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第632夜「甲府、あるいは世界の終り」
 「結婚証明書の発行には、墨で描いた八の字の輪郭と、富士山の輪郭とが一致していなければならないと役所に言われた」と名前を知らない上司から告げられたので、私とFは富士山の火口にある町、甲府へと赴く。甲府には以前、行ったことがある。カルデラの底にある、崖に四方を囲まれた、それなりに賑やかな平和な地方都市だった。しかし、いまはどうだろうか。まるでどこかに追い払われてしまったかのように、人影はまるでない。私とFは、無人の街路で途方に暮れる。甲府の〈裏側〉へと下っていく階段を2人で降りていくと、フズリナの化石群のような、しかし大きさと形が完全に揃っている、不気味な泡状の膠着物に行く手を阻まれる。膿疱のようなそれらは、甲府の〈裏側〉の緩やかな曲面の奥、さらに〈裏側〉にまで、気が遠くなるほど、無数に続いている。「もう、これ以上は行けないの?」。私の後ろでFが訊く。私は首を振る。一つ一つの泡の大きさははっきりと測ることはできないが、大したことはない。しかし、おびただしい数そのものが分厚い拒絶を示していることは明らかである。世界はこのようにして終わっていくのか、と思う。
by warabannshi | 2013-10-24 03:25 | 夢日記 | Comments(0)
第631夜「(三景)」
・大阪駅近くの静かな裏通りにある「土地べえ」という鰻屋。鰻屋というにはやや小綺麗で、ビストロに近い。紺ののれんが出ていて、品書きと本日のすすめを書いた厚手の和紙が出入り口のところにピンで止めてある。鰻の串揚げというメニューもあるらしい。Fが気に入ったらしいので、引き戸をあけて店内に入ると、左手にカウンターと調理場、右手にテーブル席。松尾スズキそっくりの店主が奥の席を勧めてくれる。ふと、天井を見上げると、夜空が見える。晴れた日は天井の中央を開けるらしい。テーブルには、ワイングラスもある。松尾スズキそっくりな店主は、借りる部屋を探している、という私に、それなら良い物件がある、と言い、紙ナプキンに地図を描いてくれる。

・壁面が落書きだらけの長いトンネルを歩いて抜けてきた。背後では、大きな夜祭りが催されているらしく、盛んに何かが弾けるくぐもった音が響き、夜空には幾分、薄白い光が滲んでいる。私が歩いていく方向には、露のような灯りが数えるほどしかない。星々のあいだの黒さが濃い。私は少しも休まずに歩いて行る。いつの間にか、私は紋付の着物を着こんでおり、足元も足袋と雪駄に変わっている。親指と人差し指のあいだに力を込めて、やはり私は歩いていく。
 やがて長い一本道は蛇行する坂道になる。舗装の割れた道の片側には、背の高い草本植物の枯野が広がっている。鉄筋コンクリートの残骸が、不揃いに散らばっている。何の音もしない。「もう少しで着きますよ、兄さん」。名前の知らない三男が言う。いつの間に道連れになっていたのかは知らない。迫り出した大木の影に這入り、頭の上が暗くなる。「しかし、兄さんもややこしい人だ」。「何が?」。私は聞き返す。三男はため息交じりに、「猫を驚かせて、逃げさせ、そして車に撥ねさせたことをまだ気に病んでいるのでしょう。そうでなければこんな辺鄙な場所までたどり着くはずがない。20年も前のことに、まだ責任を感じているのですか」。
 私は急に何かを思い出した。なめらかな毛並の黒猫を胸に抱いたときの温かさと重み、ダニが移るかもしれないという若干の躊躇い。闇を透かして見ると、いままさに、その黒猫が道の真ん中でこっちを見ている。その途端に声が咽喉につまって、私は口が利けなくなった。黒猫は瞳孔の奥に何かを含んでいたが、それが責めなのか許しなのかを判別することはこちらにはできず、やがて猫は何も言わずに、身を翻し、闇の奥の曲がり角の向こうに消えた。
 俄かに自分の体が重くなり、私はその場所から一歩も動くことができなくなる。息苦しく、膝を折る。三男が足音もなく近づいてきて、「これは贈り物です」と言い、眼にもとまらぬ速さで私の右耳に深紅のピアスをつける。

