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第616夜「陸錬会」
 道路が巨きな亀の甲羅のように隆起した駅前は薄暗く、タールの匂いが漂っている。アスファルトがよほど悪い材質なのか、靴の裏を介してすら、そのざりざりとした砂利と浮かんだ黒い油のぬめりが感じられる。ここは立川駅北口である。人気はない。立川駅前ならば、マクドナルドの1軒くらいあっても良さそうだが、と思うと、いや確かに、マクドナルドとパチンコ屋が駅ビルに併設されている。他の店舗はない。そして、マクドナルドの店の手入口の周りには、まるで石筍のようなものが幾つも立っている。立っているばかりではなく、揺らいでいる。近づいてみると、それらは全裸で頭を丸刈りにした男たちである。誰も彼も、奇妙にくすんだ、灰色がかった肌をしている。彼らの眼は一様にマクドナルドやパチンコ屋に向けられており、自動ドアが何かの拍子に、アスファルトの砂利を捲き込むとかして止まったら、一目散に店内に転げ込みたいと願っているようである。「陸錬会」と呼ばれる政治結社が若い男性を集めていると聞いたが、こういうことだったのか、そう、他人事のように思っていると、いつの間にか、私は彼らと同じような全裸の恰好になり、他の全裸の男たちの行列のなかに混ざって3段ベットの間で1列に並んでいる。「……」。5人ほど前のところで、一回り歳を食った不健康なやせ型の男が、やはり全裸で私たちの行列に指導している。口から唾を飛ばしながら講じているが、一向に何を言っているか判別できない。声すらも聞き取れないのである。周りが騒々しいのではなく、まるで私の頭の周りから空気がなくなってしまったように、彼の声は私の鼓膜から途絶されている。行列が進む。先頭に立っていた背の高い男は、左手首と左足首を荒縄で縛られ、奇妙な片足立ちで、ぴょんぴょんと前に進む。3段ベットには、やはり全裸に丸坊主の男たちが鈴なりになっており、木刀で彼の身体を突いたりしては笑っている。片足立ちの男はまるで抵抗しようとはせず、必死になって、部屋の向こうの壁までたどりつこうとしている。新入生いびりだ。私はそこに居ることがたまらなく嫌になる。栄養不足の身体がひしめき合っている列から横に外れ、この部屋の外に出るために歩きだす。従順ならざる者の行動に、とまどったような視線が周りから、頭上から注がれるのがわかる。構わず歩きつづけると、肩を強引に掴まれる。「貴様はなぜ陸錬会に入った!」。私は叫ぶように言い返す。「私は既成の秩序のために泣いた男に同情して陸錬会に入りました。しかし、ここでは涙そのものがない」。私の口は私が知らない決意を語る。
by warabannshi | 2013-04-12 03:33 | 夢日記 | Comments(0)
ゴーゴリ『死せる魂』中村徹訳、「世界文学全集」49巻、新潮社、1963年
 〔自分が書類に書き写した〕百姓たちの名前を眺めやった。いずれもかつてはまさしく百姓として手仕事をしたり、田畑を耕したり、酔っぱらったり、馬車引きをしたり、旦那の目をごまかしたり、そうかと思えば、ただの地道な百姓だったりした連中なのだが、彼はふと奇妙な、自分でもわけのわからぬ感情に支配されてしまった。どの名簿もその一つ一つが何か特殊性をもっているようで、そのために個々の百姓までが独自の性格を得ているように思われたのである。カロボーチカ〔という地主〕に属していた百姓は、そのほとんどが注釈や綽名をいただいていた。プリューシキン〔という地主〕の名簿には字句の簡潔が目立ち、なかには名前と父称の頭文字だけを並べて、あとは点を二つ打っているものもあった。サバケーヴィチ〔という地主〕の目録は、類のない充実ぶりと細かさで驚嘆させ、百姓の性質などにも一つとして書き漏らしはなく、「指物をよくす」とか「物わかりよく、酒を嗜まず」などと書き添えてあった。父はだれ、母はだれ、両親の行状はどう、ということまで詳しく記されてあった、が、ただフェドーエフとかいう男の場合だけは「父親不詳にして下婢カピトリーナより生まれたるも、性善良にして盗癖なし」と書かれてあった。これらの詳細な記入事項は一種特別な新鮮味を与え、さながら百姓どもはつい昨日までも生きていたように思えるのだった。長いこと彼らの名前を目にさらしながら、彼はしんみりした気持ちになっていたが、やがて溜息をつくと、こんなふうに呟いた。――《おい、おっさんたち、ずいぶんぎっしり詰め込まれているね! 一体、お前さんたちは、生涯何をやって通ったんだね! どうやって身すぎ世すぎをしてきたんだい?》そのうちに彼の目はある一つの名前の上にとまった。それは往年、女地主カローボチカに属していた例のピョートル・サヴェーリエフ・ニェウヴジャイ・カルイトという長ったらしい名前だった。彼はまたも呟かずにはいられなくなった、――《こりゃまた、なんて長ったらしい名前なんだ、行いっぱいに広がってやがる。お前は職人だったのかい、それともただの百姓かい。死にざまはどんなだったい? 飲み屋でくたばったのか。それとも道端で寝ているところをうかつな荷馬車にでも轢かれたのかい? ――プロープカ・スチェバン、大工、典型的なる酒嫌い、か。――ああ、こいつだな。スチェバン・プロープカっていうのは。サバケーヴィチが近衛にお誂え向きだなどといったあの勇士だな! きっとお前は斧を腰にぶっこみ、長靴を肩にしょって、県下を隈なくうろつき、一銭二銭のパンや干魚で腹をふさぎ、家へ帰るときは銀貨で百ルーブリずつも財布の中に貯めこんでいったのだろう、あるいは紙幣の一枚くらいはズボンへ縫い込むか、長靴の中へ押し込んでいたかもしれない。だがお前は一体どこで死んだんだ? 大きな儲けをしようとして教会の丸屋根の近くまで上ったんじゃないのかい。そして十字架へでもよじ登ったところを、そこの横木から足を滑らせて地面へ墜落したんだろう。で、そばに居合わせたミヘイ小父とか何とかいうのが首筋をなでて「ちょっ、ワーニャ、へまなことをしやがるな」とでも言って、そのまま今度は自分が縄を体にくくりつけてお前の身代わりに登って行ったんだろう〔以下略〕》

