<   2010年 05月 ( 18 )   > この月の画像一覧
第371夜「絶対防御」
 ゲーム「鉄風雷火」をプレイしている。プレイヤーは不死身の肉体を持ち、徒手空拳のまま、プレイヤーに対し恐慌を来たして小火器を撃ちまくる雑兵どもを捩じ伏せる。「絶対防御(負けないこと)は最強の証」という趣向である。
 ゲーム・スタート。
 日本の里山に似た林のなかで、虹色の迷彩服を着た男たちがさっそく機関銃を撃ってくる。私の肉体は銃弾に抉れ、各器官は吹き飛ぶが、瞬く間に再生されていく。まるでマントルそのものが私であるとでもいうように。故に痛みはない。
 私は残酷にも銃撃に苦しむふりをして、蹲る。このままいぎたなく眠ってしまっても良いだろう。丸まった私の腹の下で、トチュウカソウの白い茎が生えている。頭を抱え込んでトチュウカソウをずっと観賞していたかったが、それは流れ弾によって砕け散る。そして私は、絶対防御の者がなぜ攻撃に転じなければならないかを悟る。
by warabannshi | 2010-05-29 21:55 | 夢日記 | Comments(0)
第370夜「漂着」
 一人の齧歯人の女が、渚で墓穴を掘っている。すでに四体が砂に埋められている。墜落した宇宙船の残骸が、油を緑色の海にとめどなく流している。
「真剣だな。闘牛士のようだ」
 彼女に声をかけたのは痩せた人間の男である。彼の声に、彼女が葬送の手を緩めることはない。
 帰路、宇宙船の諸機関はすでに敵対的な腐蝕性の微生物に消毒不可能なほどまで汚染されていた。母星に帰ることは、自らを災厄の種となすことを意味する。耐性を持ち、生き残った三人の乗組員は、2:1で自爆を決議した。しかし、神々への祈りを終え、自爆装置のスイッチを押したとき、船は何の反応も示さなかった。すでに回路は切られていたのだ。自爆に反対する人間の男によって。
 全員を埋葬し終えて、やっと齧歯人は漂着した星の渚に腰をおろした。
「起爆スイッチを私が押したとき」齧歯人は、口を開いた。「何も起こらなかったとき、私の娘は本当に、本当に驚いた目でお前を見ていた。娘がいなければ、私はあの場でお前をくびり殺していた。これは言葉の綾ではない」
 見知らぬ惑星で、男は二つの太陽に照らされる女を写真に撮った。
「趣味が良くなったな。緋色は下品だ」
「私は心に緋色を着るんだよ」
by warabannshi | 2010-05-28 06:38 | 夢日記 | Comments(0)
第369夜「重力」
 超高層ビルの一階にある事務所で、友人Sと『マザー2』を交替でプレイしている。往年の名作に退屈することはないが、すでに何度も全クリしているのである。
 他の刺激がほしい。胡座をかいてコントローラを握る友人Sの後ろに私は座る。そしてその背中に抱き着く。
「勘違いしないでね」
 Sはゲームを続けながらクールに言う。
「抱き枕として最高のサイズだよ」
 そう言いながら私はちゃっかりSの体温を喜び、心拍数を数える。乳首、そして肋骨の硬さを触診する。
 満足して吹き抜けの天井を見上げると、超高層ビルの鏡のような壁面が曇天に向けて、深く深く伸びていた。地面に仰向けになった私は重力の恩寵を失い、はるかな成層圏へと、限り無く落下していくような恐ろしい錯覚に捕らわれ、両足の指を固く固く丸めた。
「どうしたの?」
「いや、ビルの窓硝子が剥れて落ちてきたら…、って想像してた」
 大の字のまま惚けたように私は言う。私たちが地面に縫い止められていることに感謝し、つりそうになった腓を擦る。
「じつはさっきセーブデータ、消えちゃった」
「なんと」
「もう一度初めからやる?」
「いや、何度もクリアしてるし良いでしょ」
by warabannshi | 2010-05-26 20:43 | 夢日記 | Comments(0)
探索記録36 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』、そして「追憶の風景、記憶の闇」。
 昨年6月に公開された『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』のBlu-ray&DVDが、いよいよ明日、2010年5月26日に発売されます。本編111分49秒に加えて、製作過程に関する「Rebuild of EVANGELION:2.02」、驚愕の挿入歌『翼をください』に関する「"I Would Give You Anything"Scene NOGUCHI Ver」/、「破 劇場版特報・予告・TVSPOT」などの各種映像特典が付いていて、私は当然ながら予約開始と同時にAmazonで予約しました。Blu-rayの方で。



