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第258夜 「エゴン・シーレ」
 エゴン・シーレの作品・「考える人」。
 左腹を下にして横たわった姿勢から、左腕を伸ばしてそれを支えとして上半身を起こし、床につけた左手の五本の指々を見て、考えている、ものすごく血色の悪い青年。こめかみを左右から後頭部にむけてひっぱられたように、眼が細くなっている。
 考えている青年の、右腕の二頭筋は、ピストン状の機械(注射器のシリンダーのような)。
 MOLESKINE社製。
by warabannshi | 2009-06-30 01:33 | 夢日記 | Comments(0)
第257夜 「血管とは性感帯」*
 リサージュ曲線を垂直方向に立てたようなオブジェを背負っている。後光みたいに。
 オブジェは、じつは毛細血管で、背中から直接に生えている。
 合掌すると、y軸方向にオブジェがちょっとだけ伸びて、「そういう仕組みか」と納得する。
テロップ【血管とは性感帯】
 さっきから? 背骨が痛い。オブジェの重みによる痛みではない。
by warabannshi | 2009-06-26 23:45 | 夢日記 | Comments(0)
第256夜 「アフタヌーン掲載」
 雑誌『アフタヌーン』に掲載されているような、細いペンで描き込みがなされている偽英国風の世界を舞台にした漫画。大きめの一コマ一コマがイラストのような。
 まったく途中から、数ページを読む。

 登場人物は、遺産相続に巻きこまれているらしい、十歳くらいの兄妹。
 兄は頭が足りなくて、美形。自分のことを“時計”だと思い込んでいるため、しゃべらない。ハロウィンの仮装に使うような布のかぶりものを被るのが好き。
 妹は勝ち気な性格で、体中に剛毛の生えた狼女。口吻もあるが、人語をしゃべる。
 二人をバックアップするのは三十歳前後の乳母。

【途中の1ページ目】
 屋敷の一室に閉じこめられている、三人。
 妹は大声をあげて扉を蹴りまくっている。もちろん扉はびくともしない。
 スカートのなかが見えるサービスカット。
乳母:「じつはわたくしも“時計”なのです」
兄:「……?」
【途中の2ページ目】
乳母:「ですから、わたくしの言葉を、すべてお預けいたします。」
 そう言いながら、乳母は、暗室のなかを手探りしながら、秘密の脱出路の出入り口をあける。
兄:「……」
乳母:「彼らをごまかすために、***(兄の名前)様は、これからはわたくしの言葉でお話しください」
【途中の3ページ目】
 妹が扉から駆け戻ってきて、
妹:「ねえ、逃げるの? 逃げるの? シーニュ(乳母の名前)は?」
 乳母、ハロウィンの仮装に使うような布のかぶりものを被り、ベッドに入る。
乳母:「わたくしは後々からまいります。***様、どうぞお先に」
兄:「……さあ行きましょう」
【途中の4ページ目】
 兄妹のいなくなった暗室、そのベッドで、遺産相続権のある兄のふりをしている乳母。
 小窓から、見回りが部屋のなかをうかがうが、うまくだませる。


 続きは不明。題名も不明。
by warabannshi | 2009-06-24 07:34 | 夢日記 | Comments(0)
第255夜 「[美術]=犬、そして[生物・地学]=オタマジャクシ」
 奥多摩のほう? 檜原村あたり? とにかく、ある程度、昆虫の多様性が保たれているくらいの山奥に、自然学校がある。小学校から高校までの学年に対応しているが、いわゆるフリースクールではなく、進学率の高い名門校としてよく知られている。生徒数は全て足しても百人くらい。
 そこに、どういうわけか私は転校する。たぶん小学校の五、六年として。

 最初の授業は[美術]。美術室。
 にぎりこぶし大の粘土でなにか作れ。
 という自由課題を、二十代半ばの男性教師が出す。
 転校したてなので良いところを見せようと思って、粘土をこねだすと、ルネ・マグリットの絵のような不穏な幻覚がちかちかとまたたきはじめる。

【麻薬入り粘土をこねたときに見た幻覚…】
 ゲームのような青空と雲、そしてだだっ広い芝生の上に、幾何学的な規則をもってならされているような道。その道の上にいつの間にか一人で立っている。
 ものすごく明確な世界。
 サングラスをかけた、人間ほどの白い犬が、どこからか走ってくる。
 白い犬のかけているサングラスはふつうのそれではなく、エメラルドグリーンで、スキーゴーグルのような、右目と左目のあいだもつながっているやつ。
 しばらく白い犬と一緒に連れだって歩く。
 しかし、「妊娠線をなめてみたい」、「プラトークラコー(違法風俗店のこと)に行ってしまいたい」とかなんとか卑猥なことを白い犬が言いつづけるので、思いきって犬の首をしめる。 
 両手でかかげるようにして犬の首をしめながら、犬が首輪をしていることに気づく。
 首輪にはなにかが書いてある。白い犬は大人しいながらもなかなか絶命しないので、両手をはなせず、首輪に書いてある字が読めない。


