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第600夜「造物」
 凪いだ水面をしばらく滑っていると、浸水したビッグベンが見えてくる。もちろんそれはCGで、ここはテムズ川ではない。ウェストミンスター宮殿のずらりと並んだ円柱はすべて均質な水中に沈んでいる。二階部分にあたるのか、三階部分にあたるのか、やはりずらりと並んだ飾り窓の上半分がのぞいている。バクテリアさえいない空間に、誰かが作った建造物があるというのは、たとえCGのなかだとわかっていても神々しいものがあり、月面で「モノリス」(孤立した岩)に対峙した宇宙飛行士はこんな気分だったろうと思う。
by warabannshi | 2012-12-25 09:23 | 夢日記 | Comments(0)
第599夜「アイロン」
 発情期に入った雌猫の長い長い呼び声が、町のどこにいっても離れない。「う」と「や」と「な」が高音域で混ざった、時折「ぎ」も混ざるあの声が、猫の体のどこから出続けるのか。二時間も叫んでいれば、骨と皮だけになってしまいそうだ。雄の蝉はあの小さな体で七日間ほど鳴きつづけるが、猫は十年間は生きつづける。
「猫はこの恥をそそぐことができるのだろうか」
 商店街のクリーニング屋の若い店主が言う。視線は、店の外の小春日和の日光を眺めているが、手は休まず、天井から束になったコードにつながれたスチームアイロンで白いワイシャツの皺を伸ばしている。
「発情期の猫は恥ずかしがっているんですかね」
 私は猫のことよりも、どちらかというとこの若い店主が自分と同じくらいの年齢なのか、それともずっと年下なのか、それとも光の具合でわからないだけで意外と老けているのか、そういうことをはかりかねて変な言葉づかいになってしまう。
(あらゆる動機の根源に、恥を感じ取ってしまうことが、人間の一つの特性だよ。その恥は、根源的な、生き恥のようなものだ。そわそわすること、落ち着かないこと、生体の奥底から湧き上がってくるぶつぶつした泡のような苦痛と、本来ならばあるべきと考える静穏とのあいだのずれを、私たちは恥と名付ける。あるいは受難と……)
(でも、猫は自分自身のあるべき静穏なんて、きっと考えたことありませんよ)
(猫が考えたことがなくても、箱型になって日向で眠る猫を知っている私たちは考えるだろう)
 私は不意に目を覚ます。うつらうつらしていて、どこまでが本当のことかわからない。
 クリーニング屋の店主は、とりすました顔で、仕上げたワイシャツをビニール袋に入れ、次のワイシャツに手を伸ばす。水槽では大きな和金が一匹、オオカナダモのあいだを漂っている。表では、しかしやはり猫が助けを呼ぶように長く声をあげていて、どんな雄猫でもいいから、早く交尾に駆けつけないものかと思う。
by warabannshi | 2012-12-21 11:12 | 夢日記 | Comments(0)
第598夜「饂飩屋」
 西国分寺の駅の改札口のすぐそばにある饂飩屋の広告がうるさくてたまらない。透き通った関西風のスープが黒い背景のもとで掬い上げられたり、「こしのある太麺」が垂直にたわんで落ちてきて、これ見よがしにバウンドしてみせたりと意味がわからない。どうやら場所は、コンコースの階段から、扇形にいくつもの自動改札機の広がっている改札口の近くにあるらしい。ポップアップ広告のVTRでは、明石焼きの小さな店も映っていた。そこに行って文句をつけてこようというわけではない。ただ、広告で人を苛立たせるだけの味と工夫がなされているかを確かめに行くだけである。承知できない代物だったら、そのとき初めて堂々とこき下ろせばよい。
 私は支度を整え、西国分寺に行く。しかし、西国分寺駅には、そんな改札口はそもそも存在しないことに、電車のなかで気がつく。もしかしたら、東京のそれではない西国分寺駅だったのかもしれない。そう思い至ると、そうであるとしか思えなくなってくる。
 このまま電車に揺られていくのも癪なので、ひとまず存在している西国分寺駅の近くで饂飩屋を探して、そこで食べて帰ることに決める。