 「永遠に続きが出ないのではないかとなかば本気の声色で揶揄されていたとしてもおかしくはない」、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』の続編は、もちろん自主制作映画(*1)として圧倒的な動員数を記録したわけですが、しかしどういうわけか公開当時、『ヱヴァ破』に関する批評的言説は想像より遥かに少なかったように思えます。無論、ないことはない、のですが、90年代のエヴァに関して怒涛のように出版された批評・裏設定の読み解きの数々を生々しく記憶している者にとっては拍子抜けするほどの静けさでした。
今回の『ヱヴァ破』、その受容は我々の目には3パターンに分析されます。
 一 、特に批評的な関心も長年にわたるエヴァへの執着も持っていないがゆえに、普通のハリウッド的エンタテインメントとして楽しく映画を見られた層。
 二 、エヴァへの関心はあったが批評的な執着ゆえにヱヴァをDIS らざるをえない層。
 三 、14 年にわたる新世紀エヴァンゲリオンの歴史からいまだ解放されていない層。
 むろん、——もっぱら我々が三に属するモチベーションでこのようなことをしていることは間違いありません。
(mu「序文」『ASUKA IS (NOT) DEAD!!!』)

 村上裕一の呼びかけで作られることになったヱヴァ批評のコピー本『ASUKA IS (NOT) DEAD!!!』は、エヴァ直撃世代のpassion(情熱=受苦)を遺憾なく発揮している批評誌として、いや、それは批評critiqueというよりむしろ、信仰告白confessionに近い営みなのかもしれませんが、2009年8月の段階で意味有るものであったと回想します。どういうことかといえば、『ASUKA IS (NOT) DEAD!!!』に載せられたテキスト群は、私たちの世代が共有する(「世代」という雑な言い方を許してください)「欲望」とその困難を、『エヴァ-ヱヴァ』への言及を通して再認させる力を持っていたからです。
 「欲望」とは何か。それは、物質的な豊かさの希求ではなく、消費を洗練させることでもなく、「ある対象に憑りつかれるほどの思い入れを抱く困難を乗り越えること」です。これは所謂、「フェティッシュ」ではありません。そこには、「思い入れ」と並行する「困難」があるからです。「エヴァについて語る私たちは、なぜついつい熱っぽく(あるいは意図的に醒めたように)語ってしまうのか?」、「なぜ私たちはエヴァについて客観的かつ本質的な批評がなされたという達成感を抱いたということがいままでなかったのか?」という、批評する者自身に向けられる問いかけ、そしてその問いかけを忘れることができないまま「思い入れを抱く」こと。それが私たちの「欲望」です。
 なぜ? なぜ私たちは「憑りつかれ」、しかも分析的な問いをやめないのか? なぜ私たちは分析的な問いをやめず、しかも「憑りつかれる」のか?
人は言います。破はヌルい。なぜならばこれを超える想像力は既に二次創作に溢れている。——そうではない。新世紀に現れたこの新しいヱヴァを支えているのが無数に拡散した人々の想像力であるということだ。それだけだ。我々の役割は今も昔も変わらない。「これもまた一つの世界、僕の中の可能性」といって消えたシンジ。「幸せがどこにあるかは分からない。けど、これからも探し続ける」と言って消えたシンジ。我々が彼らに報いることができるのは、彼らの泳ぎが終わらないように、彼らが泳ぐ海を広げてあげることだけだ。無限にたゆたう可能性の海。しかしそれは決してただそれだけで無限なのではない。我々の想像=観測こそが、彼らの泳ぐ海を作り出す。それはまさしく、地平線の果てまでを覆っているように見えながら、その実、過不足なく人類全体まででしかありえなかったあのLCL の海の限界に他ならない。
(同上)

 分析な問いとは、世界に対する奉仕です。それは私たちが私たちの世界を所有しないでいるための、数少ない方策の一つであるから。私たちは私たちの情緒によって世界を、私たちにとって理解可能な範囲に丸め込み、所有しがちです。私たちが世界に対して何らかの善意を働かせているつもりになりながら、「裏切られた」とひとり怨嗟の声を漏らすとき、私たちは自身の尊大な所有欲に対してどれだけ客観的でしょうか。分析な問いとは、世界に対する奉仕です。