 次の時間なのか、それとも次の次の時間なのか、[生物・地学]の授業。
 四人の班で、学校の周辺の植生図や、昆虫の分布などをしらべてくるように、とのこと。
 太宰治と一緒の班になったので、(これは荒れそうだ…)と思いきや、彼はずいぶんローテンションなので、静かに実習ができる。
「腐りかかってぼろぼろになった小屋が近くにあるんだけど、夜になったらそこにライトを持ち込んで、蛾とか蜘蛛とか、集めたらどうかな」
 小坊主みたいな男の子が言う。
 宇宙服を着ないと、そのライトの近くに寄るのは嫌だ。
 ふと見ると、手のひらサイズのオタマジャクシが、ちゅぱちゅぱいいながら壁をのぼっている。
 こんなところにいたら干涸らびてしまう、とおもい、私の手にのせる。
「にぎっちゃだめだよ! 両生類は、人間の体温でですら火傷するんだから!」
 知っている。
 窓の外に放り投げるだけだ、外は雨だし、大丈夫だろう。
 窓をあけて、オタマジャクシをぽいっと放り出したあとで、いつの間にかここが四十階建てくらいのホテルの一室であることに気がつく。
 オタマジャクシが墜落死したかすかな音が、雨音に混ざって、聞こえる。
by warabannshi | 2009-06-22 10:32 | 夢日記 | Comments(0)
【お知らせ】日本ラカン協会第7回ワークショップ 詳細
日本ラカン協会第7回ワークショップ
会場:専修大学神田校舎 7号館 3階の731教室
http://www.senshu-u.ac.jp/univguide/campus_info/kanda_campus/kanda_camap.html
日時:2009 年6 月28 日(日)
時間:14:00-18:00
※参加費:無料
※使用言語:日本語

問い合わせ先:日本ラカン協会事務局
〒101-8425 東京都千代田区神田神保町3-8
専修大学 神田校舎908 伊吹研究室
E- mail:sljsecretariat@netscape.net


●イベントとしての美術作品の関係におけるアート・キュレーティングと批評
 ジョルジュ・ディディ=ユベルマンとジャック・ラカンの幾つかの
 「キュレーティング上の注目」を基にして

発表者:ロディオン・トロフィムチェンコ
     (武蔵野美術大学博士課程美術理論領域/フリー・キュレータ)

 キュレータのこんな発想をよく耳にする。つまり、「作品を単に置くのではなく、イベントも企画する」という発言に要約されるような考えである。関連イベントによって観客の人数を増やすという意図と「『単なる作品』だけでは不十分だ」という不安を別にしても、上に示した表現は、このようなキュレータ上のディスクールにおいて作品自体がイベントとして受け取られていないということは明らかである。本発表はこのようなキュレータの考えに対するリアクションとして呈示されうる。
  症状、偶然性、イベントとの関係を失せずに、美術作品を「作品との出会い」として提示するジョルジュ・ディディ=ユベルマンのいくつかの概念から始めよう。作品とはハプニング/出来事/事故/トラウマに形を与えるという作家の意図の表示であるなら、キュレータの仕事は「保護」(物質的/実証的な意味ではなく、最終的に現象学的な意味で理解された「保護」)である。キュレータの任務とは、作品が影響の力強いパラドクスを出現できて、「展覧会」を「経験」にかえることができるように展示スペースを形成することである。この考え方を実現させる幾つかの試みを取り上げる。特に、「ヤング、アグレッシヴ」展の「喧騒」というホール(武蔵野美術大学、2008年)、「移植ベビー」の幾つかの展示空間と佐藤成高の作品(art project frantic/Spiral Hall、2009年)、「再生させる解消」展(art project frantic, 2009年)における唐津譲治の作品のシリーズに注目しよう。
 最後に、「イベント」の概念と作品を見せる方法論をもっと深く理解するために、ジャック・ラカンのテキストに参考する。第一に、「作品の位置」という問題を強調するため、ラカンのホルバインの「大使たち」を見る経験を取り上げ、この経験をまたラカンの「サーディン缶を見る経験」と重ねてみる。第二に、キュレーティングのテキストが「作品を見る立場」をどのように構成するのかを理解するために、ラカンの「Avis au Lecteur Japonais」というテキスト、つまりラカンの「Écrits」の読みに対するひとつの「立場」として日本に送られたものを参考にする。 
 これを基にし、「美術作品を展示する」というのは「美術作品に対する視点を展示する」ことだということ、すなわち「美術作品を経験すること」をイベントとして提供することだということを示したいと思う。
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“The Young, Aggressive” Exhibition, Brawl Hall, Musashino Art University Museum&Library, Tokyo, 2008
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唐津譲治: 再生させる解消


