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第306夜「レヴィナス」
 レヴィナスそっくりのマエストロが長期滞在しているホテルの8階に行く。エレベーターを降りて、突き当たりの壁には牡羊座のシンボルマークのような左右の矢印がか書かれていて、右の矢印には「dandelion」、左の矢印には「одуванчик」の表示がある。右に行くと、彼の部屋である。
 「やあ、来たね」レヴィナスは微笑みながら迎えてくれる。
 「今夜の君の演奏を聴かせてもらったよ。上品で非常に技巧に富んでいた。私が十七歳のときに、君の演奏を聴いたら、同い年の秀才の出現にひどく落ち込んでいただろう。ことによったらピストルの使い方を学ぼうとしたかもしれない。
 ベルギービールを飲むかね?」
 私の演奏に関しての評価については型通りに謙遜する。ビールは遠慮しつつ、いただく。というのも彼のスイートルームはやや空調が効きすぎていて、喉の粘りが私を話しづらくさせていたからだ。
「ところで、君は本気で腹を立てたことがないとか?」
「はい、怒りは私を生き辛くさせ、不快なだけです」
 不意に、レヴィナスは私の左頬を思いきり殴打する。私はもんどりうって床に転がる。
「さて、私は君を不条理に扱ったと思うかね?」
 私は頬を押さえて、突発的な吐き気を堪えながら、しかしこの吐き気はこの部屋が暑すぎるからだと思いつつ、立ち上がる。
「マエストロに直接ご指導いただけるとは光栄です」
 私を殴ったときと同じく、レヴィナスは慈母のような微笑みを絶やさずに言う。
「殴られた理由を聞きたくなったらいつでもここに来たまえ」

 次の日、私は再び彼の部屋を訪ねる。仏頂面を隠しきれずに。
「そうだ。大人になったぞ」
by warabannshi | 2009-10-31 10:12 | 夢日記 | Comments(0)
[ラジオ 番外編] 「"名もなき世代"のエートスについて、生でだらだら話します」
●「ポスト団塊ジュニア」(75'~80年代初頭)と「ゆとり第一世代(88'4~ )」のあいだにはさまれた、「名もなき世代」(82'~87')。
 「プレッシャー世代」と呼ばれたこともありましたが、その名称がなじんでいるとはどうも思えません。
●そこで、84'年生まれのベガンと、85'年生まれの私・太田が、自分たちの世代の「エートス」(Ethos:いつもの場所、特徴、習慣、出発点)についてだらだらしゃべりながら、この世代につけられる「あり得る名前」を捜していきます。
●ないのなら、作ってしまえ、"共通の過去"。 
●そこには、帰還すべき「根源」、「約束の地」としてではなく、いま自分たちができること、手元にある武器、「スターター・キット」として近づけるはずです。
●http://std1.ladio.net:8140/papa8513.m3uで、放送しています。
→http://std1.ladio.net:8180/terrathree9481.m3uに変更

http://std1.ladio.net:8040/uniform4356.m3u
●23:00には始まっていると思います。終了時刻は未定。
by warabannshi | 2009-10-30 22:11 | Comments(0)
第305夜「生物教員」
 あと十数分後に始まる三時間目には、生物教員としての授業をしなければならないのだが、群青色の半袖TシャツとGパンで出勤してしまっている。
 ①いまから帰宅して着替える。②仮病で遅刻すると事務に連絡する。③何食わぬ顔で授業をする。
 これらのどれかをするしかない。①は、不可能。②はちょっと「あり」だけど代替の先生をいまから探すことはできないだろう。そうなると③だ。致し方ない。生徒たちから笑われる覚悟を決めて、隠れていた男子トイレから出る。窓から見える花壇の、名前の知らない花が美しい。

 教室では、意外にも無反応。配布したプリントに沿った授業がすいすいと進む。
「今日配ったプリントは、いつものように26穴ファイルに閉じてくださいね。26穴パンチは教壇の横に置いておきます。重要なのは、プリントに“配られた日付”を書き込んでおくことですよ! そうすれば、ファイルは君たちの学習記録の役割を果たしてくれることでしょう!」
 付箋だらけの自分のファイルを見本として見せる。