 私たちは私たちの世界を所有しないまま、私たちの生を生きます。そのような生を私たちはすでに退行的なものとして経験しています。退行的なものとはなにか? それは現れたり消えたりを偶発的にくり返し、教えることも学ぶこともできないため、知識の総体の網についにかかることがなく、それゆえ、私たちを失語症へと誘う内奥の快楽。それは追憶と名づけられる経験であり、そして忘却と名づけられる経験です。それは日常的な事件としては、夢や、夕暮れとして私たちに訪れるでしょう。
 私はそれらの諸経験に『エヴァ-ヱヴァ』を観る経験を加えたい。
 『ASUKA IS (NOT) DEAD!!!』に寄稿した「追憶の風景、記憶の闇」はそのようにして書かれたテキストです。『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』のBlu-ray&DVD発売を記念して、ここにpdf形式で無料配布したいと思います。



(*1)テレビ版の原作・アニメーション制作であったGAINAX、製作のテレビ東京はこの新劇場版には関わっていない。また、近年のアニメ製作では常態化している製作委員会方式もとられておらず、興行形態としては自主製作、いわゆるインディーズ映画となる。

「追憶の風景、記憶の闇」テキストのみver.
by warabannshi | 2010-05-25 22:30 | メモ | Comments(0)
【第十回文学フリマ】笑半紙の購入した同人誌リスト
 第10回文学フリマに参加の皆様、おつかれさまでした。総計54冊という過分なほどの売上でした。『笑半紙』¥400は残り21冊、『其処に意味をお与えにならなかったので』¥200は残り28冊です。お買い上げいただいた皆様、フリーペーパーを手にとっていただいた皆様、本当にありがとうございました。笑半紙は、第11回文学フリマ(12/5開催)にも参加を予定しています。

 今回の文フリでは一人で売り子を務めていたため、あまり買い物ができませんでした。それでも会場を見て回れたのは一重に友人・N嬢のおかげです。二十分程度のあいまに以下を購入しました。順不同。


芝浦慶一『ぶっころせ!刑法39条ちゃん』ノンポリ天皇 ¥600
 立ち読みで文庫本を開いたときに目に飛び込んだ、「クジラとセックスをしよう」という一文で購入を決定。後悔はしていません。ちなみに刑法39条とは「心神喪失及び心神耗弱とみなされた場合の犯罪の不成立及び刑の減免」に関する法律。

ながしろばんり『文藝三行半』 書肆べう ¥500
 三篇の文芸評論集。四十年ほど前の岩波文庫よろしく活字がぎゅうぎゅうに詰まっているために電車で読むのは頗る困難。「「反」というテーゼ -宮武外骨から末期のメディアへ-」が面白いです。

牟礼鯨『ハシュカダル』西瓜鯨油社 FREE
 オイディプス王が「エディポ」(『複雑系』収録)であるとしたら、当然ながら『ハシュカダル』はアンティゴネです。モイラの女神たちの紡ぐ運命の糸目を、古代ギリシァから三千年経った現代においてもこの悲喜劇を通して見ることができます。

中澤いづみ『タロティスト』西瓜鯨油社¥500
 タロットをモチーフにした短編。運命を知るために発達したのは巫女の祭礼や哲学だけではありません。占いもまた然り。

『セックスと、料理と』QBOOKS¥200
 「すべてのテキストをネット上で無料で閲覧することができるが、あえて書籍化する」という暴挙-冒険を行っている点で、笑半紙と同じ。表紙が春画です。

野田光太郎『「はだしのゲン」論 -生きるための尻ではねる笑い-』無手勝 ¥100
 雨の日にグラウンドで遊べない小学生が教室で時間つぶしに読む本、それが『はだしのゲン』。何度も通読しているはずなのに、まとまった「はだしのゲン」論が現存しないことに関してこの書評を読むまで不思議を感じなかったのは不思議です。

電子書籍部『(15冊すべてセット)』¥1,500
 笑半紙の隣のブース。ものすごい集客率を誇っていたので、ついつい私も隣から「全部ください」と買ってしまった本=データ。PDF書籍の強みは、大量の本の持ち運びが容易いことと、キーワードやタグの検索によって欲しい本がすぐ手元に現れることで、まるでドラえもんの四次元ポケットです。