●宮澤賢治と精神分析 不道徳さと隣りあうために
 童話「銀河鉄道の夜」の原稿推移を題材に

発表者:太田和彦
     (東京農工大学大学院修士課程)

 今回の発表では日本の詩人・宮澤賢治(1896-1933)の童話「銀河鉄道の夜」の推敲推移をたどります。「銀河鉄道の夜」は九年間かけて推敲がなされており、物語そのものが変わるほどの大幅な手入れが三回なされています。そして、その推敲作業はきわめて精緻なものです。
 宮澤賢治の諸作品は、その内容を賢治の人生・思想と重ねて論じる、という主旨において、肯定的にも否定的にも批評・評価されることがおおいのですが、今回の発表では、作品にほどこされた推敲の推移に注目します。というのも、それらの推敲がどのような機能を期待されて行われたのか、という研究は、天沢退二郎の幾つかの論考を除くとほとんどないからです。(推敲の推移に関する文献学的な研究は、ある程度の数がありますが) 賢治が生前に刊行したのは『注文の多い料理店』と『春と修羅』の二冊のみなのですが、それを遥かに上回る数の童話・心象スケッチが、彼のトランクには保存されていました。そして未刊行のそれらの原稿には、厖大な量の書き直しがなされていたのです。「風の又三郎」、「ビジテリアン大祭」、「セロ弾きのゴーシュ」…、よく知られたこれらの作品は推敲途中のものなのです。
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 なぜ賢治は推敲を重ねたのでしょうか? それは彼が「まことのことば」、「ほんたうの幸い」という、真実性への強烈な志向のなかにあったからです。旧制盛岡中学校に在学していたときから彼が傾倒し、数千回となく読誦した『法華経』の、如来受領品第十六におけるゴータマの言葉。「私は真実の言葉を話す。私の言葉はいつでも偽ったものではありえない。方便でさえ、嘘ではない」。彼は“嘘と対置されない真実”に、体が震えるほどの感銘を受けます。
 しかし、賢治にとっての「まこと」は、決して平穏なものではありませんでした。彼の書簡を読むと、幻聴や譫妄、奇行、そしてよせてはかえす波のような昂奮と抑鬱状態に、彼の真実性がその根拠を持つことがわかります。そして彼はその真実について語ることを欲したのです。
 ところで、ジャック・ラカンは『精神分析の倫理』のなかでこう語っています。「とりとめのない行動、定型的とはいえないような行動の原理には、真なる欲望があったとしかいえないような、そういう真の欲望がそこにあるということだ」。そして、真の欲望とは構築物ではなく、真の欲望を語るときの語り口だけが構築物なのだ、と。その語り口は、普遍的なものではなく、このうえなく個別的なものである。ただし、その個々の語り口が、人間のおのおののうちで出会われるということは普遍的なのである、と。
 今回の発表は、賢治の「銀河鉄道の夜」における“真実”の語り口の推敲作業、果てしない試行錯誤について行われます。その作業の痕跡を追うことは、私たちが何をどのような語り方で語るべきではないか、を明らかにしてくれるでしょう。
by warabannshi | 2009-06-21 19:30 | Comments(0)
第254夜 「幸せなら手をたたこう」
 夜、高度一万メートルくらいを飛行中の飛行船。
 その甲板の縁、鉄柵につかまって、甲板の縁の“向こう側”に、五歳くらいの女の子と、十歳くらいの女の子が立っている。
 二人は同時に、ぱっと鉄柵から手を放す。
 足場は人間を支えられるほど広くないので、二人の身体はひとしく傾く。虚空のほうへ。
 そして、二人は、手を、一度、たたいてからまた鉄柵につかまる。
 そしてまた 二人は同時に、ぱっと鉄柵から手を放す。
 こんどは、手を、二度、たたいてからまた鉄柵につかまる。
 こうやって手をたたく数を増やしていく。

 二人の女の子の蛮行は、【幸せなら手をたたこう】というゲームであることが了解される。
 しかし、いったい何が「幸せ」だというのか?

