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第442夜「布屋敷の迷彩」
 亜熱帯の蔓植物が繁茂しているジャングルにいる。息苦しく、まるでなにかの動物の体内にいるようである。しかしここは布屋敷の小部屋であり、蔓植物はじつは迷彩である。事実、私が動くと、緞帳に投射された映像が情けなく揺らめく。
「とはいえ、ジャングルで躁状態になるのってのは、悪くないだろ?」
 ディズニー映画に出てきそうな体長二〇センチほどの悪魔が言う。尻尾の先端は当たり前のように矢印型である。
 私は湿気で酸欠状態になりそうだったので、彼を無視し、壁を一〇センチほどの間隔でノックし、ドアの在り処を触診する。
「nonchalanceは損をするぞ」
「いや、いいから」
「だったらノートパソコンで地上四〇階に通信するんだな。もっとも、ここにはノートパソコンなんてないわけだけれど」
 しかし私は自室のベッドで安眠している私を起こす。目覚めた私は、布屋敷で困苦している私を助けるために、ノートパソコンで地上四〇階への通信を試みる。しかし、どこに通信していいのかわからない。自室はベッドと壁とノートパソコン以外、何ものかに略奪されている。
by warabannshi | 2010-12-29 10:00 | 夢日記 | Comments(0)
第441夜「ひげ根」
 僧帽筋のあたりから大量の固いひげ根が生えて、ドレッドヘアのように垂れ下がっている。乾くとひび割れて痛くて難儀すると思うので、霧吹きで三十分おきくらいに湿らせる。耳鳴りがするし、眠くて堪らない。
「芝生とかで仰向けになっちゃだめだよ」芥川龍之介にそっくりな名前の知らない医師がそう言う。「たちまち君は逆立ちしたまま植物化するだろう。花々が生殖器だと人間的な意味でイメージしたことがあるかい?」
 彼の口から細く吹き出される煙草の白煙と混合されて「絶対運命黙示録」が流れる。
「仰向けに寝たら死ぬなんて『エレファントマン』みたいですね」
「ぺっ」
by warabannshi | 2010-12-27 11:34 | 夢日記 | Comments(0)
第440夜「臨終式」
 長年、肺を患ってきた友人Uが臨終式を行うというので、駆けつける。もともとは書道道場だったという、半分が地下になったコンクリート造りの二〇畳ほどのぽかんとした部屋に、黒いスーツに身を固めた数十名の人間が茶など飲みながらUを偲んでいる。愛煙家であるUのために、煙草を吸える人は煙草をすっている。煙草の煙と墨の匂いが入り混じって、神妙な空気になっている。
 末席でかしこまっていると、白い小皿に横切りにされたマフィンが二切れ、回される。
 二人の介添えに肩を支えられながら、紋付袴の友人Uが上座にあらわれる。正座していた一同が、一斉に黙礼する。『仁義なき戦い』のワンシーンのようである。
「あー、皆様。今日はお忙しいところ、僕の臨終式にお越しいただきありがとうございます。またこの式を取り仕切ってくださいました、***大学の****先生、***の****さん、御両名に深く感謝いたします」
 肺を病んでいるだろうに、マイクもなしにUはいつもの声量でしゃべりはじめる。それがいよいよUの最期が近づいていることを示すようで、私は悲しくなる。
「いま私の書いている原稿はほぼこのチャートに従っています。参考文献に関しては添付でお送りしたエクセルにまとめてありますので……」
 プロジェクターでフローチャートや円グラフなどが図表が十も二十も壁に投影されていく。Uの遺志に反して、それらの図表は、まったく、何にも、伝える内容を持たない。それがますます悲しい。Uは淡々としゃべり続けている。
by warabannshi | 2010-12-26 08:28 | 夢日記 | Comments(0)
第439夜「下校」