UtAGe 演奏;Sebastian『本に寄り添う音楽』(CD) 左隣のラスプーチン FREE
 「文学フリマ開催ニ週間ぐらい前に、突発的に作ることになった音楽CD」だそうですが、PC作業に非常に馴染むピアノ曲が2曲入っています。次は「月の海 ~ nostalgia & frontier ~」¥1,000も買おう。
by warabannshi | 2010-05-25 01:28 | メモ | Comments(0)
第368夜「虎」
 青葉繁れる並木道沿いのサミットに、彼女Fと買い物に来ている。やたらと日曜雑貨、米、シューアイスなどをFが買うので、ぱんぱんに膨らんだ白いレジ袋で私の両手は塞がる。
 まだ買い物を続ける気らしいFは業務員用の細い通路をどんどん進んでいく。私がよろよろと後をついていくと、
「ねえ、毎朝この地下駐車場で訓練してるんだけど、自衛隊に入らない?」
サミットのバイトのお姉さんに声をかけられる。
 丁重に断ったが悪い気はしない。Fに追い付きその旨を話すと、
「じゃあネコが出ても安心だね!」
「何のこと?」
「だって、ほら」
Fが指差す児童公園では、巨大な黄色い虎が木洩れ日を浴びて欠伸をしている。
「たしかにネコ科ですが」
「ああいうのをのさばらせておくのは危険だよ。現にほら」
 幼稚園児の男女が四、五人、木の棒などで眠たい虎にちょっかいを出している。いつ食い殺されるか知れない。
「ちょっと袋を持っていて」
 私の義侠心は、私に石ころを拾わせ、虎に狙いを定めさせ、そして投げさせる。虎の気を逸すためだ。しかし石は山羊に当たる。怒った山羊は眼をむいて私を追う。私はすくたれ者と成り果て、車道を一目散に逃げる。
by warabannshi | 2010-05-24 01:13 | 夢日記 | Comments(0)
【第十回文学フリマ】笑半紙による私家版チェックマップ
 5/23(日)の第十回文学フリマで笑半紙が個人的にチェックしているブースを紹介します。下図は文学フリマの会場地図で、気にしている場所に黄色く○印が打ってあります。
c0054893_7561820.jpg


※敬称略、ブース順。文フリHP掲載自己紹介文+太田の一口メモ

H-17 書肆べう(ショシベウ) ながしろばんり
 ★小説★ 宮武外骨・実用・エンターテイメント
 はじめての方もそうでもない方もこんにちは、書肆べうです。今回のテーマは「狭い出版、そんなに急いでどこ行くの」ということで新製品は究極のアナログ企画「全自動御題発生冊子」他、電子書籍とは別の方向でそれなりに考えたフリーペーパーなど、文フリでも身の置き所に困るものばっかり準備中。へんなブース!
[当「笑半紙」の対面のブース。豊富なラインナップ。手作り感溢れるCD『あひる』('04)¥1,000が良い。]

I-11 西瓜鯨油社(スイカゲイユシャ) 牟礼鯨 中澤いづみ
 ★小説★  古典二次創作・衒学幻想譚・空想宗教史
 ソポクレスとミラン・クンデラを継承する「エディポ」やジョゼフ・コンラッドなどの二次創作、「副乳のザルバナ」などの一次創作、そして「偽バスタールによる教団史」を収めた『複雑系』。同じ空想惑星を舞台とする『掌編集』や『コルキータ』の主題に違う視座から斬りこむ意欲作。自己陶酔でも言語遊戯でもない文学結社。
すでに他の方々が言われている通り『複雑系』('10)¥500、『コルキータ』('10)¥500は非常にお勧め。牟礼鯨さんのブースリストも文フリ回遊の参考になることでしょう。]

I-17 笑半紙(わらばんし) 太田和彦
 ★小説★  雑誌・地図・夢日記
 わら半紙を切りそろえたメモ用紙に書き留められたToDoリストや待ち合わせ場所の地図、しゃべっているときの思いつき、記憶に残った夢の走り書きなどなど。そういう金のニオイのしない物、つまらない物の蒐集を行っています。それらの一部を編集して値段をつけて売り出すという。そんな冒険(暴挙)もしています。
[当ブログのブースです。セット割、キン・ザ・ザ割、夢日記割をすべて行使すると、『笑半紙』('10)『其処意味』('10)の2冊を半額の¥300でお買い求めいただけます。]