 手を四回ほど叩いたところで、十歳くらいの女の子のほうが鉄柵に掴まりきれずに、足を踏み外し、自由落下をはじめる。まったく悲鳴もあげずに。
 そして、ある程度の宙空で、その女の子の背中あたりからものすごい勢いで、数百本の青白い腕が生える。それらの腕が、彼女の地上への激突をどう助けるかは不明。
 
by warabannshi | 2009-06-21 01:36 | 夢日記 | Comments(0)
【お知らせ】ロディオンさんのレクチャー
 2009年6月28日(日)に行われる日本ラカン協会第7回ワークショップで、一緒に発表するロディオン・トロフィムチェンコさんが、武蔵美で現代美術に関するレクチャーを行うそうです。お時間のある方は、ぜひ足をお運び下さい。


日本のコンテンポラリー・アートの幾つかの「末」

ロディオン・トロフィムチェンコ
(武蔵野美術大学博士課程美術理論領域/フリー・キュレータ)

会場:武蔵野美術大学講義(「近現代美術史演習」(田中正之教授)内
日時:2009 年6 月25 日(木)13:00~14:30
場所:武蔵野美術大学(鷹の台)2号館2階202教室
参加費:無料
※使用言語:日本語


 本発表は次の四つのステップで展開させる。
 第一に、台湾の南にある佳楽水(Jialuoshuei)という「室外の地質学の教室」に想像上の旅行をする。それは特別の娯楽場であり、そこでは観客が太平洋の海岸で石の連続を見ながら、「蛙」、「ねずみ」などのような具体的な形象として見るようにと忠告されている。観客が無形の石の集まりに特定の形象を投影するよう強いられるわけだ。こうして、無造作な石の積み重ねがつくる偶然の線は、(解釈の)風に開かれており、娯楽場のガイドで広告されるキャラクターはその「閉鎖」または「末」になるのである。
 第二に、このストーリーは、フランスの美術史家ジョルジュ・ディディ=ユベルマンの研究を参照するきっかけをつくる。美術史という文脈、および「イメージに対面する」ということについてユベルマンが挙げる具体例という文脈で、「末」という用語と「閉鎖」という概念がどのように使われているかを明らかにしたい。
 第三に、上に示した「多様性(石のグループ)に限界(形象)を与える」というストーリーとディディ=ユベルマンの理論を基にし、コンテンポラリー日本アーティストの「末」を示してみる。つまり、「カワイイ文化」、「キャラクター系のモティーフ」、「オタク文化とのリンク」、「作品に対する、感情的であって概念的ではないアプローチ」などの、「日本の作家」が囲まれた「類型学」について考える。
 第四に、日本のアート・シーンにおけるこの「末の生産」メカニズムの原因と構造を定義し、「日本の作家」と一致しない日本の作家に注目し、「日本の作家」のイメージをもっとダイナミックな解釈の作用に再解放できる方法を探してみたい。




Several Ends of Japanese Contemporary Art
Rodion Trofimchenko
(Musashino Art University Ph.D. Course, Art Theory / free curator)


The presented topic will be unfolded in four steps.
First, we will make an imaginary trip to the “outdoor geology classroom” in Jialuoshuei at the southern tip of Taiwan. It is a specific attraction where an onlooker is shown a sequence of stones at the shore of Pacific Ocean and is advised to see it as a particular image: “sea lion”, “toad”, “frog” etc. The spectator is forced to project the fixed figure at the unformed group of stones. Thus the figure announced by the guide of this attraction immediately becomes a “closure” or an “end” of open to all winds (of interpretation) accident lines of hazard accumulation of stones.
Second, this story is one of the triggering points to refer to the work of French art historian Gorges Didi-Huberman and clarify his usage of the term “end” and concept of “closure” in context of art histories and his concrete examples of confronting images.
Third, using the above mentioned story of “projecting the Limits (the figure) on Diversity (group of stones)” and theoretical apparatus of Didi-Huberman we will try to define the “ends” of Contemporary Japanese Art, namely the fixed typology it is enclosed in, especially when introduced abroad, like “culture of kawaii (kuteness)”, “character(personage)-based motives”, “connection with otaku cultures”, “empirical and not conceptual approach to creation” and so on.
Forth, we will try to define the source and the structure of this “ends-production” mechanism in Japanese art-scene, look closer to the Japanese artists that do not coincide with the “Japanese Artist” and think about the way we can re-open the image of “Japanese Art” to the new and hopefully more dynamic works of interpretation.

