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第619夜「駆け落ち」
 鱚のような顔つきの娘と、居住区であるところの巨大な潜水艦から逃げ出す画策をする。なぜ逃げ出そうとしているのかは知らない。湿気が多く、そこらじゅうにペンギンが這っているような、このひやりとした薄汚れた環境が嫌ではある。しかし、駆け落ちをするほどではない。そもそも、これを「駆け落ち」と考えているのは彼女だけである。彼女が私に好意をもってくれていることはわかっているが、私の方はそうではなく、しかし彼女の「太田だって私のことを憎からず思っているはず」という思い込みを無碍に捨てさせれば、この脱出に向けた奇妙な共闘関係が水泡に帰するので、黙っていることにしている。
 私と彼女とはらせん状の階段を1段飛ばしで駆け上がり、地上へと続く蓋を開ける。そこは井の頭動物公園の広場で、霧雨がふわりと流れ込んでくる。
 縦穴から這い出て、肺いっぱいに深呼吸をする私に、鱚のような顔の娘は、この際は一緒にやっていくしかないことを言う。私は、そんなことはない、せっかく自由の身となったのだから、お互いに好き好きに生きていこうと答える。彼女はきょとんとした顔をますますぼんやりさせたが、すぐに憤然として、黙って立ち去る。
 日が暮れつつある広場を見回すと、同じような背格好の人々があちこちで5人ほどの輪を作り、談笑している。顔をよく見ると、いずれも見知った顔である。これは同窓会のようなものなのかもしれないと思う。
「あいつの名前なんだったっけ。あだ名は覚えてるんだけど」
「ポセイドンは『ほ』から始まるはずだから…」
 堀田だ。そうだ。確かに私は彼らの名前を知っている。耳に挟んだやり取りに自分のなかで答えて確信を得る。しかし、うろうろ歩き回る私に誰も声をかけてくれない。私はいま、どんな顔をしているのだろうか。鏡を見たい。
by warabannshi | 2013-05-27 04:25 | 夢日記 | Comments(0)
第618夜「宣教」
 身長5メートルを優に超す僧侶が、同志の1人の頭を林檎のように握りつぶし、辻に集まった人々から喝采を受ける。その野蛮な歓声の届かない遠く離れた街路で、私は双眼鏡で眺めるのをやめ、そして瞑目する。早く川を渡らなければ。双眼鏡を、荷車に積んだ嚢のなかにしまい、友人を亡くした私を気遣うように目を伏せる同志たちに混ざって、再びその押し手に加わる。早く川を渡らなければ、次にあの場所で人々が汚物を投げつけられ、公開処刑を受けるのは私たち全員だ。あの目立ちたがりの巨僧が異教徒を手づから捕縛したがっているにせよ、彼には酷薄な出し物の後片付けがあるだろうから、少しだけ逃げおおせる可能性はある。私は荷車を押す。あぶらぎったアスファルトに、踏ん張った革靴の底がずりずりと滑る。
 どれほど歩いたことか知らない。長い上り坂と下り坂を3つほど越えた。鼻腔に酸っぱさを感じるような風が時おり吹くようになり、私は川に近づいていることを知る。「ちょっと先に行って、渡れる橋があるかどうか、確認してきます」といい、他の同志たちの返事を待たずに駆け出す。道を走るに従い、不快な刺激臭は目と喉にも達してくる。一刻も早く、立ち去りたい場所から立ち去るために、もっとも近寄りたくない場所へと近づいている。私は笑い出したくなる。しかし、一度笑い始めてしまったら、そのまま気が触れてしまうのではないかという恐れが、私を醒めさせる。
 そして、目の前の川には、見渡す限り橋がない。
 工業地帯を流れる川はどれも、あらゆる種類の廃水が集まる排水路に過ぎないが、それでも川である以上、単なるごみ溜めになる前の名残のようなものがある。橋がその一つだ。しかし、橋はない。川幅はそれほどではないが、泳いで渡るということはまったく考えにくい。川の中ほどで、皮膚は爛れ、目は潰れるだろう。
 とうとう笑い出そうとしたとき、ふと、川縁に立てられているボタンのついた杭を見つける。私はそのボタンを何気なしに押してみる。ごり、と足元で関節の外れるような音がして、川縁に延々と続く柵の一部が外れ、植物組織のように、舗装された道が対岸へと伸びはじめる。そういう仕掛けか。私は後続の同志たちをそのまま川縁で待とうとしたが、以前、突然変異を起こした水棲植物に同士の一人が川に引きずり込まれて喰われたことを思いだし、悲惨な死を遂げた彼女をあらためて悼みながら、川沿いの倉庫の壁に後ずさる。
