはいけない。」(16-17頁)
That what constitute resources is not unequivocally defined, is the result of the fact that the relationship between ends and means is not clearly fixed. Simultaneously, resources present an issue spanning both natural sciences that deal with material aspects and social sciences that deal with institutional aspects thus requiring a synthesis of both for proper management. I am going to define resources as a bundle of potential, subject to approach. […] Resources exhibit effectiveness only when receiving approach from human society. As the object of approach, however, is a natural object the choices of its use a subject to natural restrictions.

資源を“所有”ではなく“使用”において考える視点がここでのポイントといえる。
The point here is a perspective to think of resources in terms of “use” rather than “ownership”.
「林業や漁業といったセクターに視野を限ってしまうことの問題は何か。それはセクターの外に及んでしまう影響を考慮しなくなることで、生態系全体を見るバランスを欠いてしまうことである。」
What is the problem with focusing only on sectors such as forestry and fishery? That is losing out of sight the effect resulting outside these sectors and the question ecological balance.

「開発計画に携わる社会科学者や実務家は、開発の物質的基盤である自然環境の性質に十分な注意を払ってこなかったし、逆に、環境問題に向かう自然科学者は、人間の経済活動を専ら否定的に捉え、地域の人々への配慮に欠く環境保護政策を唱えることが多かった。しかし、実は両者は密接に関係している。どこで、どのくらいの量の資源が、どのような方法で、どのような速度で取り出されるかによって、最終的な便益の配分が変わってくるからである」(2頁)
Social scientists and practitioners involved in development plans have not paid enough attention to the natural environment that is the material basis for development. On the other hand, natural scientists trying to solve environmental problems have viewed economic activities exclusively in negative terms, often advocating environmental protection policies which completely lacking in consideration of local people’s concerns and needs. However, in fact social and natural science are closely related. It is because the distribution of the final benefits varies according to where, in what amount, how and at what speed natural resources are taken.

by warabannshi | 2016-03-30 09:04 | メモ | Comments(0)
2013年度「生物学史分科会・生命基礎論研究会 夏の学校」@総合研究大学院大学での塩谷さんとの会話メモ
・生物学のひとつの枠として「手法的には化学(or物理学or数学)でも、これは〈生命〉を扱っているから生物学」というのがある。しかし、〈生命〉という対象はそれほど確固としたものなのか。もともと西欧文脈では動物・植物・鉱物は別のものだった。動物と植物の共通性を析出したのは細胞説だが、シュライデンとシュワンは、ドルトンの原子論の生物学versionを作ることを企図して細胞説―細胞の働きとして生命現象は記述することができる―を提唱した。生物学が共通に対象としているという、〈生命〉という枠組み(「そして生命は1つ!」)は、じつは“出来レース”ではないか?
・「野に咲く薔薇もウニもショウジョウバエも〈生命〉である」という枠組みの正当性が担保できてしまうのは、「かくいう私自身が生きている、〈生命〉の当事者だからだ」「そして君も生きているんだろう?」という前提が、強力に効いているから。「いえ、ゾンビです」とは言えないことになっている。
・しかし、目の前の相手が自分と同じ仕方で生きていることを担保しているものは、じつは何もなく、そもそも自分がどういう仕方で生きているのかすら“わかっていること”にしているだけであったりする。
・「目の前の相手が私と同じ仕方で生きていることは自明ではない。そもそも私がどういう仕方で生きているのかわからない」という状況はハードなので普通は考えないようにされている。それはそれでいい。しかし、〈生命〉(あるいは進化、あるいは遺伝子)という大きな枠のなかで、生きている仕方の位相(phase)、様態(mode)の差分が塗りつぶされてしまうのはまずい。

太「塩谷さんは、例えば他の人との生きている仕方の様態の差というのを、明瞭に感じます?」
塩「それしかない」
太「生きている仕方の位相、様態の差、というのはわかるようでわからないのですが」
塩「regulationの差だよ」
太「規則の差ですか?」
塩「制御の差。制御工学的(Regulation of Engineering)な意味での。世界から対象を括りだすやり方の差」

・闘争の本質は、制御であり、調整。一報が圧倒的な力でもう一方をつぶしてしまうのは、闘争ではなく、捕食や蹂躙。そうではなく、互いに牽制し調整することこそが闘争というコミュニケーション。牽制し合っている一つ一つの要素は、明示化されない。明示の仕方をめぐって、また別の牽制が始まるから。牽制と、制御工学とは近い。つまり、処理の遅れやスパンのずれを込みでシミュレーションを行うという点において(cf.木村英紀(2002)『制御工学の考え方―産業革命は「制御」からはじまった』)。理論とはシミュレーションであるが、遅れやずれを勘定に入れるものは少ない。
・遅れやずれを無視せず、相手もしくは対象へのフィードフォワード(「あいつはこう動くに違いない」という予想や期待)として集約する。そして、相手、対象からのフィードフォワードをフィードバックする(「『あいつはこう動くに違いない』と考えているに違いない」)のが、牽制であり制御。この牽制、制御を、1人でやるとダブルバインドになる。牽制、制御が進むためには、もう1人がいなければならない。――闘争という、コミュニケーションのモデルとはそういうこと。