O-13 QBOOKS(キューブックス) QBOOKS勇士
 ★小説★ 詩歌・投稿・音楽
 愛と勇気と力とが静かに眠る知のこころ。私はもう、泣くのはやめようと思う。ハイホー。
[「有志」ではなく「勇士」であるところに歴戦を垣間見る。どうやらまだ新刊の印刷は始まっていないらしい。]

Q-02 ヨケマキルギルド(ヨケマキルギルド) ヨケマキル
 ★詩歌★ 音楽
 ヨケマキルの作品全般大売り出し
[ノイズィーな音楽。ロックというよりゴシックな印象を持つ。]

V-11 『.review』(ドットレビュー) 西田亮介、塚越健司、淵田仁、天野彬、小野塚亮
 ★評論★ メディアの創造・クラウドソーシング・ウェブ&リアル
 project「.review」はあらゆる知、まだ出ていない書き手も含めたあらゆる書き手、あらゆるメディア、そしてあらゆる読者をブリッジする新しいメディアをクラウドソーシングによってつくっていこうというtwitter発のプロジェクト。HPから厳選された論文と識者とのコラボを含めた有償版を頒布します
[twitterを介してproject「.review」がみるみるうちに実現・展開していくのをリアルタイムで見ていただけに、どのようなコンテンツが販売されるのかはとても楽しみ。]

V-17 アニメルカ製作委員会(アニメルカセイサクイインカイ)
 ★評論★ アニメ・雑誌・ネット
 反=アニメ批評、EPISODE ZERO アニメ批評系同人誌『アニメルカ』創刊号。web上で活躍されている日本国内外、約15名の方々から寄稿していただいた論考・エッセイを掲載
[畏友・村上裕一が、批評「彼岸への通路 ――『WHITE ALBUM』試論」を載せています。]
by warabannshi | 2010-05-21 09:09 | その他 | Comments(0)
第367夜「クロマトグラフィ」
 高校の、劇場を兼ねた講堂で行われる大講義に、生物担当として演壇にあがることになっている。
 いまや講堂の二階部分まで、隙間なく、癖葡町、箆箭町、枇寺町から集まった千人もの高校生が、きっちりとおさまっている。
 私は、本日の登壇者のなかでもっとも年若い。なので、トップバッターであり、「クロマトグラフィを用いて揚羽蝶の麟粉を分離・精製する」という実験をやってみせ、ちょっと浮ついた気分になっている高校生たちの耳目をひきつける手はずである。
by warabannshi | 2010-05-19 17:22 | 夢日記 | Comments(0)
【割引情報】第十回文学フリマ / I-17
 5/23(日)11:00-16:00 第十回文学フリマ@大田区産業プラザに参加します。
 「笑半紙」のブースは【I-17】です。

詳細:第十回文学フリマHP http://bunfree.net/

*** 物 品 リ ス ト ***

■文庫本『笑半紙』太田和彦 76ページ ¥400
 カテゴリ「こんな夢を見た」より。収録作品はすべてブログにアップされている記事をもとにしています。
 夢日記のテキスト量は、ブログ掲載時のかるく三割り増しになっております。複数のテキストを一つに編集したり、原型をとどめないほど念入りに推敲したので、「これは第○○○夜かな? まあどうでもいいや」と読んでいただければ幸いです。
 <夢日記>という人をくった趣向の記録文は、古くは鎌倉時代の明恵上人から、明治以降は夏目漱石、内田百閒、黒澤明、島尾敏雄、細野晴臣、山本直樹という偉大な先達たちによって書き記しるされており、どれもこれも最高に面白いのでお勧めです。彼らの後塵を拝し、「タダで楽しめる、一生退屈しない」夢という体験の報告書に一冊を加えたいと思います。

■B5判「其処に意味をお与えにならなかったので」太田和彦 20ページ ¥200
 カテゴリ「犬の生活」より。収録作品はすべてブログにアップされている記事をもとにしています。
 ネット上で小説を書き始めてから、2010年で10年目になりまして、そのあいだに随分文体も変わったのですが、ちょうど当ブログをはじめた2005年前後に書いた作品を選び、編集しました。浅葱ヒタキさんによる装丁とデザインで、愛嬌ある仕様になっています。