 授業後、だんだんと呼吸が浅くなっていく。廊下でうずくまっていると、
「どうしたの、太田先生? 心臓発作?」
 次の時間に同じ教室で数学をやる同僚Nが声をかけてくれる。
「大丈夫、大丈夫」
 しかし空気は吸っても吸っても、肺に入らない。暗転する視界。
by warabannshi | 2009-10-30 11:36 | 夢日記 | Comments(0)
第304夜「粘菌」
 円筒状のコックピットに、やや斜めに仰向けになって寝そべっている。どうやら何かの射出カタパルトに装填されているらしいのだが、分厚い金属壁に遮られた外側からは何も聞こえず、緊張感だけがある。私は、私自身がいまにもものすごい勢いで射出されそうなのだとばかり思っている。しかし、もしかしたら、いますでに私はどこかに高速で打ち上げられているかもしれない。その真っ最中かもしれない。射出時の加速度とショックが私の記憶を失わせることは、充分に考えられる。
 耳当て部分にUSBスロットのついたヘッドセットを着けているのだが、それは何とも接続されていない。
「兵庫はどうだった?」
 壁面に貼り付けた、エメラルドグリーンのぬめぬめした粘菌がそう言う。
 もともと少女の造型をしていたのだが外部通信が切れた為に、形態を整えることをさぼっているのだ。
「海も山も峻厳で、『崖の上のポニョ』みたいだった」
「良かった?」
「ここだけの話、チビりそうなくらい怖かったよ」
 下に「Ca reste entre nous, mais…」と字幕がつく。
「J'irai droit au but."La beaute sera convulsive, ou ne sera pas"」
 字幕がつくことがわかって粘菌も母国語・フランス語でしゃべり始める。(「まあ、はっきり言って、美しいものはことごとく痙攣的だからね」)
by warabannshi | 2009-10-29 22:27 | 夢日記 | Comments(0)
[ラジオ#04]「風土」
●時刻:10月28日(水)0:00~0:30 予定。
 つまり、あと27日(火)24:00~24:30です。
●URL: http://std2.ladio.net:8170/terrathree9481.m3u からすぐ聴けます。
●三〇分くらい前から気分でBGMを流していると思います。よろしければそちらもどうぞ。

風土―人間学的考察 (岩波文庫)

和辻 哲郎 / 岩波書店




 風土の現象は我々がいかに外に出ている我々自身を見いだすかを示していた。寒さにおいて見いだされた我々自身は、着物、家というごとき道具となって我々に対立する。が、さらに、我々自身がそこに出て宿っている風土自身も、「使用せられるもの」としての道具になる。たとえば「寒さ」は我々を着物の方向に働き出させるものであるとともに、また食物への関心において豆腐を凍らせる寒さとして使用せられる。「暑さ」は我々に団扇を使わせるものであるとともに、また稲穂を育てる暑さでもある。「風」は我々に二百十日の無事を祈らせるものであるとともに、また帆をはらます風である。我々はかくのごときかかわりにおいてもまた風土のうちへ出で、そこからまた我々自身を、すなわち使用者としての我々自身を了解する。すなわち風土における自己の了解は同時に道具を己に対立するものとして見いださしめるのである。
(p.23)
(傍点、下線部引用者)


●番外編
 さて「風土」が「世の中にあるもの」として「道具」と共に重要な意義を持ち、かかる「もの」との交渉がただ働き用いるという仕方において行われるとすれば、この交渉において開示せられている自己の理解、存在の理解もまたかかる契機を示したものでなくてはならぬ。我々自身は「世の中にあるもの」を見出しそれとの「かかわり」において自己を開示するもの、すなわち、「世の中にあること」に外ならぬとすれば、かかる存在の最初のあり方は「自己発見性」である。我々は日常いずれかの意味において「おのれを見出す」。あるいは、愉快な気持ちである、あるいは寂しい気持ちである。人が何らかの「気持ち」において見出されるように、我々はおのれを何らかの気持ち、気分、あるいは起源において見出す。もとよりこれは心的状態の意味ではなく、従ってから来る、から出るなどとは言われ得るものではない。「世の中にあること」自身のあり方としてそれ自身から湧き出ることである。しかもそれは我々自身が自由に選んだのではなく、「既に定められた」あり方として現れる。我々はその存在においてあるべき存在に渡されたものとして開示されている。ここに「世の中にあること」の負荷的な性格が明らかに示される。ところでこの「定められていること」、「気持ち」は、一方では「既にあること」として我々自身の時間性から理解せられるであろうが、しかし他方では「世の中にあるもの」としての風土とのかかわりから理解せられなくてはならない。
(『風土』の前駆形として書かれた、論考「風土」より。全集別1 pp.401-402)