・生物学にはデータサイエンスとしての側面が常にある。ビッグデータが具体的に扱えるようになるよりずっと以前、19世紀から、生物学は数多くのアマチュアが趣味で採取してくれたデータに立脚してきた。例えば、150年以上、その年に初めてカエルの鳴き声を聞いた日を記録し続けている家系がある。
・ちなみにカエルの鳴き声を記録しているのはイギリスの一家(大英帝国の博物学伝統!)。一方、日本では1930年代からアマチュアの自然観察が、都市の文化として普及を始める。「日本野鳥の会」の設立は1934年。会員の約60%が東京府民だった。博物学の担い手は常に“ええとこの人”。
・悪い言い方をすれば、博物趣味でいろいろデータを集めてくれるアマチュアは、プロの生物学者にとって“インフラ”。でも、例えば牧野富太郎、中西悟堂、野尻抱影といく野外観察ツアーみたいなものも組まれていたらしいから、プロアマ双方にとって良い関係だった模様。
・ところで、「データから導き出される結論ではなく、データ採取そのものに魅せられる」ということは、少なからずある。その傾向は生物学者に顕著とはいわないまでも、生物学が博物学をルーツに持つことを感じ入らせる熱情をもって、とにかくデータを集める人がいる。宮沢賢治も、その1人。
・宮沢賢治の心象スケッチ集『春と修羅』(1924)に収録されている作品には、すべて制作年月日が付記されている。賢治はそれらを、データと見なしていたから。何のデータかといえば、「私がこれから、何とか完成したいと思って居ります、或る心理学的な仕事」(書簡200 森佐一宛)のため。
・『春と修羅』が、「歴史や宗教の位置を全く変換」(前掲書簡)する仕事の土台となることを確信していた賢治は、彼が肥料の配合を担当した稲が大嵐ですべてなぎ倒されるという出来事が起こるまで、データとしての日付入り心象スケッチを書き留め続ける(日付のない「野の師父」はその過渡期的作品)。
・自分も含めて、人がなぜデータを採り続けることに熱中するかといえば、そのデータを結び合わせることで、いまは想像もつかない世界の姿が垣間見えるのではないか、という根拠のない期待があるからで、その期待の裏には〈データの統合・処理を行うことができる中枢としての私〉が強く措定されている。
・でも、賢治が大嵐の夜を境に心象スケッチに日付を付さなくなったことが示すように、〈私〉は〈データの統合・処理を行える〉ほど強い存在ではない。むしろ〈データの統合・処理を行う〉のは処理対象であったはずの私の外部。世界を心がスケッチするのではなく、心を世界の側がスケッチすること。
・賢治は、37歳で亡くなる前に「これからは植物のようなエロのことを書きたい」と語っていた、という証言がある。彼はエリスの『性の心理』を熟読していたから(cf.http://www.konan-wu.ac.jp/~nobutoki/papes/kenjiellis.html…)、エロはわかるとして、植物のようにとは何か。仮説:処理に中枢をおかないこと。
・動物は個体ごとに情報(データ)処理のための神経中枢を持つが、植物体に神経系はない。植物体とは処理機能の塊のようなもので、処理という側面から見れば、個体間の区別は動物よりずっと緩い。周囲の環境が不適と処理されれば、フィトンチッドや蒸散作用など、森単位で周囲の環境を変えてしまう。
・しかし植物ではない賢治は、どのようなデータ処理の形を模索していたのか。…ここからは事例が自分の夢の記録へと移るけれど、自分も夢をデータとして採っている、という感覚がある。しかし、夢をどのように数えるか、というデータとしての根本的なところが曖昧。いまは覚醒を単位としているけれど。
・データは、それが何のためのデータなのか、という使用目的と不可分で、だから使用目的をがちっと固めればデータをきれいに整理することも可能なのだろうけれど、そこには先述の〈データの統合・処理を行える中枢としての私〉が前提となっている。だから、目的を決めてそこに揃えていくのではなく、
・「〈データの統合・処理を行う方法〉へのアクセシビリティを保つために、データを採る」という、見方によっては倒錯的なことをしている。当然、正しい1つの〈データの統合・処理を行う方法〉があるわけではなく、〈方法〉は不変不動のものでもない。探査針でとったデータを探査針として打つ。
・それは、それが何のためのデータなのかよくわからないままとにかくデータを採ることに魅惑されるアマチュア博物学者(あるいは天文学者)の手つきに近い。分散した処理系のパスを開くためにデータを採り続ける。データ採取に終わりはない。一度使えたパスが次に使える保証はどこにもないから。
by warabannshi | 2016-01-19 08:53 | メモ | Comments(0)
祖田修(2000)『農学原論』岩波書店
【目次】
はしがき