by warabannshi | 2009-06-18 21:15 | Comments(0)
日本ラカン協会第7回ワークショップ開催のお知らせ
 日本ラカン協会第7回ワークショップで、宮澤賢治について(とりわけ『銀河鉄道の夜』について)、そしてもちろんラカンについて発表させていただきます。
 ご用とお急ぎのないかたは是非、お越し下さい。無料です。
日時 2009年6月28日(日) 14:00-18:00
場所 専修大学神田校舎 7号館 3階の731教室

(1)発表者 Rodion Trofimchenko
武蔵野美術大学博士課程美術理論領域/フリー・キュレーター)
"Art Curating and Criticism in Relation to Artwork as Event Based on several “curatorial remarks” by Georges Didi-Huberman and Jacques Lacan"
(日本語での発表です)

(2)発表者 太田和彦(東京農工大学大学院修士課程)
「宮澤賢治と精神分析 不道徳さと隣りあうために」
"Miyazawa Kenji et psychanalyse ----
 pour se trouver avec une immoralite"

*司会 福田 肇(Universite de Rennes1)

by warabannshi | 2009-06-14 22:28 | Comments(0)
第253夜 「大阪湯野遊園地、酔問漢、に行ってきた」
 大阪のほうまで用事で、父親と来ている。なんで来ているのかわからない。
 もしかしたら日本ラカン協会の発表のために来ているのかもしれない。
 というのも、スーツを着ているからだ。

【ありうるバージョンを、回想する……】
 昼間。
 重厚な石造りの建物(大正十年ごろに日本橋にありそうな、「モダンな」建物)。
 エレベーターに乗って、八階か九階にのぼると、廊下や壁がきれいにコーティングされたフロアに出る。(東大柏キャンパスの研究棟のような、「ハイパーモダンな(?)」フロア)。
 そのフロアのどこかで、ワークショップは行われていて(それとも査問会だったか? カフカの『審判』のような?)、発表をしなければならないはずなのだが、どこだがわからない。
 しかも、昼食を食べる時間を見誤って、発表を始める時間を大幅に遅刻してしまっている。
 しょうがない、片っ端から教室を見てまわろう、と思い立ち、近くにあったスライド式のドアを開ける。すると、農工大のゼミ生であるFとMが、二人で、会場の片づけをしている。
 「ここはもしかしてワークショップの会場だったの?」とたずねるべきなのだろうが、すでにワークショップは終わってしまった、という事実がおそろしすぎて訊くことができない。

 そう。
 もしかしたら日本ラカン協会の発表のために来ているのかもしれない。 
 でもいまは、小雨のふるなか、さびれている名前の知らない遊園地を、一人で歩いている。
 電車代がもったいないので、宿泊先のホテルまで歩こうとしているのだった。
 ポップコーンやチュロスを売る屋台がいくつも、うち捨てられて、雨ざらしになっている。また、ロッテリアの壁にはベニヤ板が打ちつけられて、[7/22に営業開始!]と赤いスプレーで書かれている。が、何年の「7/22」なのかはわからない。もしかしたら、去年やおととし、「営業開始」させる予定だったのかもしれない。けれど、ブースのなかには人がいる気配がするから、もしかしたら、もう「営業中」なのかもしれない。
 
 とにかく雨を避けなければならないので、『酔問漢(館?)』という遊園地のなかの建物に入る。

【ありうるバージョンを、回想する……】
 ワークショップでの質問。
「賢治はそんなに酒好きだったの?」
 その質問に対する回答。
「どうでしょうか。でも幻聴や白昼夢をしょっちゅう見ていた彼のことですから、もしかしたらアル中だったのかも……」

 『酔問漢(館?)』のなかは意外なほど混み合ってる。
 そうか、この遊園地はさびれているのではなくて、雨で平日だから、みんなこの『酔問漢』のなかで遊んでいるのか、と思う。じっさいのところ、カップルと母子連れが多い。『酔問漢』なのに。
 途中で、缶コーヒー(ブラック・加糖)が異常に安いので、段ボールで二箱ごと買う。
 そうすると二本、おまけしてくれる。
 缶コーヒー(ブラック・加糖)の段ボールを乗せたキャリーをがらがらと押しながら、『酔問漢』を通り抜けるために歩く。相変わらずの人混みである。
 長く長く歩くが、いっこうに向こう側に着かない。
 喉が渇いてきたので、おまけの缶コーヒー(ブラック・加糖)を二本とも飲む。が、焼けるように甘く、さらに喉の乾きは深刻になり、近くにあったウォータークーラーで水を飲みながら、何度もうがいする。うがいをするたびに、黒いコーヒーを吐きださねばならず、うんざりしてしまう。後ろを本物の酔っぱらいのおじさん二人組が通る。缶コーヒーの缶の材質はアルミニウム。