 朝方か夕暮れかわからない薄ぼんやりした空気を吸って、目を覚ます。職員室の机で突っ伏して眠ってしまっていたのである。職員室には私のほかには誰も残っていず、部屋の隅で小さなつむじ風が一つできていて、埃を巻き上げさせている。一面の窓からは、せまくるしい校庭をすっかり見渡すことができるが、やはり生徒のいる気配はなく、安穏とした空気が降りているだけで、とても寂しい気持ちになる。
 靴の表面が乾いてぼろぼろになっていたので、校舎の裏手にあるよろずやで靴墨を買ってこようと財布をもって出かける。
 しかし、よろづやにも人はいない。蛍光灯は切れてはいず、プラスチックのほうきや上履きなどが処狭しと積んであるのにもかかわらず、しかも私はこのよろづやにいまだかつて店員がいたことを見たことがないことに気づく。
(なんという無用心。)
 祭りの日の境内の屋台のように定食屋がずらりと並んでいる。それらの店先には、旧式のブラウン管テレビが、街頭に向けて音のない光を放っている。
 学校に戻ると、いつの間にか生徒たちがぞろぞろと下校していて、校門では巨きな山桜が満開である。
「ああ、太田さんが戻ってきたよ」
 桜の木の根元で談笑していた学生服を着た七、八人ほどの友人らが振り向く。あまりにいっせいだったので、大正時代に撮られた映画のワンシーンのようだと思う。
「じゃあ帰ろう」
 よくよく見ると、高校のときの友人K、友人Iや、大学のときの友人Nらがごくふつうに話して笑っている。
「太田、ちょっと話したいことがあるんだけど……」
 七、八人ほどのその集団でだんごになりながら上板橋駅に向かって歩いていると、いつもちゃっかりしている友人Sがいつになく真面目な顔つきで私に話しかけてくる。
「なに?」
 私は真面目そうにしている友人Sのわき腹をつついてからかう。Sはちっとも笑わずに、
「彼らに聞かれたくないんだ」
 そう言って足早に歩き出す。
 私は彼についていこうと歩調を合わせるが、ほとんど走るようになっても、Sの隣に並ぶことができない。「ちょっと待ってよ」と言おうとしても、息が切れて遠くを歩くSの背中にちっとも届かない。もう友人らは遠く後ろのほうにおり、私は曖昧な光のなかで「待って、待って」を繰り返す。
by warabannshi | 2010-12-19 05:13 | 夢日記 | Comments(0)
第438夜「落語」
 Sさんの落語に関する講義を聴きに大教室に入る。大教室は廊下よりもさらに冷え冷えとしていて、ところどころで影が球状になって凍り付いている。やけに包帯を巻いた人が多い。両頬を切り裂かれて、歯が露出しているひともいる。レンガの投げあいでもしたのだろうか? と思う。
 Sさんが入ってきて、講義が始まる。「死んでいる俺を背負っている俺はどこの誰だろう?」という粗忽長屋のサゲの研究。「(ある対象について)わかっていると思っている俺をわかっている俺はどこの誰だろう?」「(ある対象について)わからないと思っている俺をわかっている俺はどこの誰だろう?」というバリエーションが黒板に書かれる。
「自叙には多かれ少なかれこの問いがつきまといます。ニーチェの『この人を見よ』を読んでください。“死んでいる俺を背負っている俺”についてを、自らの手で自らの墓碑に刻むこと、これは完全に技術的な話です」
 講義が終わり、トイレに立つ。
 四つならんだ一番奥の小便器だけ異常に大きく、しかも大部分は床にめり込んでおり、高さ三メートルほどから放尿しながら、足を滑らせれば死ぬな、と思う。
by warabannshi | 2010-12-18 17:12 | 夢日記 | Comments(0)
【お知らせ】2011年、年賀状について。
 私は基本的に紙媒体での年賀状は出しません。
 年賀状を送っていただいた方には寒中見舞いをもって代えさせていただいています。