第1章 農学原論とは何か
 1 農学原論の系譜と課題
 2 哲学としての農学原論
 3 本書の視点―「場」の農学」

第2章 農業における人間と自然
 1 農業の成立
  1)狩猟・採集・漁労段階
  2)農耕の起源と伝統
 2 農業における人間と自然の関係
  1)家畜と作物―相互依存的共生関係
  2)害獣と雑草―相互排除的競争関係
  3)野生(一般)動植物―棲み分け的共存関係
 3 近代の農業・農学における人間と自然
  1)農業の工業化と生命・環境問題
  2)人間と家畜・作物
  3)農業生産と害獣・雑草
 4 ディープ・エコロジーの自然観
  1)「動植物の権利」の思想
  2)動物の愛護と動物福祉の思想
 5 「形成均衡」の世界と農学の再構築

第3章 現代農学の展開と価値目標
 1 科学の発展と価値
  1)近代科学の成果と限界
  2)科学の専門分化と社会的責任
  3)科学における「価値自由」
 2 農業・農学をめぐる価値とは何か
 3 農学の価値目標―戦後日本社会および農業・農学の展開
  1)「生産の農学」と経済価値
  2)「生命と環境の農学」と生態環境価値
  3)「生活の農学・社会農学」と生活価値
  4)「場の農学」と総合的価値
 4 地域という場

第4章 農林水産業と経済
 1 市場原理と戦後の世界経済
  1)ケインズ経済学と高度成長の思想
  2)比較優位性の原理に基づく国際分業論
 2 「市場の失敗」と「政府の失敗」―資本主義と社会主義
  1)先進資本主義国における高度経済成長
  2)高度経済成長と諸問題の噴出
  3)社会主義国における「政府の失敗」
  4)経済学の課題
 3 市場原理と農林水産業の特質
  1)「農林水産業の特質」論の展開
  2)技術的・経営学特質
  3)多元的価値産業としての特質
  4)地域的特質
 4 世界経済の動向と農業経済
  1)「小さな政府」論と規制緩和潮流
  2)市場原理とその修正―ドイツの「社会的市場経済論」の意義
 5 農業技術と農業経済学の方向

第5章 農林業と生態環境
 1 農林業を規定する生態環境
 2 「人口爆発」と食料・農業
 3 地球環境の悪化と農業
 4 農林業の果たすプラスの役割
  1)生態環境保全の役割
  2)食料自給率の問題
 5 農林業と生態環境をめぐる課題
  1)開発と環境をめぐる3つの立場
  2)新たな自然観・倫理観の確立
  3)持続的農業形成の条件

第6章 農業・農村と生活
 1 農村社会と家族農業経営
  1)農村集落の構造
  2)農村集落の協同性
  3)集落内農地の経済的性格
  4)家族と家の重要性
  5)家族農業経営の目標
 2 生活から見た農業と農村
  1)農作業の総合的人間性
  2)農村生活と文化活動
  3)製造・再編される生の場
 3 農村生活の展望―開放性地緑社会

第7章 持続的農村地域の形成―総合的価値の追求
 1 地域概念の検討
 2 トータルな「生の場」としての農村地域
  1)「生産(経済)の場」としての農村地域
  2)「生態環境の場」としての農村地域
  3)「生活の場」としての農村地域
 3 新たな場の形成―地域における総合価値の追求

第8章 都市と農村の結合
 1 都市・農村論の系譜
 2 ヨーロッパにおける都市・農村結合の思想
  1)田園都市論
  2)都市分散配置論
  3)都市・農村結合政策論
  4)農村間の格差是正と均衡
  5)EU空間整備政策の成立
 3 日本における都市・農村関係の現実と可能性
  1)単一核集中型空間の形成と問題
  2)新たな都市・農村関係の具体化

第9章 農業技術の革新と普及
 1 内発的発展過程と農業者の行為
 2 農業者の行為類型とその意味
  1)先駆的行為(先駆者)の意味
  2)採択的行為(採択者)の意味
  3)適応的行為(適応者)の意味
 3 農業者の行為類型と農業・農村発展の総過程
 4 農業・農村の発展と農学・農政の役割

第10章 農学の特質と研究方法および体系
 1 自然についての科学と研究方法
  1)近代科学の成立
  2)自然科学の特質
  3)自然科学における実験の意義
 2 人間についての科学と研究方法
  1)機械的自然観の普及と人間科学の自立
  2)人間科学の成立と特質
  3)人間科学における「理解と解釈」の意義
  4)理念型と比較
  5)学の哲学と生の哲学
 3 科学方法論の分化と統合
  1)科学方法論の対極化と「過渡地点」
  2)科学方法論の二元性克服をめぐる議論
 4 自然と人間の関係についての科学よ研究方法
  1)実際科学の領域と特質
  2)実際科学における「構想力」の意義
  3)実際科学の研究方法
 5 農学の特質
  1)現代農学の価値目標―価値追求の学としての農学
  2)生命の学としての農学
  3)地域の学としての農学
  4)統合の学としての農学
 6 農学の研究方法の多元性・統合性
  1)農学における自然科学的研究の方法―説明の類推
  2)農学における人間科学的研究の方法―理解と解釈
  3)農学における実際科学的研究の方法―構想
 7 動態的過程としての農学の研究方法
  1)農学研究方法の動態的過程―複雑性と需要統合的方法
  2)農学研究方法の諸段階と意味
 8 現代農学の体系
 9 結び