 なんとか『酔問漢』を抜けると、なぜか高速道路の高架下で、もうすっかり夜の気配がしている。雨は止んでいる。
 早く泊まる場所に行き着かなければ、と思い、高速道路と垂直に交わる、歩道付きの坂道を左(上り)へ向かおうとする。そのときにコンクリート片に書かれていた落書き。
〔(交わされているのは?)二つの言葉しかない。本当の事実を伝える言葉、と、それ以外。
 それ以外の言葉は光のもとでは暗愚であるために、すぐそれとわかる。というのも痛みがないからだ。〕

 歩道付きの坂道を上りはじめる。いつのまにか、二箱分の缶コーヒーは敷き布団と掛け布団に変わっており、それを背負って歩いている。
 前のほうにも、スーツ姿で、布団をかついで坂道を上っている人の後ろ姿が見えるので、それに着いていけばいいや、と投げやりにそう思う。
 坂道を上っていくと、いつのまにか、さっきの遊園地の横に来ていて、巨大な看板によってこの遊園地が、
『大阪湯野遊園地』
 という名前だったことがわかる。湯野、というのは、ここいらが温泉街だからだろう。
「午後7時半~午後8時 宿泊手配 無料」とも書かれているので、もうここで布団を担いだまま午後7時半まで待って、近くの宿泊所を探して貰おうと思う……

 
 ……という夢を見たよ、と、彼女Fに電話で話すと、
「そんなことより、貸しておいた、鉱石とハンマー、今度会うときにちゃんと返して下さいね」
「ああ、うん。大丈夫。遊園地で置いてきちゃったと思うけれど、また、同じのを買っておいたから」
「遊園地、って夢のなかのでしょう? しっかりして下さいよ。あれ、大事なものなんですから」
by warabannshi | 2009-06-14 16:11 | 夢日記 | Comments(0)
探索準備06-2 日本ラカン協会ワークショップ 発表草稿ver.2
日本ラカン協会ワークショップ 発表草稿ver.2
「宮澤賢治と精神分析 不道徳さと隣りあうためにあるいは、どう転んでもまともではない真実について
日本ラカン協会 第7回ワークショップ

   日程 2009年6月28日(日)
    開始時刻・場所は現在未定

   発表者 Rodion Trofimchenko(武蔵野美術大学大学院博士課程)
         発表タイトルは未定ですが、ラカンの精神分析理論による
         現代芸術分析をおこなう予定です。
   発表者 太田和彦(東京農工大学大学院修士課程)
         発表タイトルは未定ですが、ラカンの精神分析理論による
         宮沢賢治の思想の読解をおこなう予定です。
    
   司 会  福田肇(フランス・レンヌ第一大学哲学科博士課程)

***


 宮澤賢治には不健康なまでの過剰さがあります。
 「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」、「正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである」、「われらは世界のまことの幸福を索ねよう 求道すでに道である」(「農民芸術概論綱要」)という宣言。また、「ほんたうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまはない」(「銀河鉄道の夜」)というジョバンニの自己犠牲。
 宮澤賢治は近代日本文学史のなかでは異端としてあつかわれ、その作品群は挿絵を付けられて子供向けの絵本として広く馴染まれています。しかし、一読すればすぐにわかるとおり、彼の作品群は童話というジャンルの雰囲気におさまるものでは決してありません。また、吉田司(1997) は、賢治の作品が戦時下の満州国において戦意昂揚に用いられていた事実を指摘しています。満州建国大学の学生のあいだで「雨ニモマケズ」、「精神歌」が朗読されていたということ、「五族協和の王道楽土」を信じて日本をあとにした人々のなかで、賢治の断言がある種の精神を高揚させつづけていたということは、あまり知られていない賢治の一つの側面です。
 大澤信亮(2007) が指摘している通り、「これらの極端な感覚がどこから来るのか」という疑問は、彼を聖人視しなければ当然ありうるものです。「この過剰さはおそらく、読者の欲望を吸引する原因にもなっている」ことでしょう。