 喪中ではありません。あと年賀状反対派でもありません。せっかく「原始メール」で手紙を出すなら裏も表も印刷されたものをばらまくよりかは、ごくふつうの絵葉書でふつうに送りたいなと思っているだけです。牛や兎の楽なイラストも、固くキチンとした筆字も印刷されていないし、お年玉くじもついていないもので。(年賀状をふつうに書けよ、と言われる向きもあるかと思いますが、皆様がそうであるのと同じように年末は用事が後から後からわいてくるものなのです)

 このブログの存在を知らない、この記事を読んでいないであろう方には、今年も快調に年賀状を出す予定です。年賀状のやりとりという細い糸しかないのならば、それはもう大事にします。もうどんな容貌だったのか、記憶も定かではないし、それは先方も同じだろうけれど、とにもかくにも出します。

 我侭者ですみません。そういうわけで、どうぞよろしくお願いします。
by warabannshi | 2010-12-17 11:55 | その他 | Comments(0)
第437夜「兄弟」
 友人Uと友人Mはじつは兄弟なのだという。函館近郊の彼らの実家でハチミツ入りの生姜茶をふるまわれながら、三人で、本当に平和なテーブルを囲む。
「なんだ、早く言ってくれれば良いのに」と私は彼らのみず臭さを詰る。
「とっくに気付いていたかと。常識的に考えて」とM。
「Mは裸眼だと本当に印象が変わるね」
 UもMも眼鏡を外しているのである。
「東京で緊張してるのを隠すための伊達だよ」
「だからといって太田君は“融資精神”を爆発させなくてもいいんだ。俺たちは俺たちで万事快調にやっている」
 水の泡のように煙草の煙を吹きながらUは言う。白いテーブルクロスとやわらかな陽光は、世はこともなし、と告げている。
by warabannshi | 2010-12-15 09:26 | 夢日記 | Comments(2)
第436夜「寝不足」
 二日と半日間に及ぶ徹夜があけてふらふらである。徹夜でなにをしていたのかは覚えていない。名前の知らない辺鄙な駅のプラットホームでぶるぶる震えながら、除雪車や貨物列車のあいまに出る「新宿行き」を待ちわびている。
「癇癪玉はまだ残っている?」
 名前の知らない悪友がやっぱり寝不足気味の滑舌で言う。
「銃声が要るんで使っちゃったよ。どうして?」
「念のため、売店で買っておこうよ。ラムネも飲みたいし」
「良いけど」
 この寒空でラムネなんてどうかしている。
 そのとき、改札口を乗り越えて、銀色の特殊警棒を持ったベンチコートの男がこちらに向かって早足でやって来る。
 私は悪友と踵を返して逃げ出す。捕まったらあれで骨が折れるまで殴られるだろう。肩車をして貨物列車の車両の上に逃げるが、そこから飛び移る先がない。デッドエンドである。特殊警棒の男はもう車両の下にいる。
「幾ら持ってる?」
「7803円」
「それじゃあ撒いても時間稼ぎにはならないな」
 ふと、私たちは徹夜で映画のロケをしていたことを思い出す。悪友は「懈怠」と書かれた一斗缶を抱えあげ、そして男の頭上で放す。
by warabannshi | 2010-12-13 07:42 | 夢日記 | Comments(0)
【購入物+感想】第11回文学フリマを終えて。
 12月5日(日)に行われた第11回文学フリマで、下記を購入。
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B-19:トラウマ児童文学レビュー「トラウマ児童文学レビュー集 懐かしい傷」[読了]
K-9:佐藤「文学フリマ殺人事件」
N-4:around STONE「around STONE vol.0」
O-7:ナタリー「一九九八年のキャッチボール」
O-7:ナタリー「ボオドレエルの一行未満。」[読了]
O-7:ナタリー「一羽の鳥が飛行機から飛び降りる」[読了]
R-10:西瓜鯨油社「物語群」
R-10:1103号室「少女23区」
S-07:青年文化ゼミ有志「文化と表現vol.1」[読了]
S-07:青年文化ゼミ有志「文化と表現vol.4」
S-07:青年文化ゼミ有志「文化と表現vol.5」
S-07:青年文化ゼミ有志「文化と表現vol.7」[読了]
ア-1:project .review「.review 002」
ア-7:早稲田大学現代文学会「LIBRERIA 2010」
ア-20:書肆べう「ながしろばんり創作噺」(CD)
ア-20:書肆べう「彼の岸 vol.7」
エ-19:双葉文学カフェ「FLOWORDS Vol. 1」
エ-1:アニメルカ製作委員会「アニメルカ vol.3」
どこだか忘れてすみません:木葉揺「ぽえむっしゅう」

 ほかの参加者の方々がどのようなものを購入されたかについては、「第十一回文学フリマ」感想集 http://d.hatena.ne.jp/jugoya/20101205 を読むことができます。

 とりあえず、読んだものの感想。
・B-19:トラウマ児童文学レビュー「トラウマ児童文学レビュー集 懐かしい傷」
 twitterで見つけてから買おうと思っていた電書。十代までにどれほど那須正幹とやなせたかしと三田村信行から教育を受けてきたかを思い出した。つまり、「世の中には往ったきり還ってこないこともある」ということを私は彼らから学んだ。
 「非トラウマ児童文学」――例えば『母を訪ねて三千里』では、主人公マルコは行方の知れない失われた母親を世界の果てまで探しにいく。そして、苦難の末に再会をはたし、物語は終幕をむかえる。また『ニルスの不思議な旅』では、悪童ニルス・ホルゲションはガンの一行とともに世界を見聞して自らの傲岸や無知を恥じ、周期的な渡り鳥の移動にしたがって無事、彼自身の日常に帰る。
 しかし、「世の中には往ったきり還ってこないこともある」。
 母親を殺された復讐のために、母親を殺した狼に弟子入りし、その狼を殺したあとで「狼でも羊でもない、得体の知れないぞっとする生き物」として咆哮する羊の『チリンの鈴』(やなせたかし)。ある日、歩道の敷石のくぼみをきっかけに気紛れにいつもと違う道を歩いて帰宅すると、家には〈クラゲのようなぐにゃっとするもの〉が二体いる『どこにもゆけない道』(三田村信行)。
 「世の中には往ったきり還ってこないこともある」。
 慎ましさと節度を妥協と小心さ以外の理由からはじめさせるのは、いつもこの教えだ。