終章 要約と展望
by warabannshi | 2015-12-23 19:54 | メモ | Comments(0)
佐藤仁(2011)『 「持たざる国」の資源論—持続可能な国土をめぐるもう一つの知』東京大学出版会
【目次】
はじめに
序章: 資源問題とは何か
第1章: 資源と富源 — その始まりと日本近代
 1. 変わる「資源」の意味
 2. 概念規定をめぐる過去の努力
 3. 資源より前にあった言葉
 4. 印刷物を用いた語源の探求
 5. 誰が好んで「資源」を用いたか
 6. 資源保全のアイデアと国際交流
 7. モノとしての資源観の形成
第2章: 国家的課題としての資源 — 戦前の動員と戦後の民主化
 1. 有限性の認識
 2. 松井春生と資源政策
 3. 敗戦と米国流民主主義の流入
 4. TVAを日本に持ち込むことはできるか
 5. 日本の資源と民主主義
第3章: 資源調査会という実験 — 中進国日本の試み
 1. 断片化する資源
 2. 資源調査会の挑戦
 3. 未完の総合
第4章: 「持たざる国」の資源放棄 — 国際社会と経済自立への道
 1. 戦前の国際情勢と資源
 2. 戦後資源外交の論点
 3. 資源放棄への道
 4. 想定される反論と「もう一つの知」
第5章: 資源論の離陸(テイク・オフ) — 高度経済成長と地理学者らの挑戦
 1. 学問対象としての資源
 2. 資源論の胎動
 3. 戦後資源論の出発 — 資源調査会関係者を中心に
 4. 資源論の共通項
 5. 日本的資源論の特性
 6. 資源論の将来と展望
終章: 可能性としての資源
 1. 資源論と批判的精神
 2. 資源論は何の役に立つのか
 3. 民主主義と資源の関係
 4. 日本の経験の国際的な意義
あとがき
参考文献(邦文、欧文)
索引
by warabannshi | 2015-12-23 19:41 | メモ | Comments(0)
論文作成のために、その5:アブストラクトを作る
だいたいこんなところだろう。


 本論文は、土壌資源の扱われ方が約30年の間に食料生産の基盤から生態系サービスの基盤へと推移しつつあることをふまえ、土壌と農業をめぐる政策に実践的かつ倫理的な提言をすることを目的とした。
国際土壌年にあたる2015年、「世界土壌憲章」が34年ぶりに改訂された。旧版では食料増産という方針が明確であったが、新版ではその必要が相対的に薄れ、各種生態系サービスの維持と地域の特性にあわせた土壌保全が重視されている。日本の土壌劣化は深刻なレベルではない。しかし、セクショナリズムのもとで、土壌資源が賢明に利用されていとは言い難い状況にある。
 明治以降の日本の土壌管理政策は、食料供給だけでなく、炭素吸着などのより多様な使用価値を土壌に見出す方向に推移していることがわかる。1970年代以降は、農業倫理においても、食料供給を越えて地域のより良い生活を維持する営みとして農業が期待されるようになった。これらをまとめると、日本における土壌資源の「賢明な利用」のためには、食料供給に留まらない多様な機能を担いうる、それ自体としては未確定なものとして、土壌資源を位置づける必要がある。そのうえで、地域の実情にあわせて新しく土壌の使い道を発見できるようにしなければならない。
 なお、「賢明な利用」といえばアメリカの土壌保全が連想されるだろう。しかし日本とアメリカの土壌管理方針は同じものではありえない。確かに、戦後日本の土壌管理政策はGHQを通してNRCSの影響を受けている。しかし、日本は国土面積をアメリカの1/26しか持たず、ダストボウルのような大規模な人災の経験を持たず、そして穀物戦略を持たない。
 目下、必要と考えられるのは、セクショナリズムを緩和し、土壌の賢明な利用のためのデータ収集と情報システムの整備と人材育成を促進する基本法の制定である。土壌は重要かつ有限な天然資源であるにもかかわらず、森林や水と比べて相対的に十分な注意を払われていない。そのため、インベントリーの更新も人材育成も十分になされていない。本論文が、人と土壌の新しい関係を可能にする倫理的研究につながれば幸いである。