by warabannshi | 2009-10-27 09:41 | Comments(0)
第303夜「双子」
 役者に代々、一卵性双生児を起用する、古式歌舞伎のひとつ。完全な家族制をとる梨園では、生まれてくる子供をことごとく双子にするような秘術の開発が十数世紀前から進んでいる。
 今日は私たち、四歳の兄弟による初舞台である。
 双子は一度に舞台に上がることはなく、片方は必ず客席に控える。そして、片割れの演技を見ながら自らの“離見”の感覚を研ぐ。
 しかし、弟はソロのパートで台詞を見失う。
 客席で、祖母(彼女も役者であり、双子である)の隣りで、彼のパニック状態を見ていたが、祖母に促され、弟と交代することになる。

 裏まで行くと、四人の御付きの者たちが、互いに目配せをしあい、舞台の上で意味不明なアドリブをしている弟を素早く回収する。
「つないでください。あなたなら出来る」
 つまり、弟の意味不明なアドリブを、合理的な伏線として、すべて回収しろ、ということだ。無理に決まっている。
 場面としては、包丁をもった三人のやくざ者を相手に啖呵を切らなくてはならない。だが、弟が床一面にまき散らした小道具の洗濯物を片付けなければ、啖呵を切ってもマヌケなだけだ。
by warabannshi | 2009-10-26 08:13 | 夢日記 | Comments(0)
第302夜「ポカリスエット」*
 降水量0パーセントの砂漠に四方を囲まれて、自動販売機が果てしなく一列に並んでいる。私はベンダーの一つにもたれかかり、眼窩の上あたりから頭蓋をまるごと吹き飛ばされている。乾燥のため、早くも結晶化したミネラルなのか、血の代わりに赤い砂塵が上顎のあたりから吹きだしていく。底なしに吹きだすような勢いで、砂塵は空気中に赤い帯を作っている。それでも生きているのは奇跡としかいいようがない。11月10日、ここはポカリスエットのCMの撮影現場である。
テロップ【You make me violate you. No matter who you are.】
 左肩から左腕の上腕にかけて幾何学的な模様の刺青がある少年が、自動販売機でポカリスエットの250ml缶を買う。ごくごくと、スポーツドリンクを飲み干す少年の横顔のズーム・イン。彼がふと、隣のベンダーを見ると、ベンダーにもたれかかって、噴水のように赤い砂塵を吹きださせている私がいる。
 ポカリスエットの青と、絵の具の欠片のような赤のコントラスト。

 (……途中、忘却……)