・O-7:ナタリー「ボオドレエルの一行未満。」
・O-7:ナタリー「一羽の鳥が飛行機から飛び降りる」
 芥川龍之介は致死量の睡眠薬を飲んで自殺した。芥川龍之介は短編小説しか書かなかった。芥川龍之介は鈴木三重吉が創刊した『赤い鳥』にも童話を寄せている。内田百閒の「山高帽子」に出てくる顔の長い先生は芥川龍之介がモデルだろう。百閒曰く、「芥川は、こちらから何を話しても、聞いてはいるらしいが、向うの云う事はべろべろで、舌が動かないのか、縺れているのか、云う事が中中解らない。どうしたのだと尋ねると、昨夜薬をのみ過ぎたのだと云う。そんな事をしてはいけないだろうと云えば、それは勿論いけないけれど、そんな事を云うなら、君だってお酒を飲んで酔っ払うだろう、などと云って、そう云ったかと思うと、人の前で首を垂れて、眠ってしまった」(「亀鳴くや」)。
 まだ一冊未読だけれど、ウワノソラー(上の空でいることが多い人)としての芥川龍之介を意識するきっかけとなった。今回の文学フリマでは「上の空割引」をやったおおかげでブースを訪れてくれた方々からたくさん上の空話、白昼夢を聴くことができたが、それにもまして、日本文学におけるウワノソラーの系譜をたどってみたくもなった。

・S-07:青年文化ゼミ有志「文化と表現vol.1」
・S-07:青年文化ゼミ有志「文化と表現vol.7」
 高校の友人・四竈と八年ぶりに邂逅した。私たちは雑種だった。いろいろなものを混ぜる実験場として自身を使っていた。何かを生み出すために混ぜているわけではなかった。AとBを混ぜたらCが生まれる。欲しいのは「C」ではなく「混ぜたら」であり、前者を優先したときに造られるのは、それは品種であって雑種ではない。雑種の本懐は力強さであり、成績は悪かった。八年後、彼は、有斐閣で仕事をしながら映画批評を書く男になっていた。彼の力強さが衰えていないことに安堵した。「vol.1」の随筆で出てくるクサオが誰だったか思い出せそうで思い出せない。
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 なにはともあれ、無事に終わってよかった。
 今回の文フリでは四竈にも会えたし、around STONEの後藤さんにも会えた。
 後藤さんと出会ったのは三年ぶりで、これが二回目。最初に会ったのは私(と後藤さん)が塩谷さんを初めて知ったときなのでよく憶えている。2007年5月28日、塩谷賢さんが芸大で講義「誰が見たり聞いたりするのか?」を終えたあと、上野の焼き鳥屋での二次会には、すっかり塩谷さんの学識の驚異にあてられた六人が集結していたが、なぜか一人も芸大生がいなくて(つまり全員もぐりの学生で)、そのなかでも後藤さんは「俺は頭が良いから大学なんて行かなくても良いと思っていたんですよ…」とその恵まれた体格とともに異彩を放っていた。
 あと、牟礼鯨さんの大学時代の友人という「青森県に住むクセルクセス氏」が非実在青年であることを知り、ブースを訪なうであろう彼から早稲田時代の鯨さんのことを訊こうとしていた私は残念だった。
by warabannshi | 2010-12-09 14:23 | メモ | Comments(2)
第435夜「パペティスト」
 体の各部分に透明なワイヤーを取り付けそれを天井から操作することによって一種のワイヤー・アクションのなかで演技を行う「パペット」という舞台芸術がある。無言劇、いわゆるパントマイムなのだが、これをパントマイムというのならばバレエもまたパントマイムだと言わざるを得ないほどのシリアスな動きを見せる。
 パペットを演じる役者をパペティストと呼ぶ。
 一般的にパペティストは十代前半の少年少女である。空中にいられる時間が長いためである。
 パペティストたちは予め、演技の段取りをワイヤーを操作する係に伝えることで、オルゴールのように完成されたルーティンを数十分間に渡って空中で行うことができる。虚空の階段を上ったり、くるくると回転したりなど。
 より天使に近い演技はパペティストたちの憧れの的であるが、肉体、とりわけ骨格へのダメージもまた大きい。
「この二年くらい、ときどき痺れと痛みで右腕が使えなくなる。細かい字が書けないんだ。ピアノとか、引退したら弾きたかったんだけど、鍵盤をなでることしかできない」
 元トップ・パペティストの、名前の知らない女友達が、稚気の残るパペティストたちの舞台練習を見ながらそう言う。
「私が死んだら、解剖して、頚椎とかの関節がどれだけ歪んでいるのか調べてよ」
「自分の骨くらい、自分で持ってなよ」
 私は平静を装う。
by warabannshi | 2010-12-08 10:04 | 夢日記 | Comments(0)



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