This paper is intended to be a practical and ethical recommendation to policies surrounding soil and agriculture. It addresses how soil resources are in the process of transitioning from the base for food production to the base for ecosystem services in the past roughly thirty years.
The World Soil Charter was amended for the first time in 34 years at International Year of Soils 2015. In the previous edition, policies on food production were obvious; however, in the new version, that necessity has relatively faded while importance has been placed on the preservation of several sorts of ecosystem services and soil conservation based on regional characteristics. Japanese soil degradation is not at a serious level. However under sectionalism, it is hard to say that soil resources are being used wisely.
Since the Meiji era, it can be seen that Japanese soil management policy continues to transition towards the use value of not only food supply but also the carbon adsorption of soil, among other things. Since the 1970s, agricultural ethics state agriculture is expected to go beyond thinking only about food supply by pursuing a better life in the region. In summary, "wise use" of soil resources in Japan can play a variety of functions that do not belong to food supply. As that itself is still undetermined, the position of soil resources need to be determined. Furthermore, the use of new soil needs to be discovered based on regional conditions.
It should be noted that "wise use" of the United States' soil conservation is associative. However, it is impossible for soil management policy in Japan to be the same as in the United States. It is true that soil management policy in post-war Japan has been affected by the NRCS through the GHQ; however Japan is 1/26 the land size of the United States with no experience of large-scale man-made disasters of soil, such as the Dust Bowl, and strategic grain trade.
Currently needed is the mitigation of sectionalism, the enactment of the Basic Act to promote development, human resource development of data collection, and information systems for the "wise use" of soil. Even though soil is an important and finite natural resources, we do not have to pay as much attention to it as compared to forests and water. Therefore, inventory updates and human resource development has not been fully realized. It is hoped that this paper will contribute to a better understanding of a new relationship between people and soil.
by warabannshi | 2015-11-19 08:05 | メモ | Comments(0)
論文作成のために、その4:メモをはめこむ⑤
3.アメリカと日本の間の土壌問題の扱われ方の相違点
 3-2. 戦後の日本の資源論、農業倫理の変遷
 ―食料増産の必要性が明確だったころの農業倫理 (204)
 
Sukekata Kashiwa, the founder of the Kyoto Univ “Philosophy of Agricultural Science” chair from 1952 to 1971 defined agriculture as “human activities intended to realize higher economic value by rearing and raising crops and livestock that have vital lives, which are thus intentional activities”(Kashiwa,1987,150). Thus Kashiwa locates the realization of economic values at the core of his theory. Soda (2006) says his standpoint would rather accurately reflect the expected role of agricultural science at that time.
However, Kashiwa notes that the character of agriculture as an industry is different from the manufacturing industry in several aspects. For example, activities of agriculture need a seasonal work and must obey biological cycles that crops and livestock intrinsically involve. For that reason, the farm working is difficult to be organized formally and rationally. (Kashiwa, 1987, 261) An interesting points from the view of soil ethical is that Kashiwa designed a new term “syokubun (occupational duty)”, which indicates the future relationship between humans and land ownership (Kashiwa, 1987, 303). He insists that landownership should become a duty which to play a social-role and to feed a social-needs. He named such kind of the landowner’s sense of responsibility as "syokubun". It concerns an ethical standard of for farmland owners.

 ―食料増産の必要性がそれほどでなくなった時代の農業倫理 (269)
Keiichi Sakamoto held the KU Agri-chair from 1971 to 1989. Soda named the basic idea of Sakamoto’s concept 'agricultural science of life'. (Soda,2006,45). This is named by a comparison with Kashiwa’s philosophical system 'agricultural science of production' (Soda,2006,39).
Sakamoto tried to establish a system of values for the restoration of agriculture in opposition to the system of the industrialized society. He defines that agriculture is self-directed and intentional human activity, that serves to acquire the materials and information inevitable necessary for to the conservation, contentment, and flowering of the human life.(Sakamoto,1994,82) It's also agricultural science is the systematic accumulation of scientific knowledge and empirical skills which aims to realize human life.
Soda insists Sakamoto’s core concept of “life” could be extended to an ethical standard for those engaged in all fields agricultural production.(212) Soda was a chairman of the Rural Society Section in the governmental committee discussing the problems of food, agriculture,and rural areas. The discussion established The Basic Act of Food, Agriculture & Rural Areas in 1999, which is the first basic act of post-productivist era.
Tachikawa (2005) note Jap rural society changed from the state characteristic of the productivist era to the post-productivist era in 1990s. For example, Akitsu (2010) says, the first policy of agri-tourism, which has been called Green Tourism in Japanese administrative terms, was introduced in 1992 by the Ministry of Agriculture, Forestry and Fisheries.
Concerning to the viewpoint of the consumer gaze, the first magazine that guides readers into the rural life started in 1987, and the TV programs positively representing to represent the rural life affirmatively increased in the late of 90s.

 3-3. アメリカの土壌保全との相違点―ダストボウル、穀物戦略 (330)
This contrast may strongly reflect the differences of the industrial significance of agriculture between the two countries: the US is food exporting country and Japan is food importing country.Japan is the highest of agricultural net import value country in the world. The US is the world's largest agricultural exporter. And for the US, agricultural product have been one of the important strategic goods. Japan never have statements of the "productionism" in agriculture (exclude in early Edo era.)
Statements of the productionist norm must be found in slogans or aphorisms, such as Earl Butz's injunctions to “plant fencerow to fencerow,” and to "get big or get out." As Secretary of Agriculture under President Richard Nixon, Butz served during a time in which agricultural technology had expanded the productive capacity of American farmers to such an extent that it was possible for many to think that the American grain belt would “feed the world.”Butz saw the population of the developing world as a ready market for US grain, and in advocating the expansion of US productive capacity to supply these hungry mouths he became an icon for the productionist world view.
Thompson, 1994, 48

Tmp (1994) notes “productionism” held that farming was a production platform that should be evaluated in terms of fecundity and total yield. Many North American farm producers and agricultural scientist were putting forward arguments for “feeding the world” that stressed the need for new seed varieties and chemical technologies for increasing the total output of world agriculture. These arguments are complemented by Christian theological tradition which celebrate the virtue of industrious self-reliance, as well as a that endorsed the inherent goodness of highly prolific or fertile farming (The doctrine of grace), and The myth of the garden. These traditional background does not have been shared in Japan. And the national area of ​​the US is about 25 times that of Japan. Therefore, it is difficult to think that American agriculture ethics was established in Japan through soil management.
by warabannshi | 2015-11-17 19:48 | メモ | Comments(0)
論文作成のために、その4:メモをはめこむ④
注釈などで用いるための戦後日本史のトピック諸々。
※ 合わせて431語、これくらいが妥当。

食糧難の1945-1950's
Japan experienced a serious food shortage after World War Ⅱ, so agriculture were expected to play an important role of supplying food. In 1950, 72% of the population still lived in rural areas and in 1952 almost half of Japan's population was working in the fields. In 1955, marked the beginning of "high speed growth", 41% of Japan's labor force was working on farms. At the same time 9% in the U.S.
In 1960, P.M Ikeda Hayato adopted as an official policy his "Income-Doubling Plan." It purposed to double both GNP and personal income by 1970. In 1961, The Basic Law on Agriculture established regarded agriculture genuinely as an industry. The policies based on the "Income-Doubling Plan" would strive to enhance the efficiency of agricultural production and, as the result of it, the farm income. In this period, farming communities were considerably behind the urban communities in living standards.
The importance of agriculture to the Japanese economy has rapidly diminished in Japan with economic growth.(166)

公害の1960's-1970's
During the late 1960s and 1970s, residents faced Industrial Pollution (Kogai) in virtually every neighborhood of the nation. While the government supported industry for strengthening the national economy, they disregarded the negative side, the impact of pollution. With few restrictions imposed by the government, businesses disposed of wastes by incinerating it or dumping it into waterways. In 1967 the Diet passed the comprehensive Pollution Countermeasures Basic Law, which became the base for a lot of lawsuits against pollution. "The Complex Contamination" (Fukugō osen), written by a Japanese novelist Sawako Ariyoshi in 1975 described result synergistic pollution.(96)

三位一体改革の2004-2006
In 2004, P.M Junichiro Koizumi decided a transfer of power from the central government to local governments. This transfer would be accompanied by a transfer of tax revenue to the local decision-making bodies, and major reduction of subsidies. Giving the local governments more autonomy would have two positive impacts: First, it would reduce the expenditures of the central government. Second, it would allow the local governments freedom to decide how tax revenues ought to be spent. The negative impact is that such a transfer would place the burden for providing public services on the local government. The decentralization policy, so-called "the trinity reform (sanmi ittai no kaikaku)", being carried out through 2006. (112)

農業人口の推移と土地利用の割合
The percentage of the population engaged in agriculture in Japan has been 38% of the workforce in 1972, and by 2002, about 2% of the Japanese workers were still working in the fields. The percentage of GDP accounted for by agricultural production about 1% in
2002. About 13% of the total land area is used for agriculture.(57)
by warabannshi | 2015-11-16 00:34 | メモ | Comments(0)
論文作成のために、その3:メモを並べ替える
▼文字数のアタリをつける
 過去テキストとメモ書きを全部合わせると、言及の重複も合わせて規定の4500字を超えるようになった(*)ので、構成を考える。ざっくりと、500字 + 300字 + 2500字 (←400字+700字×3) + 1200字 の4段階を仮設。

(*)今回はA4サイズ、ダブルスペースで20行くらい。脚注と参考文献も同様。枚数は、18~30枚。4500語前後の規模。使える分量は概算で、「現状認識と問題提起」に5枚(1300語)、「仮説の提示」に2枚弱(450語)、「仮説の論証」に9枚(2250語)、「結論と展望」に2枚弱(450語)。
 英語で4500語くらいというと、日本語だと6000字くらいで、つまりは原稿用紙20枚くらいの規模であり、A4版だと5枚前後。それくらいの本文に、脚注と参考文献をつけるということは、脚注は多くても10個前後。参考文献の数は細かいのを含めて10~20本くらい。