世界文学全集〈第49〉死せる魂・はつ恋・スペードの女王 (1963年)

ゴーゴリ / 新潮社


by warabannshi | 2013-04-06 03:08 | メモ | Comments(0)
第615夜「屏風絵」
琳派風の屏風絵。金箔を地にした面に大きく円い縁取りがしてあり、その円の内側には、墨色をした絨毛が無数に描かれている。みっしりと生えた、赤ん坊の指のようなそれらは、上下に機械的に動き、屏風のなかに吹く風をコンセプチュアルに表している。
突如、円に亀裂が生じ、その亀裂からは滴るような緑が絨毛の原に垂らしこまれていく。
この事態に私はなんとなく安心する。しかし、これらすべては意地悪い単眼の少女の眼球のなかの出来事の一つに過ぎない。
by warabannshi | 2013-04-04 00:46 | 夢日記 | Comments(0)
第614夜「首なし蜻蜓」
 薄暗い、大きな日本家屋の廊下で、寝巻としかいいようのない、鼠色の麻の浴衣を着ている子供。どういうわけか日の出から間もなく目が覚めてしまったらしく、そういうときに特徴的な勘の冴えから、ひたひたと進むべき方向に歩く。やがて彼の父と母の声が聞こえる。父は庭の温室の管理が行き届いていないこと、おかげで丹精している観葉植物の鉢植えが弱っているを詰っており、母はそんな暇がないことを言い募る。彼の両親は、教育上、何か思うところあってか彼の前で言い争うことをしない。少年は深層のしこりのような、表面上は穏やかな不和を忌んでいたので、むしろこのやり取りをずっと立ち聞きしようとし、しかし寝が足りないので、柱に肩をもたせて腰を下ろした。すると、彼の首元にぴしりと当るものがある。振り向くと、蜻蜓と思しき大柄の蜻蛉が、4枚の羽をばたばたさせて宙を舞っている。その飛び方が、縄張りに入ってきたものを威嚇するにしては、あまりにも苦しそうであり、よくよく目を凝らすと、細長い、黒地に黄色の縞模様の入った体の先端には、ありうべき大きな2つの緑玉色の複眼がない。少年は小さく悲鳴をあげて飛び退る。蜻蜓の頭はいつ捥がれたのだろうか。彼の首筋に当ったときか。それならその頭は彼の背中と温い浴衣の布のなかに挟まっているはずである。あるいは、すでに彼にぶつかったときに、蜻蜓の首はなかったのだろうか。彼は他の蜻蛉の腹をむしったことがあるが、その後で何事もないように飛んでいくのを嘲りを込めて見上げたことがある。しかし、首をなくして尚、この昆虫は平然としていられるものなのか。少年は首に手を当てたまま、両方の二の腕を後ろから大きな手で鷲掴みにされたような肌の粟立ちがおさまらないのを感じている。
by warabannshi | 2013-04-01 06:01 | 夢日記 | Comments(0)



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