 オモト、オモト、という叫び声が聞こえる。川の対岸から伸びてくる橋、その先端に、揃いの白い防護服を身に着けた者が数名、そしてぼろぼろの身なりの少女が一人。防護服姿の者たちは、それぞれ手に長い棒を持っている。此岸に橋が圧着されると、彼らはその足元にあった頭陀袋のような塊を棒についた鉤でひっかけて引き摺り歩きはじめる。少女は、オモト、オボド、と叫び続けている。嫌な予感は、嫌な予感として片づけたかったが、それは間違いなく、彼女の父親と母親である。化学的変化の末に、腐った烏賊のようになリ果てた二人に、私は私たちに許された祈りを奉げる。いったいどこでどのような事故に巻き込まれたのか。小声で詠唱を続けながら、革靴のなかにじっとりと汗がたまっていくのを感じる。
by warabannshi | 2013-05-12 06:11 | 夢日記 | Comments(0)
第617夜「祖父K」
 12年前に亡くなった祖父Kが、乗れないはずの自転車を引いて、「ただいま」と暢気に帰ってくる。自転車の前かごには立方体の白々とした発泡スチロールの箱。大きな銀色の出世魚の頭がはみ出しており、縁起物であることを示すためか、実をつけた稲穂が数本あしらわれている。私はもちろん、亡くなった祖父が亡くなっていることを知っているので、驚くことでこの祖父を消さないように努めつつ、「おかえりなさい」と迎える。そして、流しの前に立ったまま、家の奥にいる母Nに、故人の帰宅を伝える。
 祖父はしかし故人とは思えないほど実体的である。直上からの、まぶしいばかりで暖かさのない日光が、こちらに歩いてくる祖父の足元に黒々とした影を落としている。少しぐらい能動的であっても祖父が消えることはないだろうと私は思い、「釣ってきたの?」と聞いてみる。もちろん釣ってきたようには見えない。しかし他に挨拶の方法を知らなかった。祖父は表情を変えずに、自転車のスタンドを立て、私を見る。私は近寄り、箱からはみ出している稲穂を撫ぜ、重い粒々の質感を指の腹に覚えさせた。これと同じくらいの質感を祖父が持っていれば、祖父はこちら側の物体ということになるだろう。「いやあ、何だか久しぶりだね」とかなんとかすっとぼけたことを言いながら、どさくさに紛れて祖父のオムレツのような丸々とした手を握る。米粒と同じ質感である。しかも手の平から伝わる体温は、どちらかというと祖父のほうが高い。
 祖父は生前、それなりに可愛がってくれていたはずの私のやや及び腰の歓待に対してとくに感動を示すわけでもなく(私の態度について怒っているからでもないらしいので私は慌てはしなかったが、心配にさせるには十分だった)、前かごから魚の頭部のはみ出した箱を、どっこいしょ、持ち上げると、私に差し出した。私はピンとくる。これはきわめて象徴的な事件だと。出世魚と稲穂は明らかに縁起物である。死者から贈られた縁起物を受け取るべきか、受け取らざるべきか。私は差し出された箱を両手で受け取る。これは死者である前に祖父Kからの贈り物なのだ。青魚の生臭い匂いが色濃くたちのぼり、くしゃみをしそうになる。
 祖父はとくに満足した様子もなく、やはり淡々とスタンドを戻して、自転車に乗ろうとする。「ちょっと待ってて」と、私は箱をひとまず流しのところに置きに戻る。生前、『カルメン』の「闘牛士の歌」を1日に1回は流して税理士の仕事の気分転換としていた熱情的な祖父が、これほどあっさりと再会の喜びも何も示さないのはやはりおかしい。それとも人は死ぬと誰でも無感動になるのだろうか。「ただいま」と帰ってきたはずの祖父は、自転車に乗り、短い脚がペダルまで届かないのか、高下駄でペダルを漕ぎはじめる。私はすぐに玄関を飛び出して、祖父の後姿を追う。曲がり角を曲がったところで祖父が自転車ごと消えているかもしれないと思ったが、そんなことはなく、浅草の商店街のような雑然とした通りを、ごく自然なペースで祖父は漕ぎ去っていく。
by warabannshi | 2013-05-05 07:46 | 夢日記 | Comments(0)



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