□CD「福が来る」北南 ¥2,100
 日本語ロックバンド、北南の1stアルバム『福が来る』を委託販売します。レーベルは「尻目庵」。ヘンテコな名前のこのレーベルは、全作曲・全作詞を手がけている増田-羽客-敬祐さんが立ち上げたもの。「あらゆることを尻目に自らの道を往く」という含意があるそうです。『福が来る』収録曲の個人的なおすすめは、「夜毎の月」と「芝」。
  △ 北南ホームページ hokunan.web.fc2.com/
  △ 北南の曲が視聴できます http://www.myspace.com/hokunan

*** 以 上 ***

 コミティア92でも行った ★特典1.セット割引 のほかにも、新しく ★特典2.『キン・ザ・ザ』割引、★特典3.「夢日記」割引 を行いたいと思います!
 
★特典1.セット割引
 『笑半紙』と『そこに意味をお与えにならなかったので』を2冊合わせてお求めの方には、セットで500円とさせていただきます。

★特典2.『キン・ザ・ザ』割引
 先日、早稲田松竹で現在上映中の『不思議惑星キン・ザ・ザ』(86')を観まてきした。素晴らしすぎる。カルト映画を数多く見てきましたが、批判精神に屈託のない作品は稀で、映画館内が幾度もくすくす笑いに満たされる作品はさらに稀です。『不思議惑星キン・ザ・ザ』はそういう稀な映画です。開始5分で、ロシアのおじさんとグルジアのバイオリン弾きがキン・ザ・ザ惑星に転送されるというすごい展開にも注目。
 Kin Dza Dza - Part One
 Kin Dza Dza - Part Two
 このカルト映画に敬意を表して、『キン・ザ・ザ』のパッツ人の挨拶ができた方には、100円引きとさせていただきます。クー!

★特典3.「夢日記」割引
 5/23(日)の朝、見た夢を憶えていた方には100円引きとさせていただきます。(見た夢を携帯電話などの通信可能なガジェットに打ち込み、当日、ブースのポスターに書いてあるメールアドレスに送ってください。)

 コミティア92で『笑半紙』、『そこに意味をお与えにならなかったので』を買ってくださった方のなかで、第十回文学フリマにもお越しいただいた方には、 ★特典2.『キン・ザ・ザ』割引 ★特典3.「夢日記」割引 のぶんのキャッシュバックを行いたいと思います。
 購入した『笑半紙』、『そこに意味をお与えにならなかったので』を会場までお持ちください。
by warabannshi | 2010-05-18 15:38 | その他 | Comments(0)
第366夜「道具主義」
 友人Oと造成地のブランコに乗りながら“真の道具主義は平等主義に到達する”という話をする。
 談話を記念するかのように、造成地の石塁に次のような内容の文が現れる。
「諸状況における道具の使用、それによって世界に累積される形態変化の履歴。変化は当然ながら道具の使用者、使用された道具そのものにも及ぶ。だから「道具と使用者と世界の間に関係がある」という言い方は正確ではない。そうではなく「道具の使用のまさにその瞬間、関係として世界が見出だされる」。
 ある道具aと使用者Aに累積した履歴は、たとえ使用者がAからBへ異なろうとも、道具aの使用のまさにその間、Bには風景の追憶のように予感される。
 私たちは道具について厳密な単位を設定することができない――もしその道具を眺めているのではなく、手で握り、重みを確め、使われるなら。道具は拡張される。自らに名付けられた名前など軽々と超えて。
 私たちは資源として出会う。
 望まれた永遠の相においてではなく、流転する万物の直中において。劣化し生成する弱い資源として。
 第三項――それを私たちは使うことができない。それは見出だされないことによってしか存在しないからである」
by warabannshi | 2010-05-16 04:59 | 夢日記 | Comments(0)



夢日記、読書メモ、レジュメなどの保管場所。
by warabannshi
twitter
カテゴリ
全体
翻訳(英→日)
論文・レジュメ
塩谷賢発言集
夢日記
メモ
その他
検索
以前の記事
2017年 04月
2017年 03月
2017年 01月
2016年 11月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 03月
2007年 01月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2004年 11月
2004年 08月
2001年 12月
記事ランキング