 下車すると、辺りの空気がずいぶんと粘土質の埃でけぶっている。どこかの小学校で運動会が催されているに違いない。あにはからんや、駅舎のすぐ裏手には高いポールが幾つも立っていて、万国旗がぶらさがっている。まるで耳のつかえがとれたように、十歳以下の子供たちの歓声が聞こえ始める。どうせ暇な身なので、ちょっと見物するつもりでそちらに行くと、入場規制がかけられている。この頃はどこもそうなのかもしれない。出入り口には、二人の屈強な警備員が立っている。運動会の催されている校庭で、一人の小さな男の子が、立ち止まってこちらを見て、また級友たちのほうに走って行った。校庭の出入り口の周りには、どてらを着た男たちが寒空の下、こたつに入って麻雀を打っている。牌の形が奇妙だと思い、よく見ると、USBを牌に見立てているのである。彼らの1人が、湯気のたっている店屋物の饂飩をすすっている。近所に饂飩屋はありますかと聞くと、男は無言のまま、割りばしで駅舎の地下街に続く階段を指し示す。礼を言って、その場を後にする。
 階段を降りると、子供なら乗れるくらいの模型の列車がレールの上を走っているのに出くわす。どうやら、模型列車は、円環型の地下街を周回しているらしい。そのレール沿いに歩いていくと、飲食店の並びにたしかに饂飩屋があり、4人くらいの行列ができている。私がその行列の最後尾に並ぼうとすると、後ろから袖を引っ張られる。振り返ると、絶望的な笑顔を浮かべた、女子高の制服を着た女性が立っている。なにかわからないことを、その笑顔をはりつけたままその女性は言う。おそらく勧誘だろうと思う。しかし、安い材木のような肌といびつな口角への衝撃のせいで、何を言っているのかわからない。私はその勧誘をふりほどこうと、レールに沿って歩き出す。しかし、その女性もやはり意味不明なことを言いながらついてくる。次第に饂飩屋から遠ざかっていく。公衆トイレを見つける。尿意はないが、さすがに入ってこないだろうと思い、まるで檻のなかに逃げ込む四足の動物のように、小走りに駆けこむ。
by warabannshi | 2012-12-14 07:11 | 夢日記 | Comments(0)
第597夜「霜」
 友人Hが、高いブロック塀の上に立ち、お前も上ってこいと誘う。ブロック塀はのっぺりした乳白色のペンキが塗布されていて、寒空にてかてか光っている。思い切り飛び上がれば、ざらざらした塀の上に両手の指先をひっかけることができるだろう。
「高い壁じゃないと上ったときに気持ち良くならないんだよ、な、太田」
 友人Hは小学生の姿になっているが、相変わらず豪傑めいた口調でしゃべり、そして笑う。私は謙虚で臆病な犬のようだと友人Hに思われたくないので、ブロック塀の前でしゃがみ―、そして跳ねる。
 壁の向こう側には、芒野原が広がっていて、一面霜が降りており、生まれて初めて目にする私の家が、遠くにぽつんと建っている。書割のような安っぽい木材でその家ができていることが、かなり離れたこの壁の上からでもわかる。二階の窓には緞帳のような分厚いカーテンがかかっている。かささかに乾ききった地面から立ち上る埃をよけるためなのか、それとも窓の外に見るべき何物もないことに対する子供じみた復讐のためのディスプレイなのか、まっ黒いカーテンは、ひどく長く、窓の外に垂れ下がっている。
「昔、カナブンをたくさん集めて、太陽光と虫眼鏡で燃やしたことがあったんだれど、なんで燃やしたくなったのか、あのみすぼらしい小屋を焼きたくなって、思い出したよ」
 友人Hが言う。私は、もはや誰も住んでいない私の家―いや、たしかに小屋と言った方がいいかもしれない―小屋の煤けた内装をありありと思い出すことができた。そこに住んだことがなければわからない床の釘のでっぱりや、隙間風を防ぐための敷物、ひび割れた琺瑯びきのケトル。がらくたに対する無性な惜しさがわいてきた。
「焼くの?」
 私は塀の上に座って足を垂らしたまま、友人Hに聞く。返事がないので顔を上げると、彼は静かに泣いている。私は顔を上げなかったことにして、また私の小屋を眺める。風は頬にも小鼻にも冷たい。
by warabannshi | 2012-12-03 08:54 | 夢日記 | Comments(1)



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