テロップ:聖体拝受
【Accipite et bibite ex eo omnes: hic est enim calix Sanguinis mei novi et aeterni testamenti, qui pro vobis et pro multis effundetur in remissionem peccatorum. Hoc facite in meam commemorationem.】
(「皆これを受けて飲みなさい。これはわたしの血の杯、あなたがたと多くの人のために流されて罪のゆるしとなる新しい永遠の契約の血である。これをわたしの記念として行いなさい」)
by warabannshi | 2009-10-25 18:28 | Comments(0)
第301夜「会話001」
 双子の弟妹が生まれた友人Iと、私の家の居間で話している。
「双子さんは元気?」
「字をかくことを覚えはじめたせいで、クレヨンを持たせないように必死。まだ壁と画用紙の区別がついていないから。
 メロン、持ってきたんだけど食べる?」
「本当に? わお、なんで?」
「親戚の温泉旅館がつぶれて、だから青果があまってるんだよね。じつは賞味期限は六月なんだけど」
「あんまり気にしないよ。日付なんて目安だよ」
 友人Iは壁にかかっているカレンダーに目をやる。
「どれを減らしたいの?」
「何?」
「このカレンダーに書いてあるタスク、全部なくしたら退屈のあまり死ぬでしょ」
「用事はそのままでいいから、移動時間を半分にしたいかな」
「ああ、わかる、それ。最近は、各駅停車くらいしか走っていないからね」
「わけいってもわけいっても青い山、用事の山。まっすぐな道でさびしい」
「山頭火!
 自由律俳句って、ときどき作りたくなるよね。
 俺、常々思うんだけど太田くんはこのままじゃ燻し銀な大人になれないと思うんだよ」
「主観によるんじゃない?」
 そんなどうでもいいことを話している。
by warabannshi | 2009-10-21 10:56 | 夢日記 | Comments(0)
【告知】 日本ラカン協会第8回ワークショップが、11月1日(日)にあります。
日本ラカン協会第8回ワークショップ
日時: 2009年11月1日(日) 15時~17時
場所:専修大学神田校舎7号館7階771教室
タイトル:「こども」の情景

 日本ラカン協会では12月の大会シンポジウムとして『「いじめ」が終わるとき―変動する社会と精神分析』を準備しており、提題者として芹沢俊介氏をお招きする予定である。芹沢氏は現代日本のこどもや若者のおかれた状況を、犯罪時評などを通して地道に報告されてきたが、そのなかで紡がれてきた理論的側面はフロイトやラカンが扱ってきたものと通底するものがある。
 今回のワークショップでは、大会シンポジウムへのステップとして、芹沢氏の一般向けの著書である『親殺し』(NTT出版2008)『もういちど親子になりたい』(主婦の友社2008)『若者はなぜ殺すのか』(小学館101新書)を読んで家族内力動、里親制度、自傷・自殺・攻撃性の問題を取り上げ、我々自身がどのように現代社会と関わるのか、臨床、理論の両面における精神分析の役割と実践への期待を討論のなかで探りたい。

企画・司会:磯村大
チューター:芹沢俊介(評論家)
ディスカッサント:
川崎惣一(北海道教育大学)・赤坂和哉(カウンセラー)
福田肇(樹徳中高一貫校教諭)・原和之(東京大学)

入場料 無料
(資料がある場合には会員以外は実費程度を申し受けます)

by warabannshi | 2009-10-19 23:56 | Comments(0)
[ラジオ#03]「目配り-慎重さ(Umsicht)」
●時刻:10月19日(月)0:00~0:30 予定。
 つまり、あと一時間後です。
●URL: http://std2.ladio.net:8170/terrathree9481.m3u からすぐ聴けます。
●三〇分くらい前から気分でBGMを流していると思います。よろしければそちらもどうぞ。

存在と時間 上 (岩波文庫 青 651-1)

マルティン・ハイデッガー / 岩波書店


 厳密にいえば、ひとつの道具が「ある」のでは決してありません。道具が在るということには、いつも道具全体が属していて、そのなかでこそこの道具が、そのあるがままにありうるのです。道具は、本質的には、<なになにのためのなにか>(etwas, um zu…)です。この<ために>の様々のあり方、すなわち、便利さ、有用さ、使いやすさ、手頃さなどがひとまとまりの道具立ての全体性を構成しています。
(……)事物をただ「理論的に」眺めやる視線は、「手元にあること」(zuhandenheit)を了解する働きを欠いています。しかし使用したり、取り扱う仕事をしたりする交渉は、それに固有な「見る」(sicht)仕方をもっているのであって、この固有な見る仕方が、ものを取り扱う仕事をすることを導き、その働きに特殊な「事物性格」(Dinghaft)を与えるのです。道具との交渉は、多種多様の「なになにのために」(um zu…)の指示に従います。そのような[見る仕方]に対応している見方が、「目配り-慎重さ」(Umsicht)なのです。
p.133, 135(一部改訳)



●次回放送は10/28(水)0:00~0:30 予定。
by warabannshi | 2009-10-18 23:02 | Comments(0)



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