 賢治の高揚した調子でなされる宣言文にさらに注目するならば、そのなかには必ずある種の形容詞が入っていることがわかります。つまり、「まことの」、「ほんたうの」、「正しい」……という、真実性をことさら強調する、そしてそれらがじつは嘘・偽であった可能性を意識させる形容詞です。「まことの」、「ほんたうの」、「正しい」……という形容詞とともに語られる、燦然とした風景の発生現場。それは美しく、平穏かつ幻想的であると思われがちですが、隠喩やレトリックの水準に決してとどまるものではありません。
 列挙すれば限りがないのですが、たとえば、彼が生前に自費出版した唯一の童話集『注文の多い料理店』(1923年 大正13年)の序文。
これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらってきたのです。
 ほんとうに、かしわばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかったり、十一月の山の風のなかに、ふるえながら立ったりしますと、もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。ほんとうにもう、どうしてもこんなことがあるようでしかたないということを、わたくしはそのとおり書いたまでです。
 ですから、これらのなかには、あなたのためになるところもあるでしょうし、ただそれっきりのところもあるでしょうが、わたくしには、そのみわけがよくつきません。なんのことだか、わけのわからないところもあるでしょうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。
 けれども、わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾きれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません。(強調引用者)

 あるいは、『注文の多い料理店』に収録された九編の童話の一つ、「鹿踊りのはじまり」の冒頭。
 そのとき西のぎらぎらのちぢれた雲のあひだから、夕陽は赤くなゝめに苔の野原に注ぎ、すすきはみんな白い火のやうにゆれて光りました。わたくしが疲れてそこに睡りますと、ざあざあ吹いてゐた風が、だんだん人のことばにきこえ、やがてそれは、いま北上の山の方や、野原に行はれてゐた鹿踊りの、ほんたうの精神を語りました。
(強調引用者)

 非常に夢幻的な印象を与えるこの序文と、童話の冒頭は、しかし賢治の言葉に直接耳を傾けるなら、つまりこれを隠喩やレトリックと見なして何かを理解しようとしないなら、幻聴・譫妄、あるいは疲れ果てたすえの入眠幻覚、さらには「わけがわからない」正体不明な挿話を食べ物となして読者の歓待を熱心に試みる倨傲を読みとることができるでしょう。
 また、農業青年の県代表として上京した保阪嘉内あての書簡(1919年 大正8年)には、あらゆる不幸と興奮が渦巻いています。
(……)私の手紙は無茶苦茶である。このかなしみからどうしてそう整った本当の声が出やう。無茶苦茶な訳だ。しかしこの乱れたこゝろはふと青いたひらな野原を思ひふっとやすらかになる。あなたはこんな手紙を読まされて気の毒な人だ。その為に私は大分心持がよくなりました。みだれるな。みだれるな。さあ保阪さん。すべてのものは悪にあらず。善にもあらず。われはなし。われはなし。われはなし。われはなし。われはなし。すべてはわれにして、われと云はるゝものにしてわれにはあらず総ておのおのなり。われはあきらかなる手足を有てるごとし。いな。たしかにわれは手足をもてり。さまざまの速なる現象去来す。この舞台をわれと名づくるものは名づけよ。名づけられたるが故にはじめの様は異ならず。手足を明に有するが故にわれありや。われ退いて、われを見るにわが手、動けるわが手、重ねられし二つの足をみる。これがわれなりとは誰が証し得るや。触るれば感ず。感ずるものが我なり。感ずるものはいづれぞ。いづちにもなし。いかなるものにも断じてあらず。
見よこのあやしき蜘蛛の姿。あやしき蜘蛛のすがた。
今我にあやしき姿あるが故に人々われを凝視す。しかも凝視するものは人々にあらず。我にあらず。その最中にありて速にペン、ペンと名づくるものを動かすものはもとよりわれにはあらず。われは知らず。知らずといふことをも知らず。おかしからずや、この世界は。この世界はおかしからずや。人あり、紙ありペンあり夢の如きこのけしきを作る。これは実に夢なり。実に実に実に夢なり。而も正しく継続する夢なり。正しく継続すべし。破れんか。夢中に夢を見る。その夢も又夢のなかの夢これらをすべて引き括め、すべてこれらは誠なり誠なり。善なり善にあらず人類最大の幸福、人類最大の不幸
(強調引用者)


 宮澤賢治は、彼自身のある一貫したやり方で真実性を追求しています。そして彼の作品のなかで啓発、自己犠牲、あるいは信仰などの経路でその過剰さが発露するとき、心象スケッチや書簡、未定稿では「まこと」、「ほんたうの」、「正しさ」をめぐる執拗なまでの言及がそこここにあらわれます。その言及は苛烈であり、病的でさえあります。ここで病的と言うのは単なる比喩ではありません。賢治は童話・心象スケッチ作品のほとんどを決定稿とせずに、推敲を繰り返していました。そのなかでも、とりわけ推敲や原稿の入れ替えが頻繁に行われている情景の一つに、癲癇の症状を思わせる“世界が光り輝く瞬間”、“光の爆発”があげられます。天沢退二郎(1987) は『銀河鉄道の夜』の第一稿から第四稿までの推移をたどりつつ、いきなり眼の前がぱっと明るくなってジョバンニが思わず何べんも眼をこすってから、そのジョバンニが夜汽車に乗っていることに気がつくまでの、きれいにマス目を使って書かれた一枚余の原稿が、幾度となく場所を入れ替えられる過程を追っています。
いきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊の火を一ぺんに化石させて、そら中に沈めたといふ工合、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫れないふりをして、かくして置いた金剛石を、誰かがいきなりひっくりかえして、ばら撒いたといふ風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦ってしまいました。

 それは“隠されていたのに、覆された宝石群”のイメージとして、作品番号一七九「谷の昧爽に関する童話風の構想」の下書き(2)~(6)でも数年にわたってくり返して書き直され、最終的には大きな×印で除去されてしまいます。 (*1) 突然の、圧倒的な光の爆発の描写の執拗な反復とその打ち消しに関して、癲癇発作に類似した症状への危機的な幻惑を見ることは可能でしょう。

 また、未完の作品『学者アラムハラドの見た着物』(1923年/27歳)の学者アラムハラドは、彼の塾で学童たちにこう問いかけます。
「火はあつく、乾かし、照らし騰る、水はつめたく、しめらせ、下る、鳥は飛び、またなく。魚について獣についておまえたちはもうみんなその性質を考えることができる。けれども一体どうだろう、小鳥が啼かないでいられず魚が泳がないでいられないように人はどういうことがしないでいられないだろう。人が何としてもそうしないでいられないことは一体どういう事だろう。」

 アラムハラドは人間の本質を通俗自然科学の人間観(二足歩行や発話)に求めず、そして、「私は饑饉でみんなが死ぬとき若し私の足が無くなることで饑饉がやむなら足を切っても口惜しくありません。」という大臣の子の宣言に涙します。
「そうだ。私がそう言おうと思っていた。すべて人は善いこと、正しいことをこのむ。善と正義とのためならば命を棄てる人も多い。おまえたちはいままでそう云う人たちの話を沢山きいて来た。決してこれを忘れてはいけない。人の正義を愛することは丁度鳥のうたわないでいられないと同じだ。」

 けれど、正義を愛することを人間の本質と説く老師に対して、塾内で最も年少のセララバアドは、「人はほんとうのいいことが何だかを考えないでいられないと思います。」と答え、そして、しばし瞑目したアラムハラドが、
「うん。そうだ。人はまことを求める。真理を求める。ほんとうの道を求めるのだ。人が道を求めないでいられないことはちょうど鳥の飛ばないでいられないとおんなじだ。おまえたちはよくおぼえなければいけない。人は善を愛し道を求めないでいられない。それが人の性質だ。これをおまえたちは堅くおぼえてあとでも決して忘れてはいけない。」

と言ってその日の講義を終えることが、賢治の作品に流れる最高の調子だとするならば、真実性についての探求をさまざまなパースペクティヴにおいてなすことは、彼の作品とふれ合う幅を決して減らすことはありません。


……つづく……



(*1)
「谷の昧爽に関する童話風の構想」の当該箇所の変遷は以下の通り。
 下書稿(2)
 「じつにそらはひとつの宝石類の大集成で ことに今夜は古いユダヤの宝石商が 獲れないふりしてかくして置いた金剛石を みんないちどにあの水面にぶちまけたのだ」
 下書稿(3)
 「じつに今夜は そらが精緻な宝石類の集成で 金剛石のトラストが 獲れないふりをしてしまって置いた幾億を みんないちどにぶちまけたとでもいう風だ」
 下書稿(4)
 (ここでいったん当該箇所は除去される)
 下書稿(5)
 「ダイアモンドのトラストが 獲れないふりのストックを みんないちどにぶちまけたり」
→「東銀河の連邦の ダイアモンドのトラストが かくしておいた宝石を みんないちどに鋼青いろの銀河の水に ぶちまけたとでもいったふう」
 下書稿(6)
  下書稿(5)の五行は、下書稿(6)の第一形態にもほとんどそのまま継がれているが、最終手入れでは除去され、全集本文ではそれを確認することはできない。





▼参考文献▼
・『宮澤賢治殺人事件』吉田 司 太田出版 (1997/03)
 およびそれを受けた柄谷行人・吉田司・関井光男・村井紀の共同討議「宮澤賢治をめぐって」(「批評空間」II―14)も参照のこと。
・「宮澤賢治の暴力」大澤信亮 『新潮』(2007/11)
・ 『エッセー・オニリック』天沢 退二郎 思潮社 (1987/06)

by warabannshi | 2009-06-10 23:11 | メモ | Comments(0)



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