・あまりの天候不順で、とうとう桜が咲き始めた善福寺川沿いを歩いている。10月というのに、生暖かい風が川面から吹き上げている。「ペンギン××」という物件を内見しに行くのだが、最寄駅から遠いのが難点である。自転車は必須だ。しかし、川沿いを行き来できるのは薬であるとも思う。自動車が入ってこられないように金属の柱が立っているのを擦りぬけて、住宅街の奥に進む。コンクリートが湿気っている匂いなのか、脂肪の匂いなのか、微かに甘くて重い空気が鼻腔から頭を刺激する。
by warabannshi | 2013-10-19 08:46 | 夢日記 | Comments(0)
第630夜「虫カフェ」
 東京に戻る高速バスが出るまで1時間半ほどあるので、この海岸の町で評判という虫カフェに行くことになる。どうやって知り合ったのかわからないが、サーファーと思しき髪まで日焼けした巨漢が、白いペンキ塗りの家々のあいだを先んじて歩き、案内してくれる。路面のわきに白茶色の砂がたまっているような坂道を歩いていると、なんとなく怠惰な気分になり、海辺にいることを実感する。人通りはない。「閑静な通りですね」。私は愛想を言って、巨漢の後から虫カフェの階段を昇る。
 虫カフェのドアをあけると、虫が外に逃げ出さないようにするための工夫か、そこは控室のようになっており、ビロードの清潔な壁紙にシックな鏡と洗面台、予約表と20面体の骰子が慎ましく置いてある小机がある。カフェ、というより、サロンの趣きである。「虫カフェというから、海の家のような麦わら帽子の少年が入るようなのを想像していましたよ」。私は言う。しかし、巨漢はいない。
 おや、と思い、奥の扉を開ける。ばらばらばらっと、中から台風の風雨のように、黒いものが吹き付けてくる。思わず顔を覆うが、耳や髪の毛にぶらさがった十数匹のそれらの羽音から察するに、無数のハエである。「さすが虫カフェ!」。私は感動する。鼻からハエを吸い込みたくないので、手で顔を覆い、慎重に息をしながら、すり足で前に進む。羽音が何千と集まって、至る方向から聞こえてくるせいで、方向がわからない。辺り一体が高周波音でざわついている。右足先から、湿気たクッキーのようなものを踏みつぶした感触が背筋を通して伝わってくる。カブトムシ? いや、高価な甲虫をそこらへん放し飼いにしておくわけはない。続いて左足の裏からも、外骨格の抵抗と、それがつぶれることによる抵抗の消失がある。ピーナッツの殻よろしく、雑多な虫は床に撒かれているのだろうか。
 不意に首筋に鋭い痛みを感じ、私は反射的に刺してきたそれを叩き潰す。固く瞑っていた目を開けると、部屋いっぱいに詰まっている羽虫や甲虫、鱗翅目の類が一瞬、大きな生き物の体内で働く血球のように見える。壁にはウエイターだかウエイトレスだか解らない洋服を着た人間が数人、標本のように磔になっている。
by warabannshi | 2013-10-16 09:55 | 夢日記 | Comments(0)
第629夜「電飾がいっぱいに施された直方体の提灯には」
 電飾がいっぱいに施された直方体の提灯には「港区」と書かれており、港区らしからぬ表示だなと思うが、スクランブル交差点のど真ん中にワイヤーで固定され、吊るされている以上、公共機関が許可を出したとしか思えず、だとすると、まさにここは港区で、豆電球の百々眼鬼のようなそれは、港区のものなのだろう。
by warabannshi | 2013-10-05 09:50 | 夢日記 | Comments(0)



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