▼内容のアタリをつける
 内容はひとまずこんな感じ。
1. 世界の土壌劣化状況は○○で対策は××。日本の土壌劣化状況は○○で対策は××。
2. 土壌という天然資源の「賢明な利用」のためには省庁横断的な基本法の策定が望まれる。
3. 土壌保全の日米比較
4. 土壌の使い道を考える思想的基盤として風土論を紹介。

    ↓付記:1時間後に書き直したバージョン
1.世界の環境/農業における土壌問題の現状
2.日本における土壌管理の政策の課題と提言
3.アメリカと日本の間の土壌問題の扱われ方の相違点
 3-1. 戦後の日本の土壌保全調査事業の変遷
 3-2. 戦後の日本の資源論、農業倫理の変遷
 3-3. アメリカの土壌保全との相違点―ダストボウル、穀物戦略
4.日本における土壌管理の政策・実践への倫理的提言


▼どこにどのメモが入るかのアタリをつける
 懸案は、「3. そもそも日本の土壌保全はこう進められてきた」の資料が日本語ばかりで英語に訳しきれるかということと、どれくらい注釈を入れることになるか検討がつかないこと(三位一体の改革とかどこから説明すればいいのか)。少しは英語資料のあるアメリカとの比較にして凌ぐか迷う。

 「1. 世界の土壌劣化状況は○○で対策は××」の対策では、リオ+21と、GSPの5つのピラーと、改訂版世界土壌憲章(http://soil-survey-inventory-forum.net/?page_id=48)を入れる。ポイントは「食料増産のための土壌保全」から「農業以外の場面でも土壌管理が必要」という推移。「1. 日本の土壌劣化状況は○○で対策は××」の対策では、国内法の整備の必要性を述べる。各省管轄の制度において土壌の扱われ方は異なることと、それにより保全活動の断片化が生じうること。包括的な土壌保全基本法の制定の必要性。
 劣化状況は詳述する紙幅がないので参考文献をあげるに留める。

 「2. 土壌という天然資源の〈賢明な利用〉のためには省庁横断的な基本法の策定が望まれる」では、日本の土壌保全が EU寄りというよりアメリカ寄りであることを指摘。"conservation as wise use of natural resources"。では両国で何が違うのか?

 「3.土壌保全の日米比較」にした方が良いな。最初の400字で、日本の資源論がアメリカのTVA(テネシー川流域開発公社)から大きな影響を受けたことを紹介。『〈持たざる国〉の資源論』から。
3-1. 明治以降の日本の土壌保全調査事業の変遷(戦後を中心に)
3-2. 明治以降の日本の土壌保全のそれぞれの段階はどのような“倫理”に基づいていたか?(資源論、農業倫理から考える。統合を目指した50年代と、省庁分割)
3-3. これらをアメリカと比較したときに何が言えるか?

 3-1,2と3-3の流れがいまいち良くない気がする。しかし、アメリカのダストボウル経験や他産業と密接に結び付いた穀物戦略を背景とするsoil conservationと、日本の(さらには東南アジア諸国の)土壌保全戦略を、簡単に一緒に論じることはできないとはどこかで言っておきたい。

 「4. 土壌の使い道を考える思想的基盤として風土論を紹介」が、単に「ローカリティって重要だよね☆」ではなく、時代の要請(生態系サービスという概念に基づいた統合への傾向)と、地理的・歴史的条件(狭い国土、万事にわりと儀礼的な"国民性")をふままえてなされるものだと強調できれば良し。

    ↓付記:「1時間後に書き直したバージョン」に組み入れる

1.世界の環境/農業における土壌問題の現状(1200)
- 土壌が重要かつ有限な天然資源であるにもかかわらず十分な注目・国際的対処がなされていない
- Earth Summit,1992、Rio+20,2012、GSPの5つのピラーの紹介
- 新旧世界土壌憲章の比較
2.日本における土壌管理の政策の課題と提言 (400)
- 省庁横断的な基本法の策定が望まれる
3.アメリカと日本の間の土壌問題の扱われ方の相違点
 3-1. 戦後の日本の土壌保全調査事業の変遷
(800)
 - 食料増産の必要が明確だった時代の土壌保全
 - 食料増産の必要が薄れた時代の土壌保全
 3-2. 戦後の日本の資源論、農業倫理の変遷 (800)
 - 資源の活用の統合をめざした1950年代
 - 潜在性に対する評価
 3-3. アメリカの土壌保全との相違点―ダストボウル、穀物戦略 (800)
 - ダストボウルから生まれたNRCS
 - 生産至上主義と穀物戦略
4.日本における土壌管理の政策・実践への倫理的提言 (400)
- 潜在的なものの「賢明な利用」のために土壌調査を行うこと

