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●【人間】よりもリアルな姿において――人の造りしモノ-《獣》 症例・荒川修作
 荒川修作、という、画家なのか建築家なのか、現代芸術家なのか哲学者なのかわからない、むしろそんな分類なんてどうでもいいと、その人を目の前にした途端に相手に直観させる人がいる。荒川修作と、共同制作者のマドリン・ギンズのオフィシャルサイトに行くと彼が「コーデノロジスト」を自称していることがわかるけれど、そんな呼称なんてやはりどうでもよくて、この半年あまりで荒川修作の講演を三回、聴くことができ、(彼はニューヨークに住んでいるから日本での講演はめったにない)、その三回とも講演の終わったあとに彼のあとについていき詳しく話を聞くことができたのだけれど、どちらも荒川修作から受けた印象はおなじで、つまり、「荒川修作は人間から逸脱している」。花巻でやっていた講演にいっしょに行った友人は、「(荒川修作と話していると)心がざわざわして落ち着かなくなる」と言っていたけれど、彼と話している時間には、間違いなく、快感を伴った戸惑いが附帯する。それは肉体への大きな負荷という形で表れ、うちの場合はハムストリングス(太股の裏側の筋肉)や増帽筋・広背筋(肩の背中側に広がっている筋肉)が、回数を重ねるに従ってだいぶ緩和されてきたけれど、前触れなしに痙攣をはじめる。
 それについて語る前に、まずオフィシャルサイトに行って彼の略歴を見てほしい。だいたい作品『ボトムレス(底なし)』以降から作品の形態が鑑賞を目的としたオブジェではなく、(もともと鑑賞を目的としたオブジェなんて彼は作っていなかったともいえるけれど)、人間が作品の内部に組み込まれて直接体感できる、ある種の巨大な装置へと移行している。岐阜にある養老天命反転地は、その代表的な装置の一つで、九月初めにそこに行ってきた。最初はその体験記を書こうと思っていたのだが(関係ないけれど、荒川修作は宮崎駿ともつながりがあって、映画『千と千尋の神隠し』は養老天命反転地に行って帰ってくることへのオマージュであるらしい)、書きあぐねているうちに結局、これはどう書いても嘘くさくなってしまうことがわかってしまった。というのも、「養老天命反転地の体験記を書くこと(=行為B)」が、「養老天命反転地を体験したこと(=行為A)」と矛盾をきたしてしまう(行為Aを行った場合、行為Bを行いえない)からで、つまり養老天命反転地とはそういう場所なのだ。わかってもらえるだろうか? 夢の内容をノートに書き出した経験がある人は、記述を進めていくに従って、記述内容が瞬く間に夢自体から遠ざかってしまうあの違和感を思い出してほしいのだけれど、「養老天命反転地の体験記を書く」という作業の不可能性はそれとほぼ同質のものだ。つまり、夢というものが記述を免れたもの、記述の外部にあるものであるように、荒川修作の作成した装置群は、(そして荒川修作という現象は)、体験者の使用する記述-述語の欠損をあからさまにし、揮発させる。彼の装置は、真に直接的な意味で、実践であり、行為である。そして、それは小説の輪郭とも重なる。つまり、表象、シニフィアン(=意味するもの)の線的なつながりを脳の言語的演算領域で処理する過程で、同時並列的に稼働する視覚・聴覚・触覚などの知覚処理領域、身体制御野において誤作動(荒川修作の言葉でいえばMISTAKE)を引き起こすこと。いくつかのことばの連続である私を、この私の意識を、あるいは私の人間性をそれぞれの場所で維持している思考-ルーティンに介入し、これを攪乱すること。
 読み手の人間性を剥奪する言語的装置を、悲観的-感傷的な調子をおぴた悲-喜劇としてではない形で構築すること。
 装置の体験者を【人間】へと変形(メタモルフォーゼ)する以前の姿。【人間】が《獣》と呼ぶその怪異で恐ろしく、愛しい姿。【人間】よりもリアルな姿へと引き戻すこと。
 荒川修作はそれを建築という、諸物と肉体を空間内でダイレクトに直結させる形式において執り行う。その空間では無意識、性的なもの、食-蝕をあらかじめ完全に排除することが可能であり、装置内部での言語はすべて「使用法」という、いかなる留保もない明晰な情報の伝達様式としてのみ存在が許されているが、散文の場合、「使用法」、あるいは指示代名詞(「あれ」「それ」など)のみで意味内容を展開することは、詩人のステファヌ・マラルメのように面状の形態を用いずに、あくまでも線上の形態を選択するならば不可能だ。ならばどうすればいいか? …………

 人間がだれしも共通に引き受けている外傷とは、一つは操作不能な自己の誕生、自己の存在であり、もう一つはことばを使うことができなかった時間、脳の機能が身体制御のみに適応していた時代の記憶だ。両者は水面のさざ波に反射する光のように、意識のなかで、立ち現れては消えていき、それ故昼の明るい陽差しの下では【人間】の声となることはない。しかし、私たちは誰もがその声を、【人間】のことばで聞いたことがある。
(なんでもいい、どこでもいい。自分の、他人の体の一器官――顔、指先、眼球、性器、肛門、臍、髪、頭皮、二の腕、耳、背中、口腔……を濃紺の薄闇のなかで疲れた目がとらえ、曖昧な意識のなかで知らず知らずのうちに異様なほどにそれを(一瞬、あるいは何千回も)凝視したとき、つまり、目から入る”それ”の姿の躍動が耳から入る言葉による統括、疲弊した意識を飛び越えて、筋肉と力、または胸腔を内側から突き破って背中に芽生えだすもう一対の腕となり、言葉を眼前の現実に従わせ、かつて、”それ”が一つの名で呼ばれたことがあるとは、まったく信じられなくなったとき、私は、あなたは、彼、彼女は、果たして【人間】の姿でそこにいるだろうか? あるいは、相手の体の一器官に当てられた手のひらの触感が教える自身と相手の微細な筋肉の構成と血液の流れ、拍動、骨髄の静けさは、【人間】とネコの差異を無限の分節のなかで消失させはしないだろうか? どうなのだろう?)
 私たちが【人間】よりもリアルな姿において再び生成されていくその瞬間、瞬間、瞬間。……それを表現する言葉を【人間】は持たない。最果てを知ることのない隠喩の冗長のみが、それに共振しうるだろう。
 幸いにも、荒川修作の三鷹天命反転住宅が一ヶ月五万円程度で借りられるようになるという話を先日聞いたので、【人間】が《獣》と呼ぶ姿になるための実験を装置の内部でくり返すことが可能となるだろう。彼が一ヶ月後にレバノンで設計する予定の「死なないための町」の完成が待たれる。
by warabannshi | 2006-09-15 23:53 | Comments(0)



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