    ↓付記:さらに書き直す

1.世界の環境/農業における土壌問題の現状(1200)
- 土壌が重要かつ有限な天然資源であるにもかかわらず十分な注目・国際的対処がなされていない
- Earth Summit,1992、Rio+20,2012、GSPの5つのピラーの紹介
- 新旧世界土壌憲章の比較:食料増産が明確であった時代と、その必要が相対的に薄れた時代
2.日本における土壌管理の政策の課題と提言 (400)
- 省庁横断的な基本法の策定が望まれる
3.アメリカと日本の間の土壌問題の扱われ方の相違点
 3-1. 戦後の日本の土壌保全調査事業の変遷
(800)
 - 食料増産の必要が明確だった時代の土壌管理
 - 食料増産の必要が薄れた時代の土壌管理
 3-2. 戦後の日本の資源論、農業倫理の変遷 (800)
 - 食料増産の必要が明確だった時代の農業倫理
 - 食料増産の必要が薄れた時代の農業倫理
 3-3. アメリカの土壌保全との相違点―ダストボウル、穀物戦略 (800)
 - ダストボウルから生まれたNRCS
 - 生産至上主義と穀物戦略
4.日本における土壌管理の政策・実践への倫理的提言 (400)
- GSPの5つのピラーの実現のために
- 潜在的なものの「賢明な利用」のために土壌調査を行うこと
by warabannshi | 2015-11-14 19:44 | メモ | Comments(0)
論文作成のために、その2:メモをとる
 メモのカテゴリーは機略、以下の通り。
① What?: 論文中で用いる語句の定義+現状
② Who?: 参照する人、著作、団体
③ Why?: 「なぜそれが問題なのか?」、避けなくてはならない事態
④ When?: 問題の歴史的経緯
⑤ Where?: 問題の地理的状況
⑥ How?: 問題への対策の提起


▼Soil:
Soil is one of the world's most important natural resources, play a central role in food security. Maintaining healthy soils are required for feeding the growing population and meeting their needs for biomass, fiber, fodder, and other products.
Soil provides ecosystem services including climate change adaptation and mitigation. Recycling of air, water, nutrients, and a number of natural cycle. "Despite these numerous emergent activities, soil resources are still seen as a second-tier priority". Global Soil Partnership says, "No international governance body exists that advocates for and coordinates initiatives to ensure that knowledge and recognition of soils are appropriately represented in global change dialogues and decision making processes."(*)

(*)Why a Global Soil Partnership?
http://www.fao.org/globalsoilpartnership/why-the-partnership/en/

▼Soil Conservation / Soil Protection:
The concept of Soil Conservation spread out in the United States of the 1930s: Dust Bowl age. A parched region of the Prairie, OK, AR, and TX, where a combination of drought and soil erosion created enormous dust storms in the 1930s. Some regions lost more than 75 percent of their top soil. The decade came to be known as the Dirty Thirties, and one of the worst disasters. Timothy Egan describes one of the dust storms:
A cloud ten thousand feet high from ground to top appeared…The sky lost its customary white, and it turned brownish then gray … Nobady knew what to call it. It was not a rain cloud … It was not a twister. It was thick like coarse animal hair; it was alive. People close to it described a feeling of being in a blizzard - a black blizzard.

On April 27, 1935 , Congress passed Public Law 74-461 -- the Soil Conservation Act. It recognized that "the wastage of soil and moisture resources on farm, grazing, and forest lands, is a menace to the national welfare." At the same time Soil Conservation Service (SCS) were established as a permanent agency in the USDA. In 1994, SCS's name was changed to the NRCS.
In a word, the United States takes the position of Conservation for the Soil. We can remember Gifford Pinchot - the father of conservation. "Conservation" of natural resources in the broad sense of wise use became a widely known concept and an accepted national goal since Pinchot. On the other hand , EU countries has made the policies in the concept of Soil Protection or Soil Preservation, instead of Soil Conservation. For example, in Grobal Soil Week (Germany led), the ESP is positioned to be a platform for promote crossborder soil protection in Europe.(*) As we know, The two views (conservation and preservation) have been at the center of many historical environmental debates, since the Hetch Hetchy water project(**).
Of course, soil preservationist don't against agriculture. However, it is conceivable that each region has different understanding of soil and human relations. Soil protection may focuses on the prevention of pollution damage: through legislation, financial controls, and permit procedures. Voluntary measures and increasing environmental (systematical) awareness are important for each concept.

(*)http://globalsoilweek.org/wp-content/uploads/2014/12/soilatlas2015_web_141221.pdf
(**)http://study.com/academy/lesson/conservationists-vs-preservationists-definition-differences.html

…とかなんとかいろいろメモしていく。
by warabannshi | 2015-11-14 02:28 | メモ